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視点:安倍政権は成長と分配の二兎を追え=熊谷亮丸氏
2016年1月19日 / 02:55 / 2年前

視点:安倍政権は成長と分配の二兎を追え=熊谷亮丸氏

[東京 19日] - 「成長か分配か」の政策論争は2009年の民主党政権成立以来繰り広げられてきたものだが、安倍政権はこうした不毛な論争を超越して、その二兎を追うことが重要だと、大和総研の執行役員チーフエコノミスト、熊谷亮丸氏は指摘する。

同氏の見解は以下の通り。

<アベノミクスの基本的な方向性は正しい>

日本では、2009年の民主党政権成立以降、「成長か分配か」という政策論争が繰り広げられてきた。しかし、現実問題として、民主党政権下で3年余りにわたり、子ども手当を中心とする「分配政策」が指向されたものの、日本経済は思うように回復しなかった。

背景には、日本企業の海外流出と空洞化を促す「追い出し5点セット」(円高、自由貿易の遅れ、環境規制、労働規制、高い法人税)に加えて、電力不足やエネルギーコストの上昇、日中関係の悪化などの「7重苦」に経営者がさいなまれていたことがある。

経済政策は手順が非常に重要だ。最初に適切な成長戦略を講ずることなく、企業が無理をして「分配」を行えば、経営状態は悪化し、最終的に家計の所得も減ってしまう。

まずは、上記の「追い出し5点セット」や「7重苦」に代表される「アンチビジネス(反企業)」的な政策を、「プロビジネス(企業寄り)」的な政策へと転換して「分配」の原資を作る、というアベノミクスの基本的な方向性は正しい。中国や中東などの海外情勢には不透明感が残るものの、労働需給がひっ迫する中で、日本経済は着実に回復へと向かっている。

他方で、アベノミクスには足らざるところがあるのも事実だ。今後はアベノミクスの一定の成果を認めた上で、残された課題を解決していく建設的な議論こそが必要である。

<従来の「3本の矢」で積み残された課題>

筆者は、2016年のアベノミクスの課題は、「成長か分配か」という不毛な政策論争を超えて、「成長と分配の二兎を追う」ことだと考えている。

まず、主として「成長」に主眼を置いてきた、従来の「3本の矢」(金融政策、財政政策、成長戦略)が抱える最大の問題点は、1本目の矢の金融政策に過度な負担が集中しており、黒田東彦・日銀総裁が孤軍奮闘しているという点だ。

2本目の矢については、1本目の矢の金融政策とは異なり、「大胆な財政政策」ではなくて「機動的な財政政策」であるから、短期的には財政出動を積極化しても良いわけだが、中長期的には社会保障制度の抜本的な改革などを通じて財政の規律を守る必要がある。

3本目の矢の成長戦略もメニューとしては非常にいいものが出そろっているが、「悪魔は細部に宿る」という言葉があるように、農業、医療・介護、労働などの既得権が強い分野で、さらなる「岩盤規制」の緩和を進めていく余地が大きい。

あえて誤解を恐れずに言えば、ここまでの政策には、若干「ポピュリズム(大衆迎合主義)」的な傾向が感じられる。すなわち、1本目の矢の金融政策は、国民の誰もが多くは文句を言わない政策なので、そこに過度な負担をかける一方で、国民にとって耳の痛い社会保障制度改革や財政再建、岩盤規制の緩和などへの取り組みは遅れ気味である。

<新3本の矢で「分配」にも一定の目配りが必要>

アベノミクスのもう1つの課題は「分配」政策の強化だ。

従来の「3本の矢」の下で、アベノミクスの恩恵は、大企業・製造業、都市部の富裕層、高齢者などの一部の主体に偏っていた。当社の試算では、アベノミクスによる円安で、日本企業全体の経常利益は4.3兆円伸びたものの、業種別の内訳を見ると、製造業が3.1兆円、非製造業が1.2兆円と偏りが見られる。また、4.3兆円の企業規模別の内訳を見ると、大企業が3.5兆円、中小企業が0.8兆円となっている。

アベノミクスは、開始から3年が経過して、「成長」重視から、「分配」にも一定の目配りを行うステージへと移行する必要があることは間違いない。具体的には、非製造業、中小企業、地方の所得や資産が少ない方々、若年層、子育て世代などへの所得再分配を強化していくことが課題となる。

その意味で、15年9月に安倍晋三首相が発表した、1)希望を生み出す強い経済、2)夢をつむぐ子育て支援、3)安心につながる社会保障、からなる、新たな3本の矢の方向性は基本的に正しいものだと評価できる。

ただし、新たな3本の矢に関しては、今後の課題として以下の2点が指摘できるだろう。

第1に、従来の3本の矢(金融政策、財政政策、成長戦略)が、新たな3本の矢では1本目の矢に「強い経済」という名目で全て押し込まれたことで、例えば岩盤規制の緩和などの「成長戦略」の推進力が弱まる事態を回避せねばならない。

第2に、新たな3本の矢がマニフェスト的なバラ色の色彩を振りまいている点も気がかりである。例えば社会保障制度ひとつとっても、現状、マクロ的には受益と負担が全く見合っておらず、子や孫の世代へのツケ回しを続けていることを勘案すれば、国民全体ではネットベースの負担は重くならざるを得ない。

安倍政権は、本当に困っている人にきめ細かく所得再分配が行われていないという問題点を解決しつつ、全体の規模をダウンサイジングするという、国民にとって耳の痛い「社会保障制度改革」を実現せねばならないのである。

社会保障制度改革や岩盤規制の緩和といった、国民にとって耳の痛い構造改革を正面から断行することを通じて、「成長と分配の二兎を追う」ことができるか否か。今年こそ、安倍政権の真価が問われている。

*熊谷亮丸氏は、大和総研の執行役員・調査本部副本部長・チーフエコノミスト。日本興業銀行(現みずほ銀行)などを経て、2007年に大和総研入社。東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。近著に「この1冊でわかる世界経済入門」(日経BP社)、「リーダーになったら知っておきたい経済の読み方」(KADOKAWA)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2016年の視点」に掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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