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コラム:サウジ「勇み足外交」が残す中東の火種
December 3, 2017 / 12:00 AM / 10 days ago

コラム:サウジ「勇み足外交」が残す中東の火種

Mohamad Bazzi

 11月22日、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(写真)は積極的な新外交方針を主導。より直接的にイランに対抗していくことに熱心で、父サルマン国王の統治下で、非常に大きな権力を手中に収めてきた。写真はリヤドで10月撮影(2017年 ロイター/Hamad I Mohammed)

[22日 ロイター] - アラブ諸国の外相は10月19日、カイロに集まり、イランや同国と連携するレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラへの対応を巡り、数時間に及ぶ神経のすり減るような協議を続けた。

アラブ諸国は中東の不安定化を招いているとして、イラン政府とヒズボラを批判したが、具体的な対応策について合意には至らなかった。

今回の外相協議に至る過去1カ月、中東地域は突如として、さらに広範囲の地域紛争に突入するかのような様相を呈していた。

サウジアラビアは10月4日、首都リヤドに向けてイエメンから発射されたミサイルについて、イランがイエメンの反体制派に供給したものであり、「戦争行為」に相当すると批判。

その後サウジ政府は、イランとヒズボラに対する圧力の一環として、サウジ訪問中だったレバノンのハリリ首相を唐突な辞任に追い込んだ。ハリリ首相は同日、リヤドから放送された辞任表明演説のなかで、「イランが関与する場所には、常に荒廃と混乱が生じる」と述べ、「中東地域におけるイランの手先は排除されるだろう」と言い添えた。

こうした動きは、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が主導する積極的な新外交方針を裏付けるものだ。

同皇太子は、より直接的にイランに対抗していくことに熱心で、父サルマン国王の統治下で、非常に大きな権力を手中に収めてきた。

だが、ハリリ首相の辞任を強要し、イエメンを巡りイランとの対立激化を招いたことで、同皇太子とその側近に対する反発が生じている。イランやヒズボラへの対抗措置について他のアラブ諸国の支持が得られない事実は、サウジの友好国の中で、イランとの直接的な対決を望む国がほとんどいないことを示している。

サウジは長年、ハリリ氏とレバノンにおける同氏の政治運動を支援するため、多大な政治的な努力と数百万ドル規模の資金を投じてきた。特に2005年2月に同氏の父親ラフィク・ハリリ氏が死去してからはその動きは顕著となった。父ラフィク氏は10年以上、レバノン首相を務め、傑出したスンニ派指導者として、サウジにとってレバノンにおける最も重要な協力者だった。

息子のハリリ氏は2016年、首相に就任し、ヒズボラを含む挙国一致政権を樹立。この連立合意はイランとサウジの承認を得たものだった。だがここ数カ月、サウジ指導部は、西側諸国やスンニ派のアラブ指導者と強い絆を持つハリリ首相が、レバノン政府が実はヒズボラとミシェル・アウン大統領を含めたその支持者の支配下にあることを隠す「お飾り」と化しているのではないかと危惧していた。

サウジ指導部は、ハリリ首相の辞任によってヒズボラから政治的な覆面をはぎ取り、スンニ派のアラブ諸国が米国やイスラエルとともにヒズボラを標的として攻撃しやすくなるのではないかと考えた。

だがハリリ首相による突然の辞任表明を受けて、レバノンのあらゆる政治党派がハリリ氏支持で結束し、首相辞任はサウジ指導部から強制されたもので無効だと主張した。

また、ハリリ氏がサウジ側によって自由を奪われているのではないかという国際的な懸念が高まり、マクロン仏大統領が同氏をパリに招くに至った。ハリリ氏は18日、マクロン大統領と面会し、22日のレバノン独立記念日の祝賀式典に向けて帰国した。

その後、緊張は緩和しており、今回の危機がサウジ、イラン両国の軍事対立へとエスカレートする可能性は低い。中東地域のライバル同士による直接衝突懸念は和らいでいるものの、両国による代理戦争は、依然続く中東地域の不安定化を招いている。

サウジとイランは、2003年に米国がイラクを侵略して以来、イラク、シリア、イエメン、レバノンにおいて、それぞれ対立する勢力を支援している。この対立は、部分的にはスンニ派とシーア派によるイスラム教内部の歴史的な対立に根ざしているが、もっぱらシーア派主導のイランと、スンニ派主導のサウジアラビアによる地域的な政治覇権争いと化している。

この代理戦争は、いまや、米国やロシアなどの大国も巻き込みつつ、ここ数年の中東における殺りくと破壊の元凶となっている。

失われた人命は数十万人に上っている。特にシリアでは、2011年3月にイランやヒズボラが支援するアサド政権に対する反乱が発生して以来、40万人以上が殺された。また長引くシリア内戦は、500万人を超える難民を生み出し、安住の地を求める彼らの流入によって、近隣諸国だけでなく欧州においても政治危機を引き起こしている。

2015年1月、サウジアラビアのアブドラ国王が逝去し、20年の治世を終えた。後継者となった弟のサルマン現国王は、すぐさま積極的な外交政策を推進。

米国の軍事介入に対する依存や、代理勢力を介したイランとの戦い、そして小切手外交といった歴代国王の路線を採らず、新国王とその側近は2015年3月、イエメンのシーア派系反政府勢力フーシ派に対する戦争を開始。戦いが長引くなか、サウジアラビアとその同盟国が行った空爆によって、約10万人に上る民間死者総数の大半が犠牲になったと見られている。

サウジは、イエメンでの紛争により動きが取れなくなっている。徹底的な空爆や封鎖にもかかわらず、サウジ政府とその友好国は、依然としてフーシ派をイエメン首都サナアから排除できていない。

特にサウジがイランによるミサイル提供を「戦争行為」と非難したことで、イエメンは代理戦争の表舞台として躍り出た。

サウジは4日、リヤドに飛来する途中で撃墜した弾道ミサイルは、イエメンに分解後密輸されたものだと主張。サウジ当局者によれば、ヒズボラとイラン革命防衛隊のメンバーがミサイルを組み立て、フーシ派がイエメン領内からの発射を支援したと述べている(イランとヒズボラはミサイル発射への関与を否定している)。

サウジ指導部はその後、レバノンを敵性国家と断定する試みを後退させている。すでにイエメンに深入りしすぎ、カタールとの外交危機にを招いている今、サウジとしては、アラブ諸国や国際社会と幅広い連帯を築くことなしに、レバノンでイランが提携するヒズボラに対して、効果的な戦いを挑むことはできないからだ。

とはいえ、今が中東における危険な瞬間であることに変わりはない。イランとサウジが両国の対立関係を「ゼロサム・ゲーム」、つまり相手の犠牲なしに自国が利益を得ることはできないと考えている限りにおいて、誤算によって抑制なき状態に突入するリスクは残っている。

*筆者はニューヨーク大学教授(ジャーナリズム論)でニューズデー紙の元中東支局長。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)

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