October 30, 2018 / 11:04 PM / 18 days ago

コラム:日銀金融政策、「正常化」とは言えない理由=井上哲也氏

[東京 31日] - 世界の金融市場に不安定性が目立つようになってきた。米国では、インフレ率の上昇を受けて長期金利が不安定化し、それを機にトランプ大統領が米連邦準備理事会(FRB)による利上げを批判し始めたことが市場心理を冷やした。

10月31日、世界の金融市場に不安定性が目立つようになってきた。日本銀行前で2017年9月撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

欧州でも、英国の欧州連合(EU)離脱に向けた調整が迷走を続け、2019年予算を巡るイタリア政府と欧州委員会との対立がエスカレートしただけでなく、ドイツでも政権基盤に揺らぎが生じたことに不安が高まっている。これらに加え、貿易摩擦を巡っては、中国の国内総生産(GDP)が減速しただけでなく、日米欧の大手企業がビジネスの先行きに慎重な見方を示したことで、具体的な影響が顕在化しつつあるとの懸念が台頭している。

このように、株式市場を中心に世界の金融市場が不安定化する中では、日銀も「金融政策の正常化」を進めるべきではないというのが一般的な見方であろう。特に為替レートについては、保護主義の姿勢を強めるトランプ政権がドル高懸念を強めているほか、欧州でも政治的混乱を嫌気した通貨安圧力が生じやすいだけに、日銀の政策に過剰反応するリスクは無視できない。

<「正常化」ではなく「調整」>

しかし、こうした一見わかりやすいロジックには見落とされている点がある。第1に、日銀が7月末の金融政策決定会合で行った政策変更は、「金融政策の正常化」ではなく、「金融緩和の調整」だという点である。

この点で興味深いのは、7月末に日銀が「量的・質的金融緩和」の運営を変更してから時間が経つにつれ、金融市場では、日銀のフォワードガイダンス(将来の金融政策指針)よりも10年国債利回りの変動容認幅の拡大や国債の買入れ額の柔軟化に着目し、「正常化の第一歩」と受け止める見方が台頭していることだ。米欧における「金融政策の正常化」とのシンプルな連想や、日銀自身が認めている「量的・質的金融緩和」の副作用に対する懸念など複合的な裏付けを有しているだけに、こうした見方を巡る議論は勢いがつきやすく、「正常化の次の一歩」を巡る思惑も生じている。

しかし、米欧のようにインフレ目標の達成にめどをつけた中央銀行が政策スタンスを中立化することを指す「金融政策の正常化」とは本質的に異なり、日銀の対応は、インフレ目標の達成にはなお距離を残すものの、副作用を含む金融経済の状況に照らして金融緩和の強さを調節するものだ。「金融政策の正常化」の一環と理解される国債買入れ額の減少も、次の景気後退における量的緩和の発動余地を若干なりとも拡大する意味合いを持っている。

第2に、日銀は国債買入れ額を減らすことができても、政策金利を変えることは少なくとも当面は難しい。米国で金融市場が不安定化する契機となった長期金利の上昇は、その後の株価調整の中で皮肉にも反転し、抑制的な動きとなっている。ユーロ圏でも、イタリア国債の利回り上昇に対する「質への逃避」の動きもあって、ドイツ国債利回りはむしろ低下方向にある。このように海外からの金利上昇圧力が低下した分、日銀が国債買入れを増やして利回り上昇を抑えこむ蓋然(がいぜん)性は低下している。

一方、7月末に導入したフォワードガイダンスによって、日銀は長短双方の目標金利を現状のまま維持することを示唆し、その期間として、少なくとも明示的に言及している2019年10月の消費税率引上げの影響を見極めるまでを指しているとみられる。

フォワードガイダンスは政策運営の「予想」を示しただけなので、目標金利の変更も不可能ではない。しかし、それには理由が必要であるし、金融市場が不安定化する中で、利上げ方向の変更については尚更にそうである。

つまり、「金融政策の正常化」という理解に沿って、今後の日銀が、10年国債利回りの変動容認幅をさらに拡大し、その結果を確認しつつ目標金利を引き上げると予想することはロジカルではあるが、少なくとも「当面」の間、大きな可能性があるとは思われない。

<良好なファンダメンタルズが支えに>

第3に、米欧ともに経済のファンダメンタルズはなお良好である。米国は本年の第2・四半期、ユーロ圏は昨年の第4・四半期とみられるピークに比べて足元では減速感もあるが、ともに潜在成長率を上回るペースで拡大している。また、雇用や賃金、企業収益や設備稼働率など、内需を支える基盤の良好さにも変化がなく、これまで後退が目立つのは企業のセンチメントに関するアンケート調査や決算見通しなどのソフトデータが中心である。

日本経済のファンダメンタルズも相応に良好である。天候要因等のせいで経済成長率は上下しているが、内閣府と日銀は共にマクロの需給ギャップがプラス圏を維持していると推計している。雇用や賃金、企業収益や設備稼働率といった基盤の堅実さも米欧と共通している。

この間、中国では生産や投資といったハードデータにも影響が及んでいるが、金融と財政の双方で政策対応に余力があり、成長率が切り下がっても、マクロ的に大きな失業が生ずるリスクは小さい。金融システムの「正常化」が先送りされる懸念は残るが、成長率を多少切り下げた上で経済安定を維持することは十分に可能とみられる。

このように、国際金融市場の現在の不安定化に対しては、世界経済のファンダメンタルズの堅調さがいわばセーフティネットとして存在する。

<日銀の政策対応>

これらを考え合わせると、日銀が10年国債利回りの変動容認幅の拡大や国債の買入れ額の柔軟化といった「金融緩和の調整」を慎重に続けることは可能であるし、今後の政策対応力や副作用の面でメリットも存在する。

もちろん、こうした対応を円滑に進めるには、政策変更が「金融政策の正常化」ではないことについて、金融市場と共通の理解を再構築することが日銀に求められる。同時に、アプリオリ(自明的)に金融緩和の縮小を目指す訳でないことについて金融市場の理解を得るため、金融経済に下方リスクが高まった場合は必要な追加緩和を行うというコミットメントを強調することも併せて重要だ。そうした観点から、フォワードガイダンスの意味合いを確認することも必要になるだろう。

井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。  

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:山口香子)

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