March 13, 2018 / 5:44 AM / 5 months ago

コラム:元スパイ毒殺未遂、プーチン氏のメッセージか

Peter Apps

[9日 ロイター] - 閑静な英国の地方都市ソールズベリーのセルゲイ・スクリパリ氏の知り合いの中で、英国とロシアの2重スパイだった彼の過去を知る人はあまりいなかったようだ。

彼は地元のパブの常連で、街角の店でスクラッチカードを買い、60歳代の地元男性たちに交じってソーシャルクラブに入会していた。

だが今月4日、その過去が彼を捕えたようだ。スクリパリ氏と娘のユリアさんは、英当局が「高度な神経剤」とする毒物で襲われた。2人は治療中だが、重体だという。ショッピングセンターの外のベンチに倒れこんでいた2人の元に駆け付けた警察官も、この毒物にさらされて「重症」だという。

英タイムズ紙は8日、ロシア政府が同事件の背後にいると英保安局はみていると報じた。ロシア外務省は、これを否定している。(編集注:メイ英首相は12日、この事件にロシア政府が関与している可能性が「極めて高い」との見方を示した。)

記事を読む:英首相、元スパイ毒殺未遂にロシア関与の可能性「極めて高い」

だが、こうした化学物質を製造する困難さを考えれば、政府主導による暗殺事件であることの実質的な「物証」ともいえる。そしてそれも、狙いの1つなのかもしれない。どれほど遠くに逃げようと安全ではないと、敵に知らしめるのだ。

このような見方が、ロシア専門家の間で広がっている。彼らはこの事件を、いかにプーチン大統領率いる政権が敵を壊滅させ、さらにそれを実行する能力を見せつけることに執着しているかを示すものと受け止めている。

仮にロシア政府が背後にいるなら、ロシア大統領選の直前というこのタイミングが重要だ。プーチン氏は、18日の大統領選での再選が確実視されている。だが同氏は、西側や国内の抗議者に対して、好戦的な発言を加速させてメッセージを送っている。

今月初め、プーチン氏はロシアが高度な一連の核兵器開発を行ったと発表した。その際の演説や、今回のスクリパリ氏襲撃へのロシアの関与を示す状況証拠は、ロシアがどれほど西側に対して敵対姿勢を強め、また、いかに一般や軍事のルールを破る意思を持っているかを、改めて示すものだ。

最近の核戦略の再編と同様に、近隣諸国への脅しや幅広く政治に介入する姿勢には、西側の対応を困難にさせる意図があるように見える。最も起こり得るシナリオは、さらなる経済制裁の強化だ。だがそれは、上層部にいる人間に一定のダメージを与えはするものの、プーチン氏が国内の政治ツールとして利用しているロシアと西側の分断を深める結果になるだけだ。

こうした行動は今や、プーチン氏の個人的なカラーと、彼が増長する反西側的な国家アイデンティティーの一部であるようだ。

最近の調査では、就学年齢の少年の半数が、治安機関で働く夢を持っていると答えた。一方で、民主的な改革を求める人は、大きすぎる脅威にならないよう、行動に注意しなければならないとの認識を深めている。

これほど大っぴらに神経剤を使う政府系組織は、明らかに伝統的な国際秩序のルールや、周辺の人の安全を軽視している。

北朝鮮は昨年、金正恩(キム・ジョンウン)・朝鮮労働党委員長の異母兄をマレーシアで殺害するのに同様の手口を使ったとして、国際社会から強く非難された。その反響は今も続いており、米国は6日、北朝鮮政府が殺害に化学兵器のVXを使ったと断定し、新たな制裁を科した。

ロシア政府が否定しようと、クレムリン(ロシア大統領府)の敵が頻繁に死んでいることは間違いのない事実だ。2015年2月、野党指導者のボリス・ネムツォフ氏がモスクワ中心部で射殺された事件など、著名な事件も多い。

ロシア政府は長年、寝返った元スパイに対しては特に強烈な怒りを向けてきた。

2010年、ロシア工作員10人が米国で逮捕され、国外退去処分になった時、匿名のロシア高官が信用あるロシア紙に対し、裏切った脱出者を暗殺するため、殺し屋が送り込まれたと発言している。(これは、当時英情報機関に協力したスパイ容疑でロシアの刑務所にいたスクリパリ氏のことではない。)

「脱出者を追って、メルカデルが送り込まれた」と、このロシア高官の発言が引用されている。メルカデルとは、ソ連指導者のスターリンに送り込まれ、1940年にメキシコでスターリンの元盟友レフ・トロツキーをアイスピックで殺害したスペイン生まれの共産主義者を指す。

ソールズベリーの事件は、「ギャング国家」を運営しているとしてプーチン氏を非難した元スパイのアレクサンドル・リトビネンコ氏が2006年にロンドンで殺害された事件と、当然比較されている。

英捜査当局は、プーチン氏が「恐らく承認した」ロシアの殺し屋により、リトビネンコ氏が放射性物質ポロニウム210で殺害されたとの結論を下した。これは英ロ関係にひびを入れた。だが最近では、英国や米国などの当局が、ロシア政府が絡む殺人に時に見て見ぬふりをしていたことを示す状況が表面化している。

バズフィード・ニュースは昨年の調査報道で、英国内で発生したロシア人またはロシアと関係のある人物の死亡案件14件を特定。「暗殺とみられる」とする米情報当局者の発言を引用した。

この報道はほかに、2015年にクレムリンを批判するミハイル・レーシン氏が米ワシントンのホテルで死亡した件を含め、米国内で発生した未解決の死亡案件数件を特定した。

ウクライナではこの2年、暗殺と暗殺未遂数件が発生。ロシアとの戦争や、ロシアの影響を公然と批判する人物が狙われている。ロシアのマネーロンダリング(資金洗浄)を調査していた欧州の著名ジャーナリスト2人は、マルタとスロバキアで殺害された。

何が起きたのかを解明することは、極めて難しい。そして、プーチン氏が全ての暗殺を指示したと考えるのは、単純すぎるだろう。

ロシアの情報機関と犯罪ネットワークを観察する国外の専門家は、この2つが時に密接に絡み合っていると指摘する。プラハを拠点とする安全保障専門家のマーク・ガレオッティ氏は、緩やかながらもこれまで殺人の歯止めになってきた諜報活動に関する非公式なルールが、崩壊しつつあると警告した。

旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後身で、国内の情報活動を行うロシア連邦保安局(FSB)が、国外で活発になっているとガレオッティ氏は言う。他の政府機関も、リスクを取る傾向を強めているという。

「チェチェン出身者が、トルコやオーストリアで殺されている。エストニアの治安機関職員が、自国内で拉致された。ハッキングや中傷、脅迫や、ギャング行為も起きている」と、同氏は指摘した。

偶然か否か、今年はスターリン没後65年にあたる。プーチン氏は、残虐さや圧政ぶりにおいて、スターリンに並ぶべくもない。

だが、このロシアの最新の強権的指導者は、60歳代後半に入り、後継者が誰になるか国民が思いを巡らせ始めた中で、同じように恐れられることを切望しているように見える。

*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。

 3月9日、閑静な英国の地方都市ソールズベリーのセルゲイ・スクリパリ氏の知り合いの中で、英国とロシアの2重スパイだった彼の過去を知る人はあまりいなかったようだ。写真は12日、ロシア・クラスノダールで開かれた会議に参加したプーチン露大統領。提供写真(2018年 ロイター/Sputnik/Alexei Nikolskyi/Kremlin)

*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにロイターのコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

閑静な英国の地方都市ソールズベリーのセルゲイ・スクリパリ氏の知り合いの中で、英国とロシアの2重スパイだった彼の過去を知る人はあまりいなかったようだ。

彼は地元のパブの常連で、街角の店でスクラッチカードを買い、60歳代の地元男性たちに交じってソーシャルクラブに入会していた。

だが今月4日、その過去が彼を捕えたようだ。スクリパリ氏と娘のユリアさんは、英当局が「高度な神経剤」とする毒物で襲われた。2人は治療中だが、重体だという。ショッピングセンターの外のベンチに倒れこんでいた2人の元に駆け付けた警察官も、この毒物にさらされて「重症」だという。

英タイムズ紙は8日、ロシア政府が同事件の背後にいると英保安局はみていると報じた。ロシア外務省は、これを否定している。

だが、こうした化学物質を製造する困難さを考えれば、政府主導による暗殺事件であることの実質的な「物証」ともいえる。そしてそれも、狙いの1つなのかもしれない。どれほど遠くに逃げようと安全ではないと、敵に知らしめるのだ。

このような見方が、ロシア専門家の間で広がっている。彼らはこの事件を、いかにプーチン大統領率いる政権が敵を壊滅させ、さらにそれを実行する能力を見せつけることに執着しているかを示すものと受け止めている。

仮にロシア政府が背後にいるなら、ロシア大統領選の直前というこのタイミングが重要だ。プーチン氏は、18日の大統領選での再選が確実視されている。だが同氏は、西側や国内の抗議者に対して、好戦的な発言を加速させてメッセージを送っている。

今月初め、プーチン氏はロシアが高度な一連の核兵器開発を行ったと発表した。その際の演説や、今回のスクリパリ氏襲撃へのロシアの関与を示す状況証拠は、ロシアがどれほど西側に対して敵対姿勢を強め、また、いかに一般や軍事のルールを破る意思を持っているかを、改めて示すものだ。

最近の核戦略の再編と同様に、近隣諸国への脅しや幅広く政治に介入する姿勢には、西側の対応を困難にさせる意図があるように見える。最も起こり得るシナリオは、さらなる経済制裁の強化だ。だがそれは、上層部にいる人間に一定のダメージを与えはするものの、プーチン氏が国内の政治ツールとして利用しているロシアと西側の分断を深める結果になるだけだ。

こうした行動は今や、プーチン氏の個人的なカラーと、彼が増長する反西側的な国家アイデンティティーの一部であるようだ。

最近の調査では、就学年齢の少年の半数が、治安機関で働く夢を持っていると答えた。一方で、民主的な改革を求める人は、大きすぎる脅威にならないよう、行動に注意しなければならないとの認識を深めている。

これほど大っぴらに神経剤を使う政府系組織は、明らかに伝統的な国際秩序のルールや、周辺の人の安全を軽視している。

北朝鮮は昨年、金正恩(キム・ジョンウン)・朝鮮労働党委員長の異母兄をマレーシアで殺害するのに同様の手口を使ったとして、国際社会から強く非難された。その反響は今も続いており、米国は6日、北朝鮮政府が殺害に化学兵器のVXを使ったと断定し、新たな制裁を科した。

ロシア政府が否定しようと、クレムリン(ロシア大統領府)の敵が頻繁に死んでいることは間違いのない事実だ。2015年2月、野党指導者のボリス・ネムツォフ氏がモスクワ中心部で射殺された事件など、著名な事件も多い。

ロシア政府は長年、寝返った元スパイに対しては特に強烈な怒りを向けてきた。

2010年、ロシア工作員10人が米国で逮捕され、国外退去処分になった時、匿名のロシア高官が信用あるロシア紙に対し、裏切った脱出者を暗殺するため、殺し屋が送り込まれたと発言している。(これは、当時英情報機関に協力したスパイ容疑でロシアの刑務所にいたスクリパリ氏のことではない。)

「脱出者を追って、メルカデルが送り込まれた」と、このロシア高官の発言が引用されている。メルカデルとは、ソ連指導者のスターリンに送り込まれ、1940年にメキシコでスターリンの元盟友レフ・トロツキーをアイスピックで殺害したスペイン生まれの共産主義者を指す。

ソールズベリーの事件は、「ギャング国家」を運営しているとしてプーチン氏を非難した元スパイのアレクサンドル・リトビネンコ氏が2006年にロンドンで殺害された事件と、当然比較されている。

英捜査当局は、プーチン氏が「恐らく承認した」ロシアの殺し屋により、リトビネンコ氏が放射性物質ポロニウム210で殺害されたとの結論を下した。これは英ロ関係にひびを入れた。だが最近では、英国や米国などの当局が、ロシア政府が絡む殺人に時に見て見ぬふりをしていたことを示す状況が表面化している。

バズフィード・ニュースは昨年の調査報道で、英国内で発生したロシア人またはロシアと関係のある人物の死亡案件14件を特定。「暗殺とみられる」とする米情報当局者の発言を引用した。

この報道はほかに、2015年にクレムリンを批判するミハイル・レーシン氏が米ワシントンのホテルで死亡した件を含め、米国内で発生した未解決の死亡案件数件を特定した。

ウクライナではこの2年、暗殺と暗殺未遂数件が発生。ロシアとの戦争や、ロシアの影響を公然と批判する人物が狙われている。ロシアのマネーロンダリング(資金洗浄)を調査していた欧州の著名ジャーナリスト2人は、マルタとスロバキアで殺害された。

何が起きたのかを解明することは、極めて難しい。そして、プーチン氏が全ての暗殺を指示したと考えるのは、単純すぎるだろう。

ロシアの情報機関と犯罪ネットワークを観察する国外の専門家は、この2つが時に密接に絡み合っていると指摘する。プラハを拠点とする安全保障専門家のマーク・ガレオッティ氏は、緩やかながらもこれまで殺人の歯止めになってきた諜報活動に関する非公式なルールが、崩壊しつつあると警告した。

旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後身で、国内の情報活動を行うロシア連邦保安局(FSB)が、国外で活発になっているとガレオッティ氏は言う。他の政府機関も、リスクを取る傾向を強めているという。

「チェチェン出身者が、トルコやオーストリアで殺されている。エストニアの治安機関職員が、自国内で拉致された。ハッキングや中傷、脅迫や、ギャング行為も起きている」と、同氏は指摘した。

偶然か否か、スターリン没後65年を迎えた。プーチン氏は、残虐さや圧政ぶりにおいて、スターリンに並ぶべくもない。

だが、このロシアの最新の強権的指導者は、60歳代後半に入り、後継者が誰になるか国民が思いを巡らせ始めた中で、同じように恐れられることを切望しているように見える。

*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。

*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)

 3月9日、閑静な英国の地方都市ソールズベリーのセルゲイ・スクリパリ氏の知り合いの中で、英国とロシアの2重スパイだった彼の過去を知る人はあまりいなかったようだ。写真はソールズベリーで8日、セルゲイ・スクリパリ氏と娘のユリアさんが倒れていた現場を調べる防護服姿の捜査員(2018年 ロイター/Peter Nicholls)

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