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アングル:熱波で消えゆくアルプスの氷河、60年で最悪のペース

[モルテラッチ氷河(スイス) 26日 ロイター] - 氷河研究者のアンドレアス・リンスバウアー氏(45)は、氷雪に覆われたクレバスを軽々と越えていく。失われていくスイスアルプスの氷河の記録を取るため、重さ10キログラムの鋼鉄製の器具を担いでいるとは到底思えない。

 アルプスの氷河の消失量は、少なくとも記録が残っている60年間で最大の規模に達しようとしている。写真はアルプスのリゾート地ポントレジーナ近く、パース氷河の境界に立つ氷河研究者のアンドレアス・リンスバウアー氏とアシスタント。7月21日撮影(2022年 ロイター/Arnd Wiegmann)

リンスバウアー氏が通常、巨大なモルテラッチ氷河上でこのルートをたどるのは9月末、夏の融解期が終わる頃だ。だが今年は氷河の消失が極めて大きいため、例年より2カ月も早く、15平方キロメートルに及ぶ円形競技場のような氷塊に足を運び、緊急保全作業を行うことになった。

氷が融解すると、氷塊の厚みの変化を追跡記録するため表面に立ててある標識ポールの位置が全く変わってしまうため、新たな穴を掘削する必要が生じるからだ。

ロイター限定で開示されたデータによれば、アルプスの氷河の消失量は、少なくとも記録が残っている60年間で最大の規模に達しようとしている。研究者らは、冬季の降雪量と夏季の氷の融解量の差に注目することで、1年に氷河がどれだけ縮小したかを計測している。

比較的降雪量が少なかった昨冬以降、アルプスは初夏のうちに2回の本格的な熱波に襲われた。7月の熱波では、スイスの山村ツェルマットでも摂氏30度近い気温を記録した。

この熱波の最中、水の凍結が観察される高度は、モンブランの標高より高い海抜5184メートルと過去最高を記録した。例年の夏であれば、海抜3000-3500メートルで凍結していた。

リンスバウアー氏は氷から突き出している標識ポールの高さをチェックしながら、解けて流れる水の轟音(ごうおん)に負けないよう「今年が極端なシーズンであることは間違いない」と声を張り上げた。

<高山の「メルトダウン」>

世界の山岳氷河は最後の氷河期の名残だが、気候変動の影響で失われつつあるのは、おおむねどこも同じだ。とはいえ、欧州アルプスの氷河の場合、氷雪に覆われた部分が比較的狭く、氷河の規模が小さいため、特にもろい。その一方で、アルプス地方の気温は10年間で約0.3度のペースで上昇しつつある。これは世界平均の約2倍のペースだ。

温室効果ガスの排出量が増え続ければ、アルプスの氷河は2100年までに現在の氷塊量の80%以上を失うと予想されている。国連の気候変動政府間パネル(IPCC)による2019年の報告では、排出量削減の取り組みにも関わらず、これまでの温室効果ガス排出による地球温暖化により、アルプスにおける多くの氷河は消滅する見通しだという。

モルテラッチ氷河は、すでにこの地域の観光マップに描かれた姿とは大きく様変わりしている。かつては谷の下方まで長く伸びていた末端部は3キロメートル近くも後退。氷塊の厚みは最大200メートルも薄くなった。2017年までは平行するパース氷河がモルテラッチ氷河に流れ込む形だったが、現在では消失が進み、両氷河を隔てる砂岩質のむき出しの地表面が拡大している。

今年の深刻な状況を受けて、アルプスの氷河が予想よりも早く消えるのではないかとの懸念が生じている。スイス氷河モニタリングネットワーク(GLAMOS)を率いるマティアス・フス氏は、2022年のような年が増えれば、その可能性もあると語る。

「私たちは今、予想モデルでは20-30年先とされていた状況を目の当たりにしている」とフス氏は言う。「今世紀のこれほど早い段階で、ここまで極端な年が来るとは予想していなかった」

<少ない降雪、高い気温>

オーストリア、フランス、イタリアの氷河研究者に取材したところ、やはり自国の氷河が記録的な消失へと向かっていることを認めた。オーストリア科学アカデミーの氷河研究者アンドレア・フィッシャー氏は「(オーストリアでは)山頂まで、氷河に雪が見られない」と語る。

降った雪は、夏のあいだに失われた氷を補うだけでなく、氷河をさらなる融解から保護する。氷は、埃や汚染によって黒ずんだ状態よりも雪で覆われ白い状態となっている方が、日光を大気中に効果的に反射し熱を逃がせるからだ。

ただ、イタリア北西部のグランデトレ氷河の場合、昨冬の積雪はわずか1.3メートルにとどまった。2020年までの20年間の平均値より2メートルも少ない。

今年、最も融解が進む8月より前にアルプスの氷河消失が過去最大規模になったことは、研究者らを少なからず驚かせた。氷河の多くは、標高の低い末端部をすでに失っていたからだ。つまり、氷河は気温の低い高地まで後退していた分、これまでより融解から守られているはずだと研究者らは考えていたのだ。

イタリア氷河研究委員会のマルコ・ギアルディーノ副委員長は「夏の終わりに、どうなっているかは容易に想像できる。イタリアアルプスでは氷河に覆われた部分が大きく減少しているだろう」と述べた。

データによれば、モルテラッチ氷河は現在1日約5センチのペースで消失しており、例年の夏の終わりよりすでに悪い状態にある。

近隣のシルブレッタ氷河は、記録が残っている1915年以降で最悪だった1947年の同時期に比べ、約1メートル後退している。

<失われる「国家遺産」>

氷河の消失は、すでに人間の生命や生活を脅かしている。7月初め、イタリア北部のマルモラーダ山で発生した氷河の崩壊により、11人が死亡した。数日後、キルギスタン東部の天山山脈でも氷河が崩壊して大規模な雪崩が発生し、通行中の観光客らを氷と岩が襲った。

スイスのサースフェー村から山小屋に向かう山道は、かつては夏でもチェスジェン氷河上に残る雪原を通過していた。

山小屋を管理するダリオ・アンデンマッテン氏は、氷河湖が点在する荒涼とした風景に目をやりつつ、「今このルートは危険すぎる」と言う。以前は氷によってしっかりと固められていた岩が、崩落するリスクがあるからだ。

スイスの住民は、氷河の消失が経済にも打撃を与えることを憂慮している。アルプスのスキーリゾートの中には、日光を反射して融解量を減らすため、氷河に白いカバーを掛けているところもある。

スイスの氷河は、この国に伝わるおとぎ話の多くにも登場する。アレッチ氷河は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産にも登録されている。

ハイキングに訪れたバーナディン・シャバヤさんは「氷河の消失は私たちの国家遺産を、アイデンティティーを失うのと同じだ」と話した。「悲しいことだ」

(Emma Farge記者、Gloria Dickie記者 翻訳:エァクレーレン)

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