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焦点:スコッチウイスキー、EU離脱で「うまみ」増すか

Elisabeth O’Leary Martinne Geller

[フォルカーク(スコットランド)/ロンドン 21日 ロイター] - スコッチウイスキーのメーカーは、英国内で最も強硬に欧州連合(EU)残留を主張した業界の1つだ。だがもし離脱しかないのなら、完全離脱の方が望ましいと主張している。

すでに輸送やロジスティクス面での対応準備に追われている同業界としては、英国が世界最大の貿易圏であるEUを離脱しても、EU規制に発言権を持ちつつ2国間貿易協定を交渉する権利も得られるならば、EU単一市場と関税同盟に喜んで残るという。

もしそれがかなわないなら、何の合意もなく離脱して世界貿易機構(WTO)のルールに従った方が良いと、スコッチウイスキー協会(SWA)のカレン・ベッツ会長は言う。WTOのルールによると、スコットランドからEUへの輸出関税はゼロになる。

「よく考えてみれば、単一市場に残ってEUの規制に縛られつつも発言力はないという状態は、リスクが大きい」と、ベッツ氏は言う。ただ、英国とEUとの交渉が続く間は、柔軟な考え方を続けるつもりだと付け加えた。

業界の姿勢には重みがある。スコッチウイスキーの輸出は、2017年は43億6000万ポンド(約6500億円)と、英国の全食品と飲料品輸出額の5分の1以上を占める。また、4万人の雇用を抱えている。

同業界の立場は、ある意味ユニークだ。

WTOの関税は有利になる。同関税は、ほぼ全てのスピリッツが対象だ。

一方、スコッチウイスキーのサプライチェーンはほぼ英国内で完結しているものの、生産量の9割は輸出されている。ブレグジット(EU離脱)後のポンド安は、大きな恩恵となった。

スコットランド外での製造を認めない英国法に守られたスコッチウイスキーは、蒸留酒大手の英ディアジオDGE.Lや仏ペルノ・リカールPERP.PAなどの多国籍企業が幅を利かせており、過去数百年間輸出されてきた。蒸留所は国境を越えた取引に精通しており、ロジスティクス的な問題やコストを吸収できる。

いま業界が求めているのは、英国のEU離脱の条件と、準備にどれほどの時間があるかが明確にされることだ。

「手元に配られたカードで対応するが、そのカードが何かを知りたい」と、ベッツ氏は言う。

<リスク>

 2月21日、スコッチウイスキーのメーカーは、英国内で最も強硬に欧州連合(EU)残留を主張した業界の1つだ。スコットランドのダルウィニーで2011年5月撮影(2018年 ロイター/David Moir)

大きな懸案は、EU離脱を問う国民投票の前に合意されていた、非EU国との間の通商用ITシステムの変更が、どうEUへの輸送に影響するか、だ。この懸案は、英国の他の輸出業界も共有している。

2019年3月29日のブレグジット後の移行期間が短すぎれば、その数カ月前に導入される予定の新ITシステムを、EU向けを含めたすべての輸出で使わなければならない事態も想定される。その場合、同システムが年間扱う申告件数は現在の5500万件から2億5500万件に増えると、英政府はみている。新システムは、エラーを起こさずに稼働していなければならない。

ウイスキーメーカーは、通関手続きの遅れが売り上げやコストに影響する事態に備え、代替ルートを検討するなどの緊急対応策を練っている。

仮にボトルネックがあれば、生産者は、地域ごとに在庫を用意することもできると、コンサル会社ムーア・スティーブンスで食品アドバイザー部門を担当するダンカン・スウィフト氏は言う。腐らないウイスキーの特質を生かした対応だ。

クラン・キャンベルやバランタインといったウイスキーブランドで仏市場の20%を占めるペルノ・リカールは、すでに世界85カ所に流通センターを抱えており、欧州でさらに拠点を増やすことは容易だと、アレクサンドル・リカール最高経営責任者(CEO)は今月ロイターに語った。今後数カ月の対応が鍵を握るという。

「われわれのビジネスに極めて重要なのは、準備を整え、速やかに適応することだ」とリカール氏は話した。

<チャンス>

スコッチウイスキーの成長機会は、ほとんど南米やアジア、米国といったEU以外の地域にある。これは、英政府が交渉する2国間貿易協定が重要になることを意味する。

2016年にシングルモルトのスコッチが最も伸びた市場は、世界最大のウイスキー市場でもある米国だった。だが、もともとの消費量はずっと少ないながらも、中国とインドの市場も急成長している。

インドでは、スコッチ全体の売り上げが2016年に14%増加。150%の関税にもかかわらず、シングルモルトの売り上げは31%伸びた。

「(インドは)世界最大のウイスキー市場だが、スコッチの消費量は1%でしかない」と、ディアジオの渉外担当者ダン・モブリー氏は話す。

とはいえ、貿易協定では国の経済力がモノを言う。英国経済の規模はEU全体の約15%だ。貿易協定は、交渉に時間がかかることでも知られる。インドとEUの交渉は、10年かけた交渉の後に暗礁に乗り上げている。

「英印自由貿易協定を素早く締結できると考える理由はどこにもない」と、サセックス大学のインゴ・ボルヘルト上級講師は言う。

世界のスコッチの37%を生産するディアジオは、英国が韓国や南アフリカといった国との間で、有利なEUの貿易合意をそのまま応用した協定を締結することを熱望している。

ディアジオのアイバン・メネゼスCEOは、年間の売上高が120億ポンドの世界企業にとって、ブレグジットの混乱やコストは「大きなものではない」と見ているという。同CEOによると、ディアジオと業界は、懸案解消に向けて英政府と「非常に力強く」協力しているという。

「1ケースのジョニーウォーカーを欧州に持ち込んだり、アイルランドとの境界を越えるのを遅延させたりするようなことは望んでいない」と、メネゼス氏は1月のロンドンでの記者会見で述べた。

<冒険の精神>

ブレグジットに向けた動きが進む中、スピリッツ市場は拡大し、消費者の嗜好(しこう)はより冒険的になりつつある。それはスコッチにとっては、良いことでもあり悪いことでもある。

「私が1990年代に業界に入ったときは、みな忠実な飲み方をしたものだ。ウイスキー好きならウイスキーだけ、ジン好きならジンだけ飲んだ」と、独立系ウイスキーメーカー「ゴードン&マクファイル」のユアン・マッキントッシュ専務は言う。

「そういった忠誠心ある飲み方をする人はもういない。みな新しいものを試したがる」と、マッキントッシュ氏はスペイサイドにある1898年築の同社の蒸留所で語った。

シングルモルトウイスキーの輸出は、ユニークな酒の需要に後押しされ、2017年は14.2%増加した。蒸留所にはこの5年で投資が流れ込み、ブレグジットの影響は感じられない。

2012年以降、スコットランドの蒸留施設に約10億ポンドを投入したディアジオは、熱心なファンの間でカルト的な人気を誇る、ポートエレンとブローラの2カ所の蒸留所を復活させる。ペルノーは今年、ダンバートンのスコッチのボトリング施設に4000万ポンドを投じる予定だ。スコットランドでは2013年以降、小規模蒸留所が10軒以上設立されている。

イアン・マクロード蒸留所は、1本当たり最高2500ポンドの値がつくこともあるコレクター憧れのローズバンク蒸留所を2017年10月に買収した。売上高6500万ポンドのマクロードは、在庫ウイスキーを担保とした8000万ポンドの融資枠を獲得しており、さらなる拡大を目指している。

「ブレグジットは、ローズバンク買収の決断には影響しなかった。(ブレグジットの影響は)議論はしたが、退けた」と、マクロード社の英国ディレクター、ニール・ボイド氏は言う。

1993年に閉鎖されたローズバンク蒸留所は、2019年に再開される予定。エディンバラとグラスゴーの間に位置する、同蒸留所のあるフォルカークは観光客も増加中で、ビジターセンターも開設される。

観光客の増加で、大規模メーカーも利益を上げている。ディアジオがスコットランドに持つ12カ所のビジターセンターの来訪者は、この1年で15.2%増加した。1人当たりの消費額も2016年に13%増えた。

ウイスキーメーカーの余裕の態度は、年とともに味わいが増す製品を長年造り続けてきた経験からくるのかもしれない。

「5年物のスコッチが必要なければ、持っていればそのうち10年物になる。さらには15年物にもなる」と、前出のゴードン&マクファイルのマッキントッシュ氏は語る。

「困難な時を乗り越える自信さえ持っていれば、最後は良い結果になる」

(翻訳:山口香子、編集:伊藤典子)

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