July 17, 2018 / 1:01 AM / 3 months ago

08年上期・日銀議事録、リーマン前夜で強まる危機感 戦後初の総裁空席も

[東京 17日 ロイター] - 日銀は17日、2008年1─6月の金融政策決定会合の議事録を公表した。同年9月に発生したリーマン・ショックの直前の時期で、米国の景気減速や不安定化する金融市場が日本経済にも暗い影を落とし始め、政策委員らが警戒感を次第に強めていく姿が浮かび上がる。3月には福井俊彦総裁の後任人事案が、ねじれ国会のもとで相次いで否決され、総裁ポストが戦後初めて空席となる。その混迷ぶりは議事録の中にも読み取れる。

 7月17日、日銀は、2008年1─6月の金融政策決定会合の議事録を公表した。同年9月に発生したリーマン・ショックの直前の時期で、米国の景気減速や不安定化する金融市場が日本経済にも暗い影を落とし始め、政策委員らが警戒感を次第に強めていく姿が浮かび上がる。写真は日銀本店建物。昨年9月に東京で撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

<混迷極まる総裁人事>

「会議を中断させていただいてよろしいか」。3月7日の午前9時16分。決定会合2日目の開始早々、福井総裁は「公用の電話」を理由に会議の中断を申し出た。

この日、政府は19日に任期満了を迎える福井総裁の後任に、武藤敏郎副総裁を昇格させる正副総裁の人事案を国会に提示。議事録から電話の内容までは見えないが、人事を巡るやり取りだった可能性がある。武藤副総裁も2度にわたって中座するなど、慌しい同日の会合の様子は、その後の波乱をも予感させる。

総裁人事は以後、混迷を深める。ねじれ国会のもと、参院で多数を握る民主党など野党は、政府が示した「武藤総裁、白川方明副総裁、伊藤隆敏副総裁」の人事案のうち、白川副総裁のみに同意する。

総裁の後任人事を急ぐ政府は非公式に福井総裁の続投案を打診するが、民主党が拒否。福井総裁の任期切れ前日となる18日には、元大蔵事務次官の田波耕治氏を総裁とする案を政府が提示したが、翌日の参院本会議で不同意となり、戦後初の総裁ポスト空席が確定した。

4月7日には、副総裁に就いたばかりの白川氏を総裁に昇格させる案が国会に提示され、ようやく同意を得られるめどが立つ。だが、翌8日は国会での所信聴取と決定会合の初日が重なり、総裁代行の白川氏が2時間半の討議のうち約2時間の欠席を余儀なくされた。

日銀が初めて直面する異常事態だったにもかかわらず、4月8・9日の会合で水野温氏審議委員が「政局混乱による国民生活への潜在的な懸念など、日本銀行自らの努力ではいかんともしがたい不確実性が目白押しである」と発言した程度で、人事の混乱に直接言及した委員がほとんどいなかったのも興味深い。政治から距離を置き、淡々と金融政策に携わろうとする当事者たちの思いが垣間見られる。

<リーマン前夜、動けぬ日銀>

日銀人事が政治に翻弄される中、08年9月に発生する米投資銀行大手のリーマン・ブラザーズの経営破綻をきっかけとした世界的な金融危機の影が着実に忍び寄っていた。

白川氏の総裁昇格を受け、議長を務める総裁の不在は4月30日の決定会合から回避されたものの、定員9人の政策委員のうち副総裁1人と審議委員1人の欠員を抱えたまま、新体制は難しい情勢判断を迫られることになる。

07年夏ごろから深刻化した、信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題は「さまざまな金融商品と市場にまさに燎原の火のごとく広がり、その勢いは足元も衰えていない」(野田忠男審議委員、3月会合)と事態は悪化の一途をたどる。

世界的な金融市場の動揺が続く中、07年の夏場に120円台にあったドル/円相場は08年3月に一時100円割れまで円高が進行。1万8000円台だった日経平均株価も1万2000円割れに急落する。

震源地の米国の景気も減速が続き、拡大を続けてきた日本の実体経済にも影響が及び始める。生産・所得・支出の好循環メカニズムが弱まったことを受け、日銀は4月8・9日の会合で景気判断を「減速している」に下方修正したが、その時点では金融市場で利下げを織り込む動きが強まることへの警戒感もあった。

当時、政策金利の誘導目標は0.5%。委員の間では、政策余地の少なさから「次の政策変更としてはこれまで通り利上げ方向を意識している」(須田美矢子審議委員、3月会合)との声もあり、白川氏は会合の終盤で「政策運営について機械的にインプリケーションを持たせることがないよう気をつけたい」と初の会見に臨む姿勢を語っている。

金利水準を徐々に引き上げる方針を示してきた日銀だったが、4月30日の「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)では、「先行きの金融政策運営について予め特定の方向性を持つことは適当ではない」と従来判断を翻した。

景気の下振れが意識される一方で、原油高などを背景としたインフレリスクも台頭し、日銀にとっては政策の方向性を見定めにくい状況がその後も続く。

経済情勢が「微妙なリスクバランス」(西村清彦副総裁、6月会合)の上に成り立つことから、推移を慎重に見守るとの姿勢は強まるばかり。日銀は、リーマン・ショック後の08年10月に利下げに踏み切るまで、政策を維持し続けることになる。

<福井総裁、市場機能の向上が重要>

任期満了を控えた福井総裁が最後の議長を務めた3月の決定会合。議論終了後に同氏は「金融政策の有効性を発揮していくために、金利機能がより良く効果を発揮する、日本経済がより良き資源再配分機能を金利を通じて発揮していくことによって、物価安定のもとでの持続的成長の基盤をより強固なものにしていくことは当然大事である」とし、金融機関の競争力強化と金融市場の機能向上の重要性を訴えた。

10年後の日銀は黒田東彦総裁のもとで5年以上にわたって大規模な金融緩和を続け、現在は長期金利をゼロ%程度に抑え込んでいる。金融機関の収益減少による金融仲介機能や、国債市場をはじめとした市場機能の低下といった副作用への懸念が日増しに強まっている。

梅川崇、伊藤純夫

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