Reuters logo
視点:賃金上昇は目前、労働代替投資を急げ=フェルドマン氏
2015年12月28日 / 07:13 / 2年後

視点:賃金上昇は目前、労働代替投資を急げ=フェルドマン氏

[東京 28日] - 労働力人口の減少ペースが加速する日本では今後、賃金の大幅な上昇が見込まれることから、企業は生産性改善に向けた労働代替型の設備投資を急ぐ必要があると、モルガン・スタンレーMUFG証券のチーフエコノミスト、ロバート・フェルドマン氏は指摘する。

同氏の見解は以下の通り。

<根強い日本企業のリスク回避志向>

2015年は、成長に関しては多少がっかりさせられたが、アベノミクスが進歩を遂げていることを示す「好材料」はいくつか確認できた。

特に環太平洋連携協定(TPP)の大筋合意とコーポレートガバナンス・コードの導入は、長い目で見て、ビジネスチャンスの拡大や資本効率の向上につながり、日本の経済や産業界の競争力向上に資するものとなろう。

また、政策面では、6月に閣議決定された新成長戦略の中身がしっかりしていたこと、9月に発表された新3本の矢に、名目国内総生産(GDP)600兆円を目指すことに加えて、構造問題解決への意欲を示す「希望出生率1.8」や「介護離職ゼロ」といった目標が掲げられた点は大きな進歩だった。加えて、16年度予算案で新規国債発行額が税収増などを踏まえて当初予算としては7年ぶりの低水準になったことは、アベノミクス下で財政再建が着実に進んでいる証左だろう。

ただし、これらの好材料に将来への期待は持てても、16年の成長率見通しを大きく引き上げるほどのインパクトは感じられない。

モルガン・スタンレーMUFG証券チーフエコノミストのロバート・フェルドマン氏は、2016年のインフレ率(消費者物価指数)は2%に届かずとも1.5―1.6%程度に上昇し、政府・日銀は「デフレ脱却宣言」を行うのではないかと指摘する。

当社の見通しでは、16年の実質成長率は暦年でプラス1.2%、年度で同1.5%だ。年度後半は17年4月に予定される消費再増税の駆け込み需要が見込まれるが、アベノミクスにおける中長期の成長率目標(実質2%・名目3%程度)に届くほどの勢いとはならないだろう。

項目別には、実質所得の上昇を背景に家計の消費支出は若干加速すると予想しているが、引き続き企業の設備投資の伸びを控えめに見積もっている。正直なところ、15年の設備投資の伸びは期待外れだった。小型化・低コスト化するIT関連投資などが統計で十分に捕捉されていない可能性はあるものの、4―6月期はマイナス1.2%、7―9月は速報値のマイナス1.3%から改定値でプラスに浮上したとはいえ、0.6%の伸びにすぎない(いずれも実質・季節調整済み前期比)。賃金が上昇し始めているのに、労働代替投資が進まない状況には少しびっくりさせられている。

背景には、今後の世界経済の見通しやアベノミクスの政策持続性に対する不安など複数の要因があるのだろうが、やはり一番大きい理由は日本企業の根強いリスク回避的な経営姿勢にあると思われる。

当社は、16年のインフレ率(消費者物価指数前年比)は2%に届かずとも1.5%から1.6%程度に上昇し、政府・日銀は「デフレ脱却宣言」を行うのではないかと見ている。しかし、20年にわたってリスクを回避してきた企業経営者たちがいきなり「デフレは終わったからリスクをとろう」と言われても、気持ちがついてこないということなのだろう。

<17年末までに賃金4.7%上昇の試算結果も>

日本経済の最大の課題は、突き詰めて言えば、低い生産性だ。毎年の全要素生産性(TFP)と設備投資の簡単な回帰分析を行い、2%成長実現に必要な設備投資の伸びを試算してみた。すると、アベノミクスが労働市場改革で驚くほど大きな成果を収めて、労働力人口が減らないとの楽観的前提に立っても、設備投資は毎年8%ずつ増やさなければならない計算になる。

むろん、そこまでの伸びは非現実的かもしれないが、なるべく8%に近づけていかなければ、現在の社会保障制度が維持困難になる。つまり、日本の企業経営者にリスクテイクの仕方を学び直してもらわなければ(デフレしか知らない若い経営者には新たに学んでもらわなければ)、日本経済の再生もままならないということだ。

ただでさえ人手不足を背景に、賃金の上昇圧力は高まっている。当社の試算では、時給(1時間当たりの給与)は今年、すでに1.5%程度上昇している。今後はどこまで上昇するのか。失業率と時給の比較から、17年末時点での時給の伸び率を私なりに試算すると、失業率が現在のトレンドラインで推移して2.5%(11月3.3%)まで下がれば、時給は4.7%上昇する計算となる。驚くほどの高さだ。人手不足が深刻化する中で、賃金上昇のマグマが相当溜まっていると言える。

人手不足と賃金上昇圧力は当然、中堅・中小企業の収益を圧迫する。だからこそ、労働代替型の設備投資を進めて生産性を上げていくしかない。厳しいことだが、それができない企業は経営が苦しくなり、淘汰されていくことになるだろう。ただ、これは経済の新陳代謝が進んだ1950年代、60年代の高度成長期のメカニズムと同じだ。

今後の設備投資の主役としては、もちろん非製造業が期待される。製造業の労働代替投資は、すでに進んでいる。それに代わって、観光業・ホテル事業、小売・卸売、飲食店、あるいは医療、介護、教育関連などがけん引役となる必要がある。そもそも生産性の低い労働集約型のサービス産業セクターで賃上げと投資の好循環が生まれないと、成長率は高まらず、名目600兆円目標も絵に描いた餅になるだろう。

労働代替投資の簡単な例を1つ挙げれば、日本の立ち食いそば屋や牛丼チェーン店などでは、自動券売機で食券を買い、それを店員に手渡しして、食事を受け取る。一方、最近訪れたカナダのトロント空港では、あるレストランの全席にアップルの「iPad(アイパッド)」が置いてあり、メニューを見てクリックすれば注文が完了、ほどなくして店員が食事を持ってきてくれた。同じように見えて、アナログ、デジタルの大きな違いがあり、店員の生産性も後者のほうが高い。労働代替投資とは、こうした小さな取り組みの集積である。

最後にもう1点だけ、安倍政権に注文すれば、長年言われていることだが、既得権益の打破をお願いしたい。特に労働制度と選挙制度の改革は急務だと考える。

いろいろな改革は実行されているが、労働制度は今も大企業の正規雇用を守ることを優先し、現行の選挙制度は地方の高齢者の利益を過大に優遇している。こうした既得権の本丸に躊躇(ちゅうちょ)なく切り込み、次の若い世代のための国づくりを進めることが、アベノミクスの最大目標であるべきではないだろうか。

(聞き手:麻生祐司)

*本稿は、ロバート・フェルドマン氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*ロバート・フェルドマン氏は、モルガン・スタンレーMUFG証券のマネージングディレクター、チーフエコノミスト。国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券などを経て、現職。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2016年の視点」に掲載されたものです。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」
0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below