[東京 19日 ロイター] - 国債市場で強まる「日銀支配」の弊害がクローズアップされてきた。日銀による大規模な国債買入で相場形成に歪みが生じるとともに、市場が財政規律に対して持つべき警告機能が事実上、失われつつあるとの見方が強まっており、将来的な金利上昇をもたらすリスクが懸念されている。
量的・質的金融緩和で掲げる2年・2%という物価目標を最優先する日銀の金融政策運営に異を唱える声も出始めた。
<市場の警告機能が喪失>
日銀は2013年4月に打ち出した量的・質的金融緩和(異次元緩和)で、マネタリーベースを14年末に270兆円と12年末の138兆円からほぼ倍増させる方針を打ち出した。日銀はその目的達成のために年間約50兆円のペースで国債を買い進めている。2014年度政府予算で、新規国債の発行額は約41兆円。日銀の年間買入額は新規国債発行額をはるかに上回る大きさだ。
アベノミクスの第2、第3の矢である「財政政策」と「成長戦略」は、過去に何度となく打ち出されてきたが、その景気浮揚効果はいずれも一時的で長続きしなかった。いまのところもっとも効果が出ているのは第1の矢である「金融政策」だ。ただ、1000兆円超に膨らむ巨額な政府債務は持ちこたえているものの、長期金利の上昇リスクは日増しに大きくなっている。
黒田東彦日銀総裁は異次元緩和導入当初から「財政ファイナンス」との見方を否定している。日本国債市場の現状は将来の金利上昇リスクと裏腹に、足元の長期金利には低下圧力がかかっている状態だ。金利水準を見るかぎり、「財政規律」の弛緩を市場が警戒しているとは必ずしも言い切れない。
ただ、長期金利の指標銘柄である10年債利回りは15日、一時0.495%と1年4カ月ぶりに0.5%を割り込んだ。また、5─10年の利回り格差(スプレッド)は7月中旬以降、節目の40ベーシスポイント(bp)割れが定着している。
40bp割れは、異次元緩和決定直後やリーマンショックなど、大きなイベントや危機が発生した局面しか経験していない「異常事態」の状況だ。ウクライナなど地政学リスクが高まっている状況とはいえ、「異常事態」の水準まで強引に抑えつけられる国債利回りの背景には日銀の大量国債購入がある。
こうした状態では、「財政規律」の弛緩に対して警告を発するという市場が持つ健全な機能も失われつつあるとの指摘も多い。「日本国債のマーケットは日銀のオペを見ているだけになってしまった。財政規律などの変化を金利の変化として敏感に発信することは難しくなったと言わざるを得ない」(国内銀行の債券ストラテジスト)という。
世界的投資家ジョージ・ソロス氏のアドバイザーをかつて務めた藤巻健史参議院議員は、異次元緩和政策について「百害あって一利なしの政策だ」と指摘。「政府が財政出動すれば、長期金利が上昇するという市場の警戒警報が、政治家のバラマキを躊ちょさせてきた。市場の調整機能がなくなれば、そのシッペ返しが大きくなるだけだ」と警鐘を鳴らしている。
<国債買い入れに限界説>
消費者物価指数は1%台前半まで上昇。これまでは日銀のシナリオ通りの動きとなっている。しかし、これからも、黒田日銀総裁の想定通り、需給ギャップの縮小で物価が上昇し続けるかはまだわからない。物価上昇率が頭打ちになったとき、日銀は追加緩和で対応するのか、市場の関心はそこにある。
国債買い入れの枠組みは、そろそろ限界に近づいているのではないか──。複数の債券市場関係者がそう指摘する。7月には短期国債の3カ月物や6カ月物が業者間で、ゼロ%やマイナス金利で取引されたことに市場から驚きの声が上がった。
短期国債利回りの急低下は、在庫確保に追われた業者によるショートカバーという特殊事情との見方もある。しかし、金利分を払っても短期国債を手に入れようという動機はそれだけではない。日銀が来年も現行ペースで買い入れを継続した場合、一段と需給が干上がるとともに「オペ札割れなどを通じてマネタリーベース積み上げに支障を来たしかねないとの連想が働いた」(国内金融機関の債券担当者)可能性があるとみられている。
<物価上昇が経済に悪影響も>
異次元緩和で、国債市場の流動性低下とともに懸念されるのがマクロ環境の変化だ。「国民にとって望ましい適度なインフレを模索しながらやってゆくべきではないか」と日銀ウォッチャーの一人、東短リサーチ・チーフエコノミストの加藤出氏は、日銀政策運営に注文を付ける。
加藤氏によると、年2%の物価上昇とともに、政府が15年10月に予定通りに消費税を10%に引き上げた場合、 異次元緩和策を始めた13年春に対して16年春の物価水準は9.2%程度上昇する計算だ。日銀が目標通りにインフレ率を押し上げようとすると、過去20-30年経験したことがないペースで物価が上昇することになり「国民生活への打撃は無視できない」という。
政府は4月の消費増税に伴う景気の落ち込みは想定内と繰り返すが、実質賃金の落ち込みによる消費伸び悩みや輸出停滞で、スタグフレーション(不況下の物価高)も現実味を帯びつつある。
一方、黒田総裁は8月11日の決定会合後の会見で、駆け込み需要の反動の影響も次第に和らぐとしたほか、物価目標達成にも自信を示した。さらに「実質賃金の低下はほぼ全て消費税引き上げによるもの」で1年経てば影響がなくなると指摘。雇用の改善と名目賃金上昇の両方を合わせると、雇用者所得は2%強程度、増加しており、消費増税分を除くと実質賃金は増加していると反論している。
物価シナリオに自信を見せる黒田日銀の姿勢に変化が出るのかが、今秋以降の注目点だ。物価見通しでは、円安効果のはく落で秋口には前年比1%前後まで下落するとの市場に見方に対して、日銀は全体として2%に向けて上昇していくシナリオを変えていない。
経済の好循環を実現できていれば問題ないが「日銀が物価目標達成だけに固執するのは本末転倒」(国内証券の債券関係者)ともいえる。緩和のコストと便益を踏まえた機動的な政策運営が必要とする指摘も市場では多い。
大和証券・チーフストラテジストの山本徹氏は、インフレ議論だけが先行し、成長底上げの議論が置き去りにされていると指摘。「日銀もインフレ目標にこだわるのではなく、成長のために緩和を続けるというフォワードガイダンスの効果を用いるべきではないか」との見方を示している。
星裕康 編集:伊賀大記
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