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コラム:「1ドル90円台」への遠い道のり=唐鎌大輔氏
2012年12月12日 / 05:32 / 5年前

コラム:「1ドル90円台」への遠い道のり=唐鎌大輔氏

[東京 12日 ロイター] 2007年夏以降、約5年半にわたり続いてきた円高局面はついに終焉を迎えたとの声が日増しに強くなっている。現状、日本の政治要因などを受けて実現の疑わしい政策期待を踏まえながら円相場が下落している面もあって、足許の円安の勢いをそのまま鵜呑みにするのは危険だ。しかし、過去5年半と照らして、「今までとは違うこと」がいくつか散見されるのも確かで、相場の転換点を検討すべき時期に差し掛かっていることは否めない。

結論から言えば、円安基調に至るための「帆」は拡がりつつあるが、その基調を加速させるための「風」が不足している。拡がりつつある「帆」にたとえられるのは圧倒的な貿易赤字に根ざした需給環境の変化だ。これに応じて変化しつつあるIMM通貨先物取引やリスク・リバーサルなどに現れる市場参加者のリスク認識、各種テクニカル指標そして国内政治環境なども「帆」の一角をなしている。

だが、円安基調を加速させるための「風」にあたる日米金利差が決定的に小さい状況が続いており、円安一辺倒の動きがどこかで止まる可能性も考慮したほうが良いだろう。

<貿易赤字は通年で史上最大に>

過去5年半と現状を比べて「今までとは違うこと」を挙げるとすれば、第一に貿易収支の赤字定着は外せない。前回のコラム「需給の変化が迫る円安シナリオ」(here)で述べたように、基礎的需給の円安方向への傾斜が昨今の円安相場の主因と考えて差し支えないだろう。

年初来の貿易赤字(1―10月)は約5.3兆円で、すでに昨年通年の約2.5兆円の倍に達している。10月時点までの合計で過去最大であり、日本の対外経済部門には「今までとは違うこと」が明確に起きていると言って良い。

海外市場参加者は「貿易赤字」の次に「経常赤字」、そして「国債暴落」という三段論法に飛びつきやすく、後述するIMM通貨先物取引などに現れる海外投機筋の円売りには強いモメンタムを感じる。まずは、来年1月24日に公表される12年通年の貿易赤字発表に伴い「過去最大の貿易赤字」とのヘッドラインが飛び交い、海外時間に入った後に円売りが加速するような展開を警戒したい。

ちなみに、足許の円安の主因になっている感の強い貿易赤字だが、これは国内政局の動向とも完全に無関係ではない。貿易赤字の定着には2つの要因がある。海外経済の減速に伴う輸出の減少と、原子力発電所停止に伴う鉱物性燃料輸入の増加である。

このうち後者の要因に関しては次期政権の原発政策次第によっては弱まるかもしれない。現状、政権を担う可能性が高い自民党は「独立した規制委員会による専門的判断をいかなる事情よりも優先」「再稼動の可否については、順次判断し、全ての原発について3年以内の結論を目指す」としており、再稼動に含みを残している。

再稼動判断が順次なされていけば、現状よりも後者の要因に基づく貿易赤字は押さえられるだろう。とはいえ、前者の要因は残るため、貿易黒字への復帰は難しく、需給環境が円安相場を支持するという状況に大きな変化はないと思われる。円安反転を考える向きにとって、需給環境の変化は大きな材料であり続けそうである。

<2007年7月以来の円売り水準>

また、投機筋の円売りにも、金融危機後では久方ぶりの勢いを感じる。12月4日時点のIMM通貨先物取引における対ドルの円ショートポジションは07年7月24日以来の水準(約138億ドル)に膨れ上がっており、円キャリー取引が最も活発だった時期と同程度の水準に迫りつつある。

これは、安倍総裁の言葉を借りれば「次元の違う金融政策」への期待を織り込んだものと推測され、確固たる日米金利差に基づいた動きではない。政権交代後、これまで掲げてきた政策の実現にこぎ着ければ、さらにショートは積み上がる可能性があるが、逆にすでに議論の俎上にのっている金融政策が順次撤回される流れになれば、一時的に円高への振れは避けられないだろう。

だが、07年当時は月2兆円前後の経常黒字を筆頭に需給環境が圧倒的に円高を支持する中で円ショートが積み上がったという経緯があり、そこに危うさがあった。現状は需給環境が明らかに円安を支持する中での円ショートの積み上がりであり、巻き戻されるにしても、新たに円ロングを構築する動きに至るのは難しいかもしれない。

なお、07年7月以来の円ショートとはいえ、最大で200億ドル弱まで膨れ上がっていた07年6月頃の水準にはまだ距離があり、そこに伍するようなショートの積み上げが見られて初めて、本格的に円安反転の材料が増えたと考えるほうが無難だろう。現状の130億ドル程度の円売りは、今年2―4月の水準(最大で102億ドル)に近く、「金融危機後に全く見られなかった」と言い切れるほどの円売りではまだない。

参考までに、IMM通貨先物取引のデータを基に円売りの持続力をイメージすることもできる。07年7月以降で、最も長く続いたIMM通貨先物取引の円売りは今年の2月28日から5月29日までの14週間で、これに次ぐのが10年3月30日から6月15日までの12週間だった。結局のところ、「日米金利差拡大を伴わない投機の円売りの持続期間はせいぜい3か月間」というイメージで、まずは足許の円売りが「14週間」以上続くか否かに注目しておく必要がある。

<最長4年にまで及び始めた円プットオーバー>

加えて、リスク・リバーサルなどに現れるオプション市場参加者のリスク認識も変わり始めている。これまで短期(1年未満)においても珍しかった円プットオーバー(リスク・リバーサルがプラス。円を売る権利の方がドルを売る権利よりも高い状態。または円を買う権利の方がドルを買う権利よりも安い状態)が長期でも見られており、現状、最長4年までが円プットオーバーになっている。

周知の通り、円相場では歴史的に円コールオーバー(円を買う権利の方がドルを買う権利よりも高い状態。または円を売る権利の方がドルを売る権利よりも安い状態)が常態化してきた経緯があり、円安よりも円高をヘッジするニーズの方が高いのが常識であった。過去を振り返っても、円高方向への振れの方が円安方向への振れよりも激しいという事実や、日米金利差でみれば常に米国が日本を上回る状態であったこと(金利平価説に基づけば、金利差の分、将来円高が進行するという考え方)、そして何より巨額の貿易黒字が当然視されていたことなどが円コールオーバー常態化の背景として存在した。

むろん、リスク・リバーサルは決してドル/円の先行きを予測するものではなく、足許の相場変動を受けて揺れ動く面があるため、これをもって円安基調への転化を展望することはできない。だが、市場参加者のリスク認識が、これまでに経験のないほど円安方向に傾いているのは事実であり、円安材料に敏感に反応しやすい地合いが醸成されつつあるとの認識は持ったほうが良いかもしれない。

<200日移動平均線の上振れ>

円安局面がある程度持続してきたことの結果論ではあるが、テクニカル面でも「今までとは違うこと」を見出すことが可能だ。200日移動平均の上振れがその典型例である。これは今年2月末から3月初旬に底打ちし、金融危機後では初めて上向いている。

過去200日の平均をつないだものが上向いている以上、少なくとも今年3月以降の9か月間は円安相場だったと言える(この点、安倍自民党総裁の発言が材料視されるよりもずっと前から円安が進んでいたことが分かる)。

むろん、重要なのはこの持続性だが、最近になって一段と加速した円安相場を踏まえれば、200日移動平均線が再び右下がりとなるにはかなりの円高相場が必要になる。それをもたらすのは、たとえば米議会の財政交渉が頓挫し、「財政の崖」がストレートに訪れる(GDP比4%弱の歳出削減が発生する)展開などが考えられるが、今のところそうしたシナリオをメインとすべきか否かは見方が分かれる。

<肝心の日米金利差は「今までとは違わない」>

以上、「今までとは違うこと」を4つほど例示したが、次元の違う金融緩和を公然と求める次期政権も入れれば5つになるだろうか。もちろん、他にもあるかもしれない。ある程度円安の動きが続いた結果、事後的に確認される200日移動平均線の上振れはやや趣が異なるが、その他のことは円安基調が緒につくためのお膳立てとなりそうである。

需給環境が円安方向に緩んで、投機筋を含む市場参加者の相場観がかつてないほど円安に傾いている以上、基調的な円安はいつ始まってもおかしくはない。また、全く良い意味ではないが、日本の政府債務の持続性などに対する不透明感も加味すれば、なおのこと、その見通しは強まるだろう。

ちなみに、11月30日時点の日銀の総資産残高が156兆円と過去最大となったことも「今までとは違うこと」の1つには違いないが、量的緩和と円安相場の因果関係が怪しいことは当座預金とドル/円相場を1つの図にプロットして見れば明らかであり、円安反転の材料としていまさら特筆すべきことではないだろう(ただし、昨今の政治方面の金融政策議論を踏まえれば、中銀の信認が毀損する格好で円安が進む懸念はある)。

だが、多くの市場参加者がドル/円相場の道標としてきた日米2年金利差は0.14%程度(12月12日現在)で年初の0.10%からわずか0.04ポイント程度しか拡大しておらず、ほぼ皆無と評価して差し支えない。消費税増税を14年4月以降に控えた日本はもとより、いまだ潜在成長率付近で緩やかに推移する米国においても、金融政策の出口を模索するのは随分先になりそうであり、米連邦公開市場委員会(FOMC)声明文を額面通り受け止めれば、「少なくとも15年半ば」まで利上げは見込めない。

5つの兆候を円安基調に至るための「帆」だとすれば、内外の資本フローに本格的な方向感を与えるための金利差はさしずめ「風」といったところだろうか。「帆」は拡がっても、「風」が吹かなければ90円や95円といった見通しを出すのはまだ難しい状況なのかもしれない。

*唐鎌大輔氏は、みずほコーポレート銀行国際為替部のマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より現職。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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