COLUMN-〔インサイト〕中国にスタグフレーションの足音、高まる物価上昇圧力と景気減速の影=野村資本市場研 関氏
中国では、流動性の膨張を背景に、インフレが加速している。2008年2月の消費者物価指数(CPI)の上昇率は前年比プラス8.7%と、1996年5月以来の高い水準となっている。天安門事件が起きた1989年のように、インフレの高騰は社会を不安定化させる要因になりかねないだけに、それを抑えることは当面のマクロ経済政策の最優先課題となる。
<インフレめぐり並立する「楽観論」と「慎重論」>
中国におけるインフレの今後の見通しをめぐって、楽観論と慎重論が交錯しているが、後者が主流になりつつある。楽観派は、次の理由から、インフレが一時的な現象であり、今後加速することはないだろうと見ている。
まず、インフレの主因は食料品の価格の上昇にあり、それを除けば、インフレ率は低水準にとどまっている。食料品の価格は、天候などに左右されやすいため、変動が激しいが、持続的に上昇する可能性は低い。実際、先進国においては、金融政策の運営に当たり、消費者物価全体よりも、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率が重視されている。
第2に、人民元切り上げのペースが加速しており、それによる輸入価格への抑制効果が期待される。中国では石油をはじめとする原材料の輸入依存度が高いが、ドルで見た国際商品市況の上昇は、人民元レートの上昇によって、ある程度相殺できる。
第3に、景気循環の観点から、中国経済は過熱の状態から「ソフトランディング」に向かいつつある。中でも世界経済の成長が減速しつつある中で、海外における中国製品への需要、ひいては中国の輸出が鈍化している。
最後に、一部の業種において、生産能力の過剰が顕在化しており、製品の供給が依然として需要を上回っている。賃金や原材料価格といった投入のコストが上昇しても、産出価格への転嫁は困難である。
これに対して慎重派は、次の理由から、物価の上昇が食料品にとどまらずに、全面的インフレに発展するリスクを重く見ている。
まず、食料品価格の急騰は、天候要因よりも、主に中国経済の工業化と都市化が進展するにつれて、耕地が急速に減っていることを反映している。国際市場では、石油価格が上昇している中で、代替エネルギーとしてトウモロコシからできるエタノールが注目され、そのための耕地の転用も、食糧価格の高騰につながっている。このような傾向は、中長期にわたって持続すると見られる。
第2に、インフレと賃金上昇の悪循環が懸念される。中国はまだエンゲル係数の高い発展途上国である。実際、CPIに占める食料品のウェイトは33.6%と、米国の13.9%や日本の24.5%を大きく上回っている。食料品価格の上昇は、直ちに実質所得の低下を意味し、社会不安につながりかねない。これを防ぐために、名目賃金の上昇を容認せざるを得ないが、このことは生産コストを押し上げることを通じて、インフレに拍車をかけることになる。
第3に、サプライチェーンの川上に当たる石油をはじめとする資源価格の上昇は、タイムラグはあるものの、次第に川下の消費財に波及すると見られる。実際、生産者物価指数(PPI)で見ると、こうした傾向が顕著になってきた。
最後に、インフレは常に貨幣的現象である。人民元の切り上げのペースを抑えるために行われている当局の外為市場へのドル買い/人民元売り介入は、マネー・サプライの急増、ひいては強いインフレ圧力をもたらしている。当局が介入を止めない限り、言い換えれば、人民元の大幅な切り上げを意味する完全変動制に移行しない限り、このような状況は変わらないだろう。
<インフレ警戒を強める中国当局>
当初、中国当局は、インフレの見通しについて楽観的で、2007年の消費者物価上昇率を3%以内に抑えるという目標を設定した(温家宝首相、「政府活動報告」、第10期全国人民代表大会(全人代)第5回会議、07年3月5日)。
しかし、その後にインフレが加速し、長期化の傾向を見せるにつれて、中央銀行もインフレへの警戒を強めるようになった。11月8日に発表された中央銀行の「第3四半期貨幣(金融)政策執行報告」において、1)食料品価格の上昇は物価全般の上昇につながりかねない、2)エネルギー価格の上昇圧力が解消されていない、3)労働力の需給関係がひっ迫化する中で、賃金コストの上昇はインフレに拍車をかけている──ことが強調された。
これを受けて、2008年の経済政策の基本方針を定める中央経済工作会議(07年12月3─5日)においても、温家宝首相は「経済成長がかなり速い状態から過熱に転じることを防止し、物価が部分的な上昇から全面的なインフレに変化することを防止することを、当面のマクロ・コントロールの最重要課題」とした。そのために「マクロ・コントロールにおける金融政策の重要な役割をさらに発揮させ」、具体的には「貸出の総量とテンポを厳格に抑制し、社会の総需要と国際収支均衡の改善をさらに調節し、金融の安定・安全を維持する」として、金融政策のスタンスを従来の「穏健」から「引き締め」に転換させた。
さらに、08年3月に開催された全人代において、温家宝首相は、今年の消費者物価上昇率を去年の実績と同じプラス4.8%前後に抑えるという目標を明らかにした。
しかし、CPIの上昇率は加速している上に、米国をはじめとする海外の金利が低下している中で、中国における利上げの余地が狭くなってきていることも加わり、政府のインフレ抑制の目標は達成困難であると見られる。
一方、中国の輸出鈍化はすでに顕著になってきており、株価が急落し、不動産市況も変調を見せる中で、投資と消費も鈍化すると予想され、成長率の低下が避けられない状況になってきた。このように中国においてインフレと景気減速が同時発生する「スタグフレーション」の足音が聞こえてきており、マクロ経済政策のカジ取りは益々難しさを増している。
関志雄 野村資本市場研究所 シニアフェロー
(9日 東京)
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