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視点:インバウンド傾斜が歪める観光立国への道=星野佳路氏
2016年1月15日 / 04:37 / 2年前

視点:インバウンド傾斜が歪める観光立国への道=星野佳路氏

最大の問題は、国内旅行消費額の約9割を占める日本人向け市場の低迷傾向と旅行・観光産業の「稼ぐ力」の弱さであり、解決策としては、インバウンド(訪日外国人)観光政策にプラスして、国内総生産(GDP)への貢献度、生産性・収益性などに関し新たな政策評価指標を設定すること、そして何よりも潜在需要の掘り起こしにつながる「休日の地域別分散化」を進めることだと強調する。

同氏の見解は以下の通り。

<東京五輪はオールジャパン開催にすべき>

「インバウンド」や「爆買い」をキーワードに、旅行・観光産業がここ数年、成長産業として脚光を浴びている。期待されるのは大いに喜ばしいことだし、世界的に伸びている旅行需要を日本に引き込むことの重要性に関しては、全く異論はない。だが、今の延長線上に、「真の観光立国」があるかと言えば、私は少し違う意見を持っている。

ここに、日本の旅行・観光産業の構造問題を示す象徴的なデータがある。国土交通省・観光庁の統計を見ると、2014年はインバウンド消費が13年の1.4兆円から2.0兆円に伸びる一方で、日本人による国内旅行消費額は20.2兆円から18.5兆円に下がり、その結果、全体の旅行消費額は21.6兆円から20.6兆円に目減りした。

もちろん、この時期は14年4月の消費増税が影響していることも無視できない。また、国内市場はこれまでもアップダウンを繰り返しており、15年には再び上向いた可能性もある。しかし、過去10年余りの長期トレンド線を描くと、日本全体の旅行消費が下降傾向にあることが分かる。全体の約9割を占める日本人による旅行消費が低迷を続けているからである。

特に深刻なのは、若年層の旅離れが進んでいることだ。20―34歳の宿泊旅行実施率を見ると、05年度には64.0%だったのが、13年度には57.5%まで低下している(出所:じゃらんリサーチセンター「じゃらん宿泊旅行調査」)。実に、2人に1人が1年に1度も旅行をしていない計算となる。

また、脚光を浴びているインバウンドにしても、観光庁の宿泊旅行統計調査によれば、消費額は上位5都道府県(東京・北海道・大阪・京都・千葉)で65%、上位10都道府県で80%を占めている。需要の地域的な偏在問題は、日本人による国内旅行でも程度の差こそあれ存在するが、インバウンドの効果が国内観光地の大半にほとんど届いていないことが分かる。

では、こうした構造問題をいかに解決していけばよいのか。むろん旅行・観光産業の自助努力が不可欠であることは言うまでもないが、産業全体の改革意識の方向づけに政策が果たす役割も当然大きい。

政治にまずお願いしたいのは、観光立国実現に向けて正しいKPI(重要業績評価指標)を設定することだ。正しいKPIがなければ、効果的な政策への発想もなく、必要な構造改革も促されにくい。

例えば、インバウンドの訪問客数だけではなく、日本人も含めた観光消費額、そして雇用数など経済成長への貢献度をより明確に説明できるKPIを組み入れるべきだ。実際、英国、スイスなどの観光先進国はそうしている。参考になるのは、ダボス会議を主催する世界経済フォーラム(WEF)の「旅行・観光競争力指標」や経済協力開発機構(OECD)が開発中の「観光競争力評価指標」だろう。

前者は、自然・文化資源はもとより、政府の規制からビジネスインフラ、人的資源まで幅広くカバーし、多岐にわたる評価項目を設けている。一方、後者は「GDPへの貢献度」「観光サービスの労働生産性」など、より経済的側面を重視した評価項目を取り入れている。

こうした評価項目を参考にしながら、例えば「観光GDP」「旅行・観光業の労働生産性・総資本経常利益率」「全国及び都道府県別の総宿泊数」「国内宿泊旅行実施率」「観光産業の雇用者数」などをKPIとして採用するのはどうだろうか。政府・自治体・企業がこうしたKPIを意識して各々の役割を果たせば、観光を通じた経済成長や地域再生、すなわち真の観光立国もより現実味を増すだろう。

その延長線上で言えば、20年の東京五輪は「オールジャパン」での開催を真剣に検討すべきだと思う。前回1964年の東京五輪は、首都復興を世界に知らしめ、日本が国際社会の中心に復帰することを示す象徴的なイベントだったが、今度の五輪は東京・京都以外に魅力的な日本があることを示す絶好の機会だ。

例えば、飛び込み競技は高知県、カヌーは滋賀県・琵琶湖、マラソンは長野県など、日本全国で各種目に最も適していると思われる地域で分散して行うのはどうだろうか。そうすれば、東京五輪は、世界に対して日本の地方が持つ魅力の多様性を紹介する千載一遇のチャンスになるはずだ。

<観光業の稼ぐ力を高める「休日の地域別分散化」>

加えて、政策面でもう1つ、かねてより提案し続けていることがある。休日の地域別分散化である。

日本の旅行・観光需要が伸び悩み、関連する産業の生産性・収益性が低くなってしまう最大の理由は、約20兆円にもなる国内需要が特別の日に集中するためであると私は常々考えている。フランスなど欧州の観光先進国では地域ブロック別に大型連休が設定されており、それが需要の平準化をもたらしている。

だが、日本では旅行需要がゴールデンウィークやお盆など特定時期に極端に偏在している。その結果、旅行する側は宿泊施設や交通機関の大混雑と割高な旅行代金に直面し、一方、旅行・観光産業も特定時期にしか稼げない、いわゆる「100日の黒字と265日の赤字」という構図に陥っている。

100日しか儲からないから生産性は低いし、非正規雇用率も高くなってしまう。賃金もなかなか上げられない。逆に言えば、この偏在をフランス的な「休日の地域別分散化」で解決を図れば、旅行・観光産業の構造問題の根っこがかなり取り除かれると思う。

実は、日本の旅行・観光産業の付加価値誘発効果は約24兆円(対名目GDP比で5%)と、自動車産業の半分強ある。しかし、問題は他産業や海外の同業と比べ低い生産性・利益率だ。そのため、雇用や投資、ひいては経済成長への寄与度が低くなってしまっている。その背景にある大きな要因が、需要の季節的偏在なのだ。

もちろん、需要の季節的偏在を平準化し、生産性を重視していけば、淘汰されるところも出てくるだろう。だが、新陳代謝の結果として、大規模化のみ進むとは思わない。規模が小さくとも、創意工夫で良い経営をしている宿泊施設はたくさんある。そうしたところが、需要の平準化によって、より多くの利益を上げられるようになるはずだ。

また、休日が地域ごとに分散化されれば、それぞれの地域の潜在旅行者をターゲットにした新しい旅行メニューの開発も進むだろう。旅のニーズは千差万別であり、例えば首都圏と九州の旅行者では旅行中の嗜好も異なるはずであり、それらにきめ細かく対応した旅行商品が生まれてくるはずだ。

そうして進むサービスの多様化と1年を通じた供給能力の向上は、国内の潜在需要の掘り起こしにつながるとともに、政府が力を入れているインバウンド需要の取り込みにも貢献するはずである。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、星野佳路氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*星野佳路氏は、星野リゾート代表。経済同友会の前・観光立国委員会委員長。1960年長野県軽井沢町生まれ。83年慶應義塾大学経済学部卒業、86年米コーネル大学ホテル経営大学院で経営学修士号取得。91年に星野温泉(現・星野リゾート)社長就任。運営拠点は現在、ラグジュアリーラインの「星のや」、高級温泉旅館の「界」、西洋型リゾートホテルの「リゾナーレ」の3ブランドを中心に国内外に35カ所。2013年、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場。16年に「星のやバリ」「星のや東京」開業予定。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2016年の視点」に掲載されたものです。

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