January 18, 2018 / 4:35 AM / 10 months ago

視点:世界経済の歴史的転換期、日本が果たす役回り=武田洋子氏

武田洋子 三菱総合研究所 チーフエコノミスト

 1月18日、三菱総合研究所・チーフエコノミストの武田洋子氏は、2018年の世界経済を巡るメインシナリオは「グレート・モデレーション(大いなる安定)」と「ゴルディロックス(適温)相場」の継続だが、政治が経済を翻弄するリスクには引き続き警戒が必要だと指摘。写真は英ロンドンで2009年11月撮影(2018年 ロイター/Stefan Wermuth)

[東京 18日] - 2018年の世界経済を巡るメインシナリオは米国と中国をけん引役とする「グレート・モデレーション(大いなる安定)」と「ゴルディロックス(適温)相場」の継続だが、政治が経済を翻弄するリスクには引き続き警戒が必要だと、三菱総合研究所・チーフエコノミストの武田洋子氏は述べる。

日本経済は、半導体関連を中心とする輸出の伸びがやや鈍化することが見込まれる中、賃金上昇によって内需拡大の好循環が生まれるかどうかが問われる年だと指摘。企業経営者には、労働コスト抑制ではなく、賃上げに見合った新たな付加価値の創出を目指す攻めのスタンスが求められるという。

同氏の見解は以下の通り。

<米社会分断の背景に負の履歴効果>

武田洋子氏

2017年は、金融市場が「沸いた年」だった。日経平均株価は26年ぶりの高値を更新。ニューヨーク・ダウ平均株価も最高値を更新し続けた。世界の実体経済も堅調に推移し、成長率は3.6%に達したとみられる。

2018年も、メインシナリオとしては、この「グレート・モデレーション(大いなる安定)」と「ゴルディロックス(適温)相場」の基調継続を予想している。米国は2%台半ばへ加速、中国は減速するが6%台半ば、日本は1%台前半の実質成長を見込んでいる。世界経済は引き続き3%台半ばから後半の成長を維持する公算が大きい。

もっとも、政治が経済を翻弄する「政高経低」リスクが消えたかと言えば、そうではないだろう。世界経済は、引き続き歴史的な構造転換期にあり、3つの潮流に警戒が必要だと考えている。その3つとは、米国社会の分断の行方、中国のプレゼンス拡大に伴う国際情勢変化、グローバル通商体制の揺らぎだ。

1つ目の米国社会の分断の背景には、労働市場の構造問題が指摘できる。米国の失業率は4.1%と2000年12月以来約17年ぶりの低水準まで改善しているが、働き盛り世代(25―54歳)の労働参加率を見ると、いまだ歴史的な低水準にある。リーマン・ショック後に労働市場から退出を余儀なくされていた間にスキルが低下し、労働市場に戻れず、戻れたとしても低賃金に甘んじている米国人は多い。つまり、危機から10年近い時を経た今も、負のヒステリシス(履歴効果)によって労働市場はむしばまれている。

さらに、昨年発表された米プリンストン大学のクルーガー教授の論文によれば、働き盛り世代で労働参加していない男性の約半数が、鎮痛剤を日常的に使用し、そのうち約3分の2がオピオイドなどの医療用の鎮痛剤を使用しているという。労働市場の構造問題と薬物問題の負の連鎖が米国社会の分断を一段と深刻化させ、トランプ政権の保護主義政策を後押ししている可能性がある。

<「トランプ貿易戦争」は杞憂か>

米国の内向き化が、上で挙げた残り2つの潮流に結び付いていることは言うまでもない。中国が対外的プレゼンスを高めている背景には、もちろん習近平国家主席のスローガンである「中華民族の偉大な復興」や「中国の夢」を実現しようという意思が一義的にはあるのだろうが、内向き化する米国を目の当たりにして、「今こそチャンス」と中国側が思っているとしても不思議ではない。

経済協力開発機構(OECD)の長期研究データによれば、世界の国内総生産(GDP)に占めるシェアや相対的な所得水準で見た中国の経済力は今や、清朝時代に比肩する水準まで戻ってきている。19世紀半ばのアヘン戦争以来150年超に及ぶ低迷期にはすでに終止符を打った。「世界の舞台の中央」に近づく上で、申し分ないタイミングだ。

2017年には、対外プレゼンスを拡大する中国・習政権と、保護主義色を隠さない米国・トランプ政権は、北朝鮮情勢の緊迫化もあって、うまく折り合いをつけていたが、果たしてこの状態がいつまで続くかだ。すでに米国の中国に対する貿易制限措置の件数は2016年の70件から2017年には82件に増加している。関係が悪化すれば、米中貿易摩擦に発展する可能性がある。

同じことは日本にも言える。安倍政権は現在、日米経済対話で穏便に対応しようとしているが、秋の米中間選挙前にトランプ政権がたたきやすい日本をやり玉に挙げる可能性は十分にある。まずは、トランプ政権が1月23―28日に予定される6回目の北米自由貿易協定(NAFTA)の協議で、どのような行動に出るのか目が離せない。

戦後の通商体制では、自由貿易の推進役はこれまで米国だったが、仮に米国がNAFTAから脱退するようなことになれば、日米の立場が逆転する可能性が出てくる。貿易額に占める自由貿易協定(FTA)相手国の割合、すなわちFTA締結率は米国が40%から10%まで下がる一方で、日本は米国抜きの環太平洋連携協定(TPPイレブン)やEUとの経済連携協定(EPA)が実現すれば22%から33%まで高まる。

こうしたグローバル通商体制の揺らぎを考えると、現在のそこはかとない安定は、嵐の前の静けさにすぎないのかもしれない。

TPP11について、米国抜きでは効果がないとの見方もあるが、当社でGTAPというモデルを用いて試算すると、TPP11に参加する東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の成長率押上げ効果は、もともとのTPPと比べれば若干縮小するものの、依然3%程度と高い結果が得られる。こうしたエビデンスを、他のアジア諸国にも示し、アジアでTPP参加国を増やすことも、グローバル通商体制が揺らぐ中での日本の戦略として検討すべきだろう。

<課題解決型ビジネスに日本企業の活路>

最後に、日本経済について言い添えれば、当社では2018年の成長率を1%台前半と成長拡大持続を予想している(2018年暦年1.2%、18年度1.0%、昨年12月8日時点の予想)。米国で税制改革が実現したこともあり若干の上方修正を行う予定だが、2017年からは若干減速するだろう。最大の理由は、2017年の成長をけん引した輸出の伸びがやや鈍化すると予想しているためだ。

堅調な輸出の背景には、世界経済の好調があるが、日本の場合、とりわけ製造装置を含む半導体関連の輸出が大幅に増加していることが大きい。今後も、通信や自動車向けだけでなく、IoT(モノのインターネット)関連需要が見込まれるため、半導体関連の輸出は増加基調を維持すると思われるものの、2017年の増加ペースはかなり急であり、過去のトレンドとの乖(かい)離が大きくなっている点は気掛かりだ。大きな落ち込みは予想しないが、2018年に幾分ペースが鈍化する可能性は十分ある。

従って、2018年の経済成長は、内需の自律的拡大の度合いに大きく左右されることになりそうだ。鍵を握るのは賃金の上昇である。

労働市場の側面から見れば、アベノミクスは現在、第3フェーズに突入できるかが問われている。2013年以降の第1フェーズでは、雇用は確かに改善したが、非正規雇用が中心だった。2015年を境に始まった第2フェーズでは、正規雇用がプラスに転じた。そして第3フェーズは、正規雇用の賃金が上がって来るかどうかである。

現時点では、正規雇用の賃金上昇が労働需給のひっ迫度合いに比べて相当遅れている。政府による賃上げ要請もあるが、実態として、人手不足が深刻化する中で、企業が優秀な人材を確保するためには賃金を上げざるを得ないだろう。

企業経営者は生産性というと、いかに労働コストを安くし、利益を上げるかという方向で捉えがちである。しかし、その発想では値下げして量を売ることになりがちだ。すなわち、デフレの発想である。労働コストが増えたとしても、それ以上に付加価値を上げていく生産性向上を目指すことがより重要だ。

残念なことに、日本企業はこの発想が弱い。日本政策投資銀行の「企業行動に関する意識調査」を見ると、人手不足への対応策として圧倒的に多かった回答は現場の業務改善であり、賃上げはもとより、省力化投資やAI(人工知能)やIoT活用も二の次だった。業務改善は、聞こえは良いが、要するに現場の頑張りだ。企業経営者には、賃上げに見合った新たな付加価値の創出を目指す、攻めの経営を期待したい。

幸い、IoTやAIなどの技術革新を生かした、新しいビジネスの芽はたくさんある。新技術を起点とするイノベーションでどれくらいの規模のビジネスが期待できるのか、当社が東京大学の松尾豊准教授の協力を得て行った調査では、生活者向けで50兆円の市場規模があることが分かった。そのうち42兆円がウェルネスやモビリティ、安心・安全などのいわゆる社会課題の解決で生まれるビジネスだ。

高齢化などの課題には中国を筆頭に他の新興国もやがて直面していく。課題解決の先頭を走ることができれば、42兆円の何倍もの市場にアクセスすることが可能になるはずだ。

新分野で付加価値の創出を目指す企業が増えれば、日本経済の潜在成長率の低下にも歯止めがかかるはずだ。自然体の0%に近づくのではなく、1%台半ば程度の質の高い成長を目指すことはできるだろう。

*武田洋子氏は、三菱総合研究所のチーフエコノミスト。1994年日本銀行入行。海外経済調査、外国為替平衡操作、内外金融市場分析などを担当。2009年三菱総合研究所入社。米ジョージタウン大学公共政策大学院修士課程修了。

*本稿は、特集「2018年の視点」に掲載されたものです。武田洋子氏の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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