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焦点:暗転する北極圏 軍事的優位に立つロシア、追うNATO

[16日 ロイター」 - 人工衛星と交信する地上局のうち、世界最大のものはノルウェーのスバールバル諸島に置かれている。利用しているのは西側諸国の宇宙機関で、極軌道を周回する衛星から重要な信号を受信している。

11月16日、人工衛星と交信する地上局のうち、世界最大のものはノルウェーのスバールバル諸島に置かれている。写真は2019年10月、 米軍との合同訓練に参加するノルウェー軍兵士。ノルウェー・セテルモエンで撮影 (2022年 ロイター/Stoyan Nenov)

そのスバールバルで今年1月、ノルウェー本土との間を結ぶ北極海底の2本の光ファイバーのうち1本が切断された。ノルウェーはバックアップ回線に頼らざるを得なくなった。

インタラクティブ版:暗転する北極圏 優位に立つロシア、追うNATO 勢力争いの最前線

2021年4月には、ノルウェーの研究所が北極海海底での活動を監視するために使っている別のケーブルが損傷を受けた。

この2件はノルウェー国外のメディアではほとんど報道されなかった。しかし、ノルウェー軍のエイリーク・クリストファーセン司令官はロイターの取材にこう述べた。

「偶然の事故という可能性もある。だが、ロシアにはケーブルを切断する能力がある」

クリストファーセン司令官は一般論として発言しており、意図的な損傷を示唆する証拠は何も示さなかった。だが数カ月後、ロシアからバルト海海底を経由して欧州へと至るガスパイプラインで、破壊工作により大規模なガス漏れが突如として発生した。ロシア国防省にコメントを求めたが、回答はなかった。

ロシアのウクライナ侵攻によってポスト冷戦期が終わりを告げる中、こうした「事件」は、各国が自らの領海を監視することがいかに困難かを浮き彫りにしている。特に米国の1.5倍の広さがある北極海においては、人工衛星がなければ活動を探知・監視することは不可能だ。

北大西洋条約機構(NATO)加盟国とロシアは近年、この水域での軍事演習を拡大している。中国とロシアの艦船は9月にベーリング海での合同演習を実施した。ノルウェーは10月、軍事警戒レベルを引き上げた。

だが、軍事プレゼンスという点で、西側諸国はロシアに後れを取っている。

ロシアは2005年以降、北極海に面したソ連時代の軍事基地数十カ所の運用を再開。海軍を近代化し、米軍の探知・防衛システムを回避することを狙った新たな極超音速ミサイルを開発した。

北極圏の専門家4人は、西側諸国がこの水域におけるロシア軍の能力に追いつくことを目指したとしても、少なくとも10年はかかるだろうと指摘する。

ノルウェー軍の代表としてNATOと欧州連合(EU)に派遣されていたことがあるケティル・オルセン氏は、「北極圏は今のところ地図上の暗黒地帯になっている」と指摘する。同氏は現在、ノルウェー国営のアンドーヤ・スペースのトップを務めている。新たな軍事・偵察技術の実験や研究用ロケットの打ち上げを行っている企業だ。

「北極圏は非常に広大で、民間の監視リソースはほとんどない」

米国北方軍を指揮するグレン・バンハーク空軍大将は、3月に開かれた米議会上院の公聴会で、米国は北極圏における「領域認識」を改善し、ロシアや中国による新型ミサイル発射や通信インフラ破壊の能力を探知し、対応する必要があると証言した。10月に発表された米国防総省の戦略文書では、米国は北極圏における早期警戒・偵察システムの改善に注力しているとされているが、どの程度のペースの近代化が予定されているかは明らかにされていない。

一方、永久凍土の基礎の上に建設されている米軍インフラの一部に問題が生じている。急速な気温の上昇により、その永久凍土が融解しつつあるからだ。また国防総省によれば、沿岸部の浸食も米国のレーダーサイトに影響を与える可能性があるという。

米国当局者と軍事アナリストは、近い将来のリスクはほとんどないと言う。通常戦力の点では西側諸国はロシアよりはるかに強力で、ウクライナ侵攻での戦況が思わしくないことは、西側諸国関係者の多くが予想していなかったようなロシアの弱点をあらわにしている。

ロシア軍は今のところウクライナに注力しており、クリストファーセン司令官によれば、北極海に面したコラ半島では「地上部隊の戦力は非常に限定的だ」という。コラ半島はロシア北方艦隊及び原子力潜水艦の拠点となっている。

米国のミサイル防衛は特定の「ならず者国家」からの限定的な攻撃を防ぐことを意図しており、米国はロシアや中国からの核兵器による攻撃を抑止する能力には自信があると表明している。だが北極圏方面の視界が良好でなければ、危機に際しての対応時間が限定されかねない。これこそ、バンハーク大将やその他の当局者が避けたいと思っている状況だ。

「目に見えず、正体が分からないものに対する防衛は不可能だ」と、バンハーク大将は上院で語った。

スバールバル衛星通信局「SvalSat」は、世界の商業・研究用衛星の大半から迅速に取り扱う必要のあるデータを受信している。同通信局は、軍用衛星からのデータは受信していないとしている。提供写真(2022年 ロイター/Kongsberg Satellite Services)

ノルウェーのケーブル破断に関する警察の捜査では、近くを航行していたロシアのトロール漁船を尋問したが、証拠不十分により起訴することなく捜査を終えた。政府は、予定されていたバックアップ回線のアップグレードを前倒しで実施すると述べている。

ノルウェー国家公安警察(PST)のヘドウィグ・モー副長官はロイターに対し、もし破壊工作がノルウェー国内で行われたとしても、誰かに責任を取らせることは難しいとの見方を示した。「我々の世界では、『否認可能攻撃』と呼んでいる」とモー氏は言う。

NATOのストルテンベルグ事務総長はロイターの取材にこう述べた。

「NATOは現代的な軍事能力の増強によって北極圏でのプレゼンスを高めている。これはもちろん、ロシアがやっていることへの対応だ。ロシアはプレゼンスを相当に高めている。したがって、こちらもプレゼンスを高める必要がある」

<高まる緊張>

極冠の氷が縮小して新たな航路や資源開発の可能性が出てくるにつれて、北極圏の戦略的重要性は増しつつある。海氷が溶ける夏季の2-3カ月だけアクセスが可能になるエリアもあり、新たなチャンスが生まれている。

ロシアにとっては、ヤマル半島の液化天然ガスプラントも含め、北極圏地域には膨大な石油・天然ガス資源が眠っている。

ロシアの北方を拠点とする船舶が大西洋に到達するには、「GIUKギャップ」と呼ばれるグリーンランド、アイスランド、英国のあいだの水域を抜けるしかない。ロシアのミサイルや爆撃機が北米に到達する最短の空路は、北極点の上を通過する。

NATO加盟国にとって、北大西洋をまたぐ連携を保つ上でGIUKギャップは非常に重要だ。また、油田・ガス田も存在する。ノルウェーは今や欧州最大のガス輸出国だ。

スウェーデンとフィンランドが加盟すれば、北極圏諸国8カ国のうち7カ国がNATO加盟国ということになる。

米バージニア州ノーフォークに本拠を置くNATO統合軍司令部の司令官を務めたアンドリュー・ルイス氏は、ロイターの取材に対し、現在では軍民双方の利用者をつなぐ通信ケーブル及び全地球測位システム(GPS)を含む衛星システムもリスクにさらされている、と語った。

7月、ロシアのプーチン大統領は、「あらゆる手段を使って」北極海の水域を保護することをうたった新たな海軍戦略を打ち出した。

例年であれば、ロシアは秋に北極圏で核抑止能力の実験を行う。今年は2月19日、ウクライナ侵攻開始の5日前に実施された。

ノルウェー軍のクリストファーセン司令官は、「もちろん、これは1つのシグナルだった」と語る。

3月、この地域における外交は混乱に陥った。地域的な国際協力のための枠組みである「北極評議会」加盟国のうち7カ国が、このとき議長国だったロシアでの会合をボイコットすると宣言したのである。

とげとげしい空気を印象付けたのが、10月15日の出来事だった。アイスランドで開催された北極をテーマとするフォーラムで講演を行ったバウアーNATO軍事委員長は、中国がロシアのウクライナ侵攻を非難しないことを批判した。中国は「近北極圏国」を自称しており、聴衆の中には中国の何儒龍・駐アイスランド大使の姿があった。

何大使は立ち上がり、バウアー氏の講演は「傲慢(ごうまん)さに溢れ」「妄想じみている」と述べ、緊張を高めていると非難した。NATO及び駐アイスランド中国大使館はこのやり取りについてコメントを控えるとしている。

<優位に立つロシア>

戦略国際問題研究所(CSIS)のコリン・ウォール研究員は、「現時点では、北極圏での軍事バランスはロシア側に大きく傾いている」と語る。

国際戦略研究所(IISS)とロイターがまとめたデータによれば、北極圏のロシア軍基地は、数の上でNATO側の基地を約3割超上回っている。

IISSによれば、ロシアは現在、全面核戦争において使用される長距離核兵器を発射可能な潜水艦を11隻保有しているが、そのうち8隻は北極圏に位置するコラ半島を母港としている。これに対しNATO側が保有しているのは、米国、フランス、英国の22隻だ。

7月、ロシア海軍は新たな原子力潜水艦ベルゴロドの引き渡しを受けた。同艦は、海底に沿って移動することで沿岸部の防衛線をかいくぐることができるとされる原子力核魚雷「ポセイドン」を搭載可能だ。ロシア国営メディアは「ポセイドン」について、沿岸を「放射能の砂漠」に一変させる巨大な津波を引き起こす威力があると伝えている。

またロシア政府は過去2年間、極超音速ミサイル「ジルコン」のテストを繰り返してきた。プーチン大統領は2019年、「ジルコン」は音速の9倍の速度に到達可能で、世界最速のミサイルになると述べている。2月、ロシアは同ミサイルをノルウェー本土とスバールバル諸島のあいだの北極海で発射したと発表した。

ロシア軍の機関紙は8月20日、ショルグ国防相の発言として、「我々は『ジルコン』ミサイルの量産に着手している。同ミサイルはすでに配備されている」と伝えた。ロシア国防省に詳細を尋ねたが、回答は得られていない。

IISSによれば、ロシアの砕氷船の数は他国を大きく上回っている。公式の数値によれば、ロシアは原子力砕氷船を7隻とディーゼル砕氷船を約30隻保有している。米国と中国は、それぞれディーゼル砕氷船を2隻運用している。

<投資を急ぐNATO>

過去数十年、北極圏のNATO加盟国は、ロシアとの紛争が北極圏に波及することはない、との前提に立ってきた。国防予算の総額には上限が設けられ、軍事のハードウェア面や偵察・通信能力への投資が過大であると見なされる例も多かった。

だがNATOも北極圏の加盟国も、そうした姿勢を改めつつある。

ロシアがウクライナでの「特別軍事作戦」を開始して以来、カナダは軍事支出を約130億カナダドル(約1兆3600億円)増額することを公約した。内容としては、米軍とカナダの共同防衛組織である北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)の早期警戒レーダーシステムの更新や、潜水艦探知能力のある新たな偵察機の導入などが含まれている。

偵察機は2032年に導入が始まる予定だ。環境の厳しさを考慮すると、体制が整うまで数十年は掛かるだろうと、カナダ軍参謀総長ウェイン・エアー陸軍大将は10月に議会委員会で述べた。

同氏は、極超音速ミサイルをより的確に追跡するためにも、NORADの研究開発部門はてこ入れされるべきだと指摘する。

「どの国から発射された極超音速ミサイルでも探知できるということを、我々は非常に重要視している。競合する国が技術面で進歩を見せていることは、把握している」と、エアー氏は11月に記者団に語った。

ウクライナで使われているものをもとに、ロシアの極超音速ミサイルの破壊力を判断するのは難しいと、エアー氏は話す。北米を標的にした場合、発射距離が比較できないほど変わってくるからだ。

2020年以降、NATO統合軍司令部は米ノーフォークを拠点に大西洋の監視を行ってきた。だが米シンクタンクの大西洋評議会は、全体像を把握するには、北極点上空にある衛星の数が少なすぎると指摘している。米国北方軍を指揮するバンハーク空軍大将は5月、イーロン・マスク氏が所有する宇宙開発企業スペースXや英通信衛星運営会社ワンウェブがこの数年で発射した数百の衛星の一部を軍が試用していると述べた。

米軍は、グリーンランドにあるチューレ空軍基地の老朽化した施設の修繕に「大規模な投資の増額」を計画しているという。5月には米代表団が同国を訪れ、レーダーの位置を視察したと、外交筋がロイターに明かした。

スウェーデンとフィンランドは、自国の空軍が北極圏のNATO加盟国と共に戦えるよう、偵察・抑止能力やジェット機などの軍用品への投資を始めている。デンマークは、衛星や最大40時間飛行可能な偵察ドローンをはじめとした北極圏での軍事力向上に、およそ2億米ドル(約280億円)規模の予算を組んだ。また同国は、英国とアイスランドの間に位置するフェロー諸島に配置された、冷戦時代のレーダーを再稼働する予定だ。

領海が200万平方キロメートルに及ぶノルウェーは、北極圏を監視するために衛星を4機配備しており、今後2年間でさらに4機発射する予定だ。また宇宙港の建設に向けて、アンドーヤ・スペースに3500万米ドル(約49億円)を投資している。北極圏の宇宙港建設は、スウェーデンとカナダもそれぞれ予定している。

アンドーヤ・スペースは、米航空機大手ボーイングが率いる北極圏の偵察・検知プロジェクトにパートナーとして参加している。2018年に発足した同プロジェクトでは、衛星や無人機、ドローン、北極圏の環境に適応した船や無人潜水艦を用いて、NATO同盟国に敵の艦船や 航空機、潜水艦に関する偵察報告といったリアルタイム情報を提供する準備ができているという。

米国防総省は、衛星がさまざまな地上レーダーと連携する長距離レーダーシステムをアラスカ州に設置しており、これによって「今後登場してくる最新型の極超音速ミサイルにも対応できるようになる」としている。2023年完成予定だが、ジルコンを迎撃できるかに関しては、米ミサイル防衛局は回答を拒否した。

来年3月に国防総省が公開する見通しの北極圏戦略に関する報告書で、より多くのことが明らかになる可能性があると、ある米軍関係者は指摘した。同省は、危険なまでの低温の環境下で米国がどのような軍事力を必要とするかを模索しており、報告書の改訂は2019年以来となる。

「冬には日も昇らず、気温は摂氏マイナス45度から50度にまで下がるのが日常茶飯事の環境だ。過酷極まりない」と、この関係者はロイターに語った。

インタラクティブ版:暗転する北極圏 優位に立つロシア、追うNATO 勢力争いの最前線

(Jacob Gronholt-Pedersen記者、Gwladys Fouche記者、翻訳:エァクレーレン、寺本晶子)

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