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コラム:マイナス金利がもたらす「マイナス効果」
February 16, 2016 / 6:08 AM / in 2 years

コラム:マイナス金利がもたらす「マイナス効果」

Edward Chancellor

 2月12日、異次元の金融政策を進める各国中央銀行の武器庫に、「マイナス金利」というピカピカの新兵器が追加された。写真は2015年1月、ECB本部前の非常口のサイン(2016年 ロイター/Kai Pfaffenbach)

[ロンドン 12日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 異次元の金融政策を進める各国中央銀行の武器庫に、「マイナス金利」というピカピカの新兵器が追加された。その狙いは、現金資金を貯め込むことにペナルティを科し、それによって融資・支出を促すことだ。

マイナス金利には、デフレに歯止めをかけ、中央銀行が掲げるインフレ目標の達成を助けるという意図もある。

原理的には、投資家はマイナス金利を歓迎するはずだ。だが今月初め、日本銀行がいわゆる「NIRP(Negative Interest Rate Policy、マイナス金利政策)」クラブへの加入を発表すると、市場は混乱を呈した。いったいどういうことなのだろう。

市場は、この革新的な金融テクニックが、約束したはずのメリットを何一つもたらしていないことに気づいたように見える。それどころか、マイナス金利は銀行の収益性を損ない、銀行の信頼性を揺るがせ、家計は貯蓄を増やさざるをえなくなり、信用創造を妨げてしまう。

マイナス金利をさらに続ければ、国家が正当な根拠もなく国民のプライベートな生活に介入する危険が生じるかもしれない。今こそ、政治家は頭に血が上っている中央銀行の手綱を抑え、さらに大きな損失が生じる前に、この危険な政策を葬り去るべきだ。

マイナス金利が実行に移されるのは目新しいことかもしれない。しかしアイデアそのものはずっと昔から存在した。

その起源は、1890年、金融界の奇人シルビオ・ゲゼルに遡る。ゲゼルはドイツからアルゼンチンに移住したビジネスマンだが、当時のアルゼンチンは、この国で繰り返される金融危機の最中にあった。

ゲゼルは後に金融界を退いて母国ドイツの菜食主義者のコミューンに落ち着き、反マルクス主義的アナーキズムの熱心な支持者に向けて、金融に関する小論を執筆していた。1919年、彼は一時的にバイエルでの社会主義革命で成立したバイエルン・レーテ共和国の金融担当大臣に就任したが、任期は一週間にも満たなかった。

ゲゼルは、金利が上昇する理由はただ一つ、人々が現金を貯め込むからだと考えていた。現金保有のコストが上昇すれば経済成長は加速するはずである。1932年、イェール大学のアービング・フィッシャー教授は、紙幣に印紙税を課すべきであるというゲゼルの提案を「恐慌から脱出する最速の道」として熱心に支持した。

ジョン・メイナード・ケインズは、1936年に出版した「雇用、利子および貨幣の一般理論」のなかで、若干の留保をつけながらもゲゼルを好意的に取り上げ、「不当に無視されている、奇妙な預言者」と評している。だが、米国経済が大恐慌から回復するなかで、マイナス金利の構想は消失してしまった。

現代のマイナス金利支持者は、デフレ、つまり全般的な物価水準の低下の脅威を回避するためにマイナス金利が必要だと主張する。

だが国際決済銀行(BIS)が最近発表した論文では、従来のデフレ忌避は過剰ではないかと示唆している。BISの研究者は、140年間にわたる39カ国の経済史を検証した結果、生産量の成長とデフレのあいだには弱い結びつきしか見られないと結論づけた。

これまで数多く引き合いに出されてきたのが、1930年代初頭のデフレだが、BISのレポートによれば、そうした状況は一度きりのものだったという。さらに、イェール大学のフィッシャー教授が1933年の論文「大恐慌期の債務デフレ理論」で説明したようなデフレ下降スパイラルの証拠は見られないとしている。

実際、過去の記録を見れば、全般的な物価水準が低下している時期に十分な経済成長が見られることはよくあった。ここ数十年、日本は緩やかなデフレにつきまとわれてきた。だが、経済学の教科書が示唆するような、デフレによって日本の家計支出が抑制された様子は見えない。

デフレの歳月のあいだ、日本の(労働時間あたりの生産量で測定した)生産性は、他の先進国の大半よりも高かったのが実情である。少なくとも、デフレは根本的な経済問題を示す兆候なのであって、デフレ自体が問題の原因ではない、と主張することができるだろう。

マイナス金利の理論的な根拠が間違っているというだけの話ではない。このところマイナス金利の実験を行っている欧州では、いくつか憂慮すべき展開が見られる。

独立系エコノミスト、アンドリュー・ハント氏は「どのような国の銀行システムにとっても、マイナス金利はきわめて有害」と主張する。

また、ドイツの銀行システムからの長期預金の逃避にも、マイナス金利の影響が現れているようだ。銀行が長期の資産に対応する同程度の期間の負債を集められないとすれば、金融システムの安定性は低下してしまう。「銀行にとって不都合なことは、信用成長にとっても不都合だ」とハント氏は言う。スイスでは、マイナス金利に転じて以来、信用成長は半減してしまった。

マイナス金利によるプレッシャーをさらに強く受けるのが、生命保険会社と年金基金の支払い能力だ。

現在、5兆ドル超える債券が、マイナス利回りとなっている。勤労者家庭としては、いっそうの利回り低下に対応するため老後の資金を積み増す可能性が高い。すると、当面の支出は切り詰める必要がある。この状況では、企業がマイナス金利に対応して投資を増やすという状況は考えにくい。

マイナス金利が与える痛みを考えれば、ユーロ圏の経済成長率が低下し、インフレ率も下がっているのは恐らく意外ではないだろう。これはつまり、欧州中央銀行は引き続きインフレ目標を達成できないということだ。さらに悪いことに、マイナス金利とともに、いくつかの国では不動産投機が激しくなりつつある。スイスとスウェーデンでは、住宅価格がバブルの領域に達しているようだ。

たとえマイナス金利が、約束どおりのメリットをもたらすことができるとしても、市民の自由に対する大きな脅威が生じる可能性がある。ケインズも、ゲゼルの提案には、「伝統的な政府機能の大幅な拡張」が伴うと指摘している。

イングランド銀行でチーフエコノミストを務めるアンドリュー・ホールデン氏は、昨年9月に行った講演のなかで、マイナス金利が効果を発揮するためには、紙幣を廃止する必要があるのではないかとの見方を披露した。取引はすべてデジタルで記録されることになる。

もっとも、ケインズも最終的にはゲゼルに賛同したわけではない。彼は、人々が貯めこむ傾向がある資産は現金だけではないと見ていた。もし紙幣が課税されるようになれば、「外貨、宝飾品全般など、実にさまざまな代替品が紙幣の代わりに貯めこまれるだろう」と指摘する。

このところ金価格が急上昇していることからも分かるように、もし現金が価値保存手段として不向きになれば、投資家たちは別の手段を探すだろう。

マイナス金利が金融の安定性を脅かし、経済への信頼感を損ない、金や不動産の投機を招くのであれば、各国中央銀行は考え直さざるをえないはずだ。

インフレ目標を達成するためにはマイナス金利が必要だと彼らは主張するが(ほとんどの主要国では、年2%の物価上昇が目標とされている)。だがBISが示した通り、過剰なデフレ忌避は不合理である。とすると、中銀の果たすべき責務も変わっていく必要がある。

各国中銀のほとんどが掲げる短期的なインフレ目標は引き下げるべきだ。それによって、たとえ物価水準の年間変動がときおりマイナスになることがあるとしても、気にする必要はない。

それよりも、高いインフレ目標を掲げておく方が厄介だ。必然的に、マイナス金利や、他の非伝統的で実績のない金融政策の実験の継続を許すことになってしまうからだ。

*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)

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