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コラム

コラム:プーチン氏の「天然ガス攻撃」、EU結束の試金石に

[ロンドン 19日 ロイター BREAKINGVIEWS] - ロシアのプーチン大統領が、天然ガスを「武器」にして欧州の結束に揺さぶりをかけようとしている。ロシアと欧州を結ぶ主要ガスパイプライン「ノルドストリーム1」は、定期メンテナンスのために21日まで10日間の予定で稼働を停止中。プーチン氏は稼働再開の有無、もしくは再開のやり方を狡猾に決めることによって、ウクライナ侵攻を巡る欧米の結束を弱めようとするかもしれない。そのリスクは現実のものだが、プーチン氏が成功する可能性は小さそうだ。

 7月19日、ロシアのプーチン大統領が、天然ガスを「武器」にして欧州の結束に揺さぶりをかけようとしている。18日撮影(2022年 ロイター/Dado Ruvic)

仮にプーチン氏が21日以降もノルドストリーム1の稼働を停止し続けるなら、欧州、特にドイツの天然ガス供給を巡る問題は本格的な危機へと発展するだろう。ロシアからバルト海を通ってドイツに直接天然ガスを輸送するこのパイプラインは昨年、ドイツに供給される1774テラワット時(TWh)相当の天然ガスの35%に寄与していたと、UBSのアナリストチームは分析している。その他のルートを通じたロシア産天然ガスの輸入を加えて計算すると、同国からの輸入が完全に断たれた場合、全供給量の63%が失われかねない。

ウクライナ侵攻開始以来、ドイツはロシア産天然ガスへの依存を減らしているとはいえ、これは大打撃だ。UBSの見解では、ドイツは来年には200TWh相当の液化天然ガス(LNG)を追加で確保できるとともに、100TWh相当の石炭火力発電を再稼働する可能性もある。前者はコストが高く、後者はショルツ首相が掲げる炭素削減の障害になるという問題はあるが。

ただ今年については、天然ガス不足によってドイツはエネルギー消費を家庭で20%、工業で50%、それぞれ減らさざるを得なくなる可能性があるとUBSは指摘している。

そうなると大幅なマイナス成長は避けられないだろう。UBSの推計では、ロシア産天然ガスの供給が完全に断たれると、来年末までにドイツの国内総生産(GDP)の5.9%相当が打撃を被る。2023年だけでも2.8%のマイナス成長となる計算だ。最も大打撃が及ぶのは劇的な省エネを迫られる商業・公共セクターと、天然ガスを原材料とエネルギーの両方に利用するBASFなど化学大手になろう。

欧州連合(EU)の他の国々も痛みを味わう。ドイツから供給される天然ガスが減ってエネルギー供給を制限せざるを得なくなると同時に、天然ガス価格が1メガワット時当たり200ユーロ(約2万8000円)超と、昨年の10倍に跳ね上がる可能性が高い。RBCのアナリストらの試算では、EU全体で天然ガス消費を19%削減せざるを得ない恐れがある。欧州委員会は、厳冬になればEU経済全体のGDPを1.5%前後押し下げかねないと試算している。

ドイツのハーベック経済・気候保護相が言うところの「リーマン危機」が起こる危険もある。ドイツ連邦ネットワーク庁によると、同国は2020年に800TWh相当の天然ガスをフランス、オーストリア、スイス、チェコなど他のEU諸国に再輸出していた。ドイツとチェコはこのほどエネルギー供給安定で結束するという共同声明に署名したが、ドイツがそれを無視して天然ガスを抱え込むリスクが考えられるのだ。

プーチン氏がずる賢ければ、ドイツへの天然ガス供給を削減しつつも完全には中止しないかもしれない。そうなるとシュルツ首相は近隣諸国よりも国内への供給を優先する誘惑に駆られ、EU内に緊張を生み出す恐れがある。

プーチン氏が欧米の結束にくさびを打ち込む方法は他にもある。ノルドストリーム1の技術的な問題を理由に、ウクライナ侵攻前に完成に近づいていたが凍結されているノルドストリーム2を通じ、安価な天然ガスを提供すると申し出ることが可能だ。この誘いに乗れば、ノルドストリーム2に制裁を科した米国や、ポーランドなどEU内の対ロシア強硬国を怒らせるだろう。

どれも身の毛がよだつようなリスクだ。だがプーチン氏がEUの将来に長期的なダメージを与えるためには、「天然ガス攻撃」による経済的打撃が強烈過ぎて、ドイツが天然ガス再輸出契約を反故にし、かつ世論の反発を無視してまでウクライナを裏切るのもやむなし、と思えるほどの状況になる必要がある。そこまでの段階に至っているとは言い切れない。

プーチン氏がノルドストリーム1経由の天然ガス輸送を以前の半分まで回復させるというシナリオでは、来年のドイツのGDPに及ぼす影響は1%を下回るとUBSは推計している。前述の通り、天然ガス供給を完全遮断するシナリオではドイツ経済が来年2.8%のマイナス成長に陥る見通しだが、それでも新型コロナウイルスのパンデミックに襲われた2020年のマイナス4.6%(EU全体ではマイナス6%)に比べれば小幅だ。

要するに、公的債務がGDP対比70%未満のドイツには、雇用と企業を支えて景気を浮揚させるだけの潤沢な財政資金があるということだ。

もちろんシュルツ、ハーベック両氏が厳しい冬を迎えることに変わりはない。しかし2020年、新型コロナという「共通の敵」に直面したEUは、共通の復興基金創設という解決策を編み出すに至った。プーチン氏が天然ガス供給を完全に遮断するなら、コロナ禍同様の激震をかわす必要性から、歴史が繰り返される可能性はある。

●背景となるニュース

*ロシア外務省のザハロワ報道官は14日、ノルドストリーム1の将来は欧州の需要と西側の対ロシア制裁次第で決まるだろう、と述べた。

*ノルドストリーム1は21日まで定期メンテナンス中。ロシアは稼働中止を延長することで天然ガス供給を制限し、欧州が冬に向けて備蓄を積み上げる計画を揺さぶろうとするのではないか、と欧州各国は懸念している。

*ロシア国営エネルギー大手ガスプロムは13日、カナダからのタービン返却の遅れを理由に、ノルドストリーム1の重要部分の安全稼働が保証できないと指摘していた。カナダはガスプロムを制裁対象としている。

*カナダ政府は9日、ノルドストリーム1向けにタービンを返却することを許可した。ロシア外務省のザハロワ報道官は今後の天然ガスパイプラインの稼働について、「カナダのタービンで起こったように」ガス需要と違法な制裁に関する相手国の出方に大きく左右される、との考えを示した。

*ロシアは先月、タービン返却の遅れを理由に、ノルドストリーム1の稼働率40%まで天然ガス輸送を減らしていた。

(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

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