[ホーチミン/バンコク 21日 トムソン・ロイター財団] - 熱波がベトナム北部・中部を襲った今月初め、アプリ「グラブ(Grab)」を使って食事や配車を注文しようとスマートフォンに手を伸ばしたユーザーは、追加料金が発生するとの通知に気づいた。
追加料金は、現地の気温が35度に達した場合に適用される。東南アジア諸国でサービスを展開する「グラブ」では、数カ月前にベトナム国内で雨天追加料金も導入している。
「グラブ」広報担当者はトムソン・ロイター財団の取材に対し、「悪天候のもとでは、当社のドライバーや配送パートナーの仕事も過酷になる。その過酷さに見合った報酬が得られるようにしたい」と語った。
ハノイやホーチミン市では、「グラブ」経由でバイクタクシーの配車や料理・食品のデリバリーを頼む場合、猛暑・雨天時には5000ドン(約30円)の追加料金が発生する。「至急」サービスではさらに3000ドンが上乗せされる。
「グラブ」契約ドライバーとしてホーチミン市で働くグエン・チュアンさんは、自分やドライバー仲間にとって、この追加料金は労働意欲を刺激していると話す。彼らは天候に関係なく働かなければならないからだ。
「働かなければ食っていけない。その日暮らしの生活だ」と、フードデリバリーとバイクタクシーのドライバーとして働いているチュアンサンは語る。
フードデリバリーや配車サービスを提供するプラットフォーム企業には、交通渋滞や包装に関連して地球温暖化ガスを排出しているとして、厳しい視線が向けられるようになっている。
だが、配達員・運転手が異常気象にどのように対処しているかという点はほとんど議論されていない。道端やレストランの前で待機しつつ注文を待ちつつ長時間働き、医療へのアクセスも十分でない場合が多い。
気候変動により世界各地でこれまで以上に厳しい熱波や洪水が頻発する中で、ようやくこうした問題にも世間の注目が集まり始めた。労働人口の中でも最も脆弱な立場の人々にとって、気候変動が健康に与える影響が問題視されるようになったのだ。
<「非人道的な環境」>
インドには、単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」が750万人以上いると推定される。4月、5月には度重なる熱波に襲われ、地域によっては45─50度の気温が記録された。
5月、ムンバイに住むパリザド・バリアウンワラさんが投稿した一連のツイートが大きな話題になった。注文した食事の配達が遅れた理由は、配達員がレストランから彼女の自宅まで徒歩で運んでいたからだった、という内容だ。
「ムンバイの夏の午後、レストランは4.5キロも離れていた。これはあまりにも非人道的だ」と彼女は書き、デリバリープラットフォームの「スウィッギー」に対し、配達員のためにタクシーか、オートリキシャ(三輪タクシー)を手配するよう求め、その費用を負担すると申し出た。
一連の投稿に対しては多数のコメントが寄せられ、あるユーザーは、配達員が真っ昼間に自宅まで少なくとも5キロも自転車で移動したことを知って、「スウィッギー」で注文するのをやめたと書いている。
「スウィッギー」にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
「インドのギグワーカーには何の保護も与えられていない。労働者として認識されておらず、労働安全衛生規則の対象外だからだ」と、全インドギグワーカー労組のリクタ・クリシュナスワミ代表は語る。
同氏によれば、複数のサイトは雨天時に追加料金を加算しているが、それはむしろ需要が高まるからで、暑い時期にそのような配慮を示す企業はほとんどない。
「労働者はオーダーされた料理を受け取る際に、レストラン内に入ることも、水を1杯もらうことも、リフレッシュするために洗面所を使うことすら許されていない。その一方で、企業はESGへの取組みの一環として、さらに多くの労働者たちに自転車の利用を求めている」とクリシュナスワミ代表は言う。
やはりインドで同様のサービスを展開するゾマトは、2022年3月までの事業年度において、フードデリバリーのほぼ5分の1を自転車で処理した。これは同社のESG報告書によるデータだ。
ゾマトの広報担当者は、雨天時には配達員に追加報酬を支払い、配達距離も短縮していると話している。
さらに広報担当者によれば、最近の熱波の際、ゾマトは複数の都市に休憩拠点を設け、配達員が配達の合間に休息を取り、冷たい飲み物を無料で利用できるようにしたという。
<増加するリスク>
ギグワークへの需要は、近年の電子商取引の発展と「労働のプラットフォーム化」により急激に増大しており、それが企業・労働者の双方にとって自由と柔軟性の拡大に寄与しているという肯定的な主張もある。コロナ禍は、そうした需要をさらに膨らませた。
だが批判的な立場からは、ギグワークは他にほとんど選択肢のない労働者を搾取するもので、貧困国のギグワーカーはほぼ臨時労働者として扱われているために、苦労して得られた労働者の権利が損なわれている、という指摘がある。
夏の気温が45度に達することもあるアラブ首長国連邦(UAE)では、「高温への暴露リスク」から労働者を保護するために、6月15日から9月15日までの期間、午後12時半から3時まで休憩することが義務付けられている。ただし、配達員はこのルールの対象外だ。
労働者がこの時間帯に働かなければならない場合、雇用主は、冷たい飲料水、応急手当キット、冷房設備、日光を遮る休憩所を提供する義務がある。
インドでも同様に、複数の州が「猛暑対策計画」を導入し、日中の最も暑い時間帯には屋外活動を最小限に抑えるよう推奨しているが、ギグワーカーの場合はそうもいかない。
シンクタンクのWRIインディアで都市開発・計画・レジリエンス担当のプログラム・ディレクターを務めるジャヤ・ドヒンダウ氏は、猛暑のもとでは健康への悪影響があり、負傷や集中力低下のリスクが高まることにもなると語る。
「特に影響を受けやすいのが、プラットフォームワーカーだ」と同氏は言う。「とはいえ、労働者を搾取し、危険で安全性に欠ける条件の下で配達させるための手段として、猛暑時の報酬追加といった戦略を用いるべきではない」
ベトナムでは、ホーチミン市で働く「グラブ」契約ドライバーによるフェイスブック上のグループが5万1000人以上のメンバーを集めており、猛暑追加料金についても多数のコメントが寄せられている。
あるメンバーの投稿には、300以上の「いいね」と100件以上のコメントがついた。5000ドンの追加料金のうちドライバーが受け取るのは3600ドンだけで、「グラブ」本体は「何もせず座っているだけで」残りを取る、という内容だ。
「グラブ」利用者であるベトナム南部のタン・ギアンさんは、ドライバーの手に全額が渡るなら、喜んで追加料金を払うと言う。
「汗と涙を流すのは彼らなのだから、顧客として追加料金を支持する」
(Sen Nguyen記者、Rina Chandran記者、翻訳:エァクレーレン)
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