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コラム

コラム:インドのリスクプレミアム、米中対立背景に低下の一途

[ムンバイ 9日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 今年に入って、アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)やマイクロソフトのサティア・ナデラCEO、ブラックストーンのジョン・グレイ社長といった欧米経済界の大物が相次いでインドを訪れている。

 5月9日、今年に入って、アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)やマイクロソフトのサティア・ナデラCEO、ブラックストーンのジョン・グレイ社長といった欧米経済界の大物が相次いでインドを訪れている。写真はニューデリーのショッピングモール内で、開店準備中のアップルストア前で写真を撮る人たち。4月12日撮影(2023年 ロイター/Anushree Fadnavis)

インドは事業を展開していく上でさまざまな課題を抱えている。だが彼らの目には、中国に代わる投資先としての有望性の方がどんどん大きく映ってきているようだ。

外国の企業や投資家に見えているインドの魅力は数多い。3兆ドル規模の経済は今年度6.5%と、他の世界よりも高い成長率が見込まれる。ロシア産の原油を安価で大量に輸入しているおかげで物価は落ち着いたままだ。世界最大の人口の下で、低コストの労働力や多くの技術者と英語スピーカーも供給してくれる。

企業寄りの政策を掲げている現在のモディ政権が向こう5年間は継続する公算が大きい点もプラスだ。各種世論調査では、来年の総選挙でモディ首相が率いる与党インド人民党(BJP)が勝利し、政権3期目に入ると予想されている。1月に公表された調査でモディ氏の政策運営を肯定的に評価する人の割合は72%と、昨年8月の66%から上昇。BJPが大勝すれば、政権樹立を巡る予測不能の政党間の離合集散に企業はわずらわされずに済むだろう。

インドは悪化する一方の米中関係で恩恵を受けている面も否定できない。企業はサプライチェーン(供給網)を中国から別の地域に移そうとしており、運用担当者は金融制裁リスクがより少ない場所に長期的な資金を配分する必要がある。

幾つかのケースで、その動きは鮮明だ。例えばアップルのサプライヤー、鴻海精密工業とペガトロン(和碩聯合科技)は、それぞれインドのカルナタカ州とタミル・ナドゥ州に工場を建設している。JPモルガンのアナリストチームは、2年以内に世界のiPhone(アイフォーン)生産の4分の1をインドが担うことになるとみている。カナダで3番目に規模が大きい年金基金のオンタリオ州教職員年金基金は4月に香港拠点の中国株投資チームの一部を撤収したが、7カ月前にはムンバイに事務所を開設している。

インドの魅力はそうした製造業部門だけにとどまらない。経済全体として、中国型の成長が約束されているからだ。昨年の1人当たり国内総生産(GDP)は2379ドル。中国の5分の1弱と「伸びしろ」は大きい。携帯通信機器の所有者は12億人を超え、その半数をスマートフォンが占める。モルガン・スタンレーのアナリストチームとストラテジストチームは、2030年までにはインドの経済と株式市場の規模が世界第3位になると予想している。

インドは依然として、外国企業・投資家にとって一筋縄でいかない場所ではある。政府はずっと輸入関税を課すのを好む傾向にあり、ボーダフォンをはじめとした多国籍企業と課税を巡る紛争を繰り広げてきたことでも知られる。

しかし、こうしたことにひるまずインドの成功に賭けようとする企業もある。ブラックストーンはインドに500億ドル相当の資産を配分。同社はインドでオフィスと小売業向け不動産の最大の所有者となっており、傘下の「ブラックストーン・キャピタル・パートナーズ・アジアIファンド」の内部収益率は29%に達する。

ただ企業幹部らは投資過熱を懸念するようになっている。実際投資熱の高まりにより、既に割高なインド株はさらに押し上げられるだろう。現時点でもMSCIインド指数は向こう1年の予想利益に基づく株価収益率(PER)が20倍と、MSCI新興国指数の12倍を大きく上回っている。

インドは誤算を招きやすい投資先でもある。英語が普及し、世界時価総額トップ4企業のうちマイクロソフトのナデラCEOとグーグル親会社アルファベットのサンダー・ピチャイCEOが同国出身であるものの、国内のビジネス環境に対する外国人の理解度はなお低い。

それが明らかになったのは、富豪ゴータム・アダニ氏が率いるアダニ・グループの上場企業の株価が、不正会計疑惑などを記した空売り投資家のリポートをきっかけに今年急落した事態だ。これらの企業に対して、インドや米国の大手金融機関の顧客の多くはおおむね投資を避けていた。ただMSCIはインド指数においてアダニ・グループに5%のウエートを与えている。

またインドでは膨大なインフラや消費財の需要を満たす事業機会がある半面、国内勢とのし烈な競争も避けられない。だからこそトタル・エナジーズやメタ・プラットフォーム、鴻海精密工業などは地元企業との連携に動いているのだ。

それでも中国を巡る懸念が増大していることで、投資家はインドのリスクを軽視しているのかもしれない。外国企業幹部や運用担当者の間では、インド政府は世界が2つの陣営に分かれる中でどちらにも一方的に肩入れせず、最大の貿易相手である米国から制裁を受けずにロシアから武器やエネルギーを輸入し続けられるとの見方が出ているのがその一例だ。

さらにインド最大野党、国民会議派実力者のラフル・ガンジー氏が、過去の演説におけるモディ氏に対する名誉毀損を理由に下院議員資格を停止されたという大きな政治論争は、ほとんど投資の支障にはなっていない。モディ氏の政治姿勢を番組で批判的に取り上げた英BBCにその後税務当局の捜査が入った問題も、国際的な反発は乏しかった。

最後にインドにおける大きな貧富の差や、都市部労働者のうち正規雇用は半分以下に過ぎないという労働市場の構造、インフラ不足に伴うサプライチェーンの非効率性といった問題に関しても、外国企業幹部や投資家は、市場の力でやがて解決されるか、自分たちの投資行動には影響しないと考えている。

結局のところ中国に代わる存在としてのインドの重要性が増しているため、投資家にとっては過去の「障壁」への関心が薄れ、インドが提供してくれる可能性がある機会を重視するインセンティブが大きくなっているのだ。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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