[ロンドン 15日 ロイター] - イングランド銀行(英中央銀行、BOE)の15日の会合は、ポンドへの即効性の高いカンフル剤のようなものだった。ここ10年これほど政策金利の引き上げが現実味を帯びて感じられたことはなく、金融市場には衝撃が走った。
物価上昇が4年ぶりの高水準となり、低下する兆しが見えない中、BOEはこの日の会合で政策金利を過去最低水準の0.25%に据え置くことを決めた。しかし政策委員8人のうち3人が利上げに賛成票を投じる結果となり、市場が予想していた「賛成は1人」との見方より、はるかにタカ派的な結果となったのだ。
ただ通貨ポンドの上昇が一段落してみると、中銀が絶妙な綱渡りを演じたことが浮かび上がった。英国経済は欧州連合(EU)離脱を巡る不透明感を背景に既に減速している。BOEはそうした経済状況に対し、金融政策の引き締めで打撃を与えることなく、ポンドのてこ入れを試みたのだ。
しかしながら、これは危険な曲芸でもある。金融市場のBOEに対する信認を損なう恐れがあるからだ。BOE自身がよく分かっているように、そうした信認は1度失われてしまえば取り返すのが極めて難しく、通貨にも打撃となる。
トルコの中銀は2014年1月、物価高騰に対する通貨防衛のため、政策金利の4%引き上げを決めた。この年はロシア中銀も政策金利を2倍超の水準に当たる17%へと引き上げている。
新興市場だけではない。BOEが1992年9月16日のポンド危機、いわゆる「ブラック・ウエンズデー」に際し、政策金利を12%に引き上げ、ヘッジファンドのポンド売りに対抗して数十億ドル規模の外貨準備をつぎ込んだ為替介入を実施したのはよく知られている。
現在、BOEは難しい状況に置かれている。経済成長は鈍化し、すぐに持ち直す兆しは見られない。15日の政策決定に先立って公表された5月の小売売上高は急激な落ち込みを示した。14日に発表された今年2─4月の賃金上昇率は市場予想を大きく下回る2.1%にとどまる一方、物価上昇率は4年ぶり高水準の2.9%へと急騰した。
これは実質賃金がここ3年で最も急ピッチで低下していることを意味しており、英経済を支える最大のけん引役である個人消費にブレーキがかかることになる。
ブレグジットを背景に投資や支出を巡る環境には不透明感が漂う。英経済指標の軟調さはBOEが超緩和的な金融政策を維持することを示唆しており、引き続きポンドに下押し圧力がかかる要因となっている。
そこで問題となるのは物価だ。ブレグジットを決めた昨年の国民投票以降、ポンドは13%下落し、物価上昇は加速。物価の上昇がすぐに沈静化する兆しはみえない。
インフレは実質賃金を目減りさせ、個人消費を抑制、経済全体の重しとなっており、将来の成長見通しには暗雲が漂う。15日のBOEの政策決定の投票結果が示すように、金融引き締め圧力は高まってきている。
物価高騰で利上げ圧力が高まれば、ポンドは安定するか、上昇する可能性すらある。その結果、物価の上昇圧力は緩み、実質賃金の目減りが止まり、消費を加速させる─。これがBOEにとっての理想的なシナリオだろう。しかし、それも1日の取引高が5兆ドル規模に上る為替市場が、BOEへの信認を維持していることが前提だ。つまりいざという時には、BOEが利上げに踏み切ると信じられていることが必要で、さもないとポンドに対する売り浴びせがすぐに起きて、その後も持続する可能性が高い。
現在のポンド相場は、1ポンド=1.20ドルのポンド高へと向かうよりも、1.30ドルの安値を再び試す可能性の方が高い。物価が3%へと接近する中で、そうしたポンド安のシナリオが現実になれば、現在BOEが抱えるジレンマなど、かわいく見えるだろう。
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