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フォトログ:初ガツオに異変、温暖化がもたらす「すしの危機」

[高知県中土佐町 12日 ロイター] - 中城竹夫さん(70)は、半世紀にわたってカツオを獲り続けてきた。刺身などの生食はもちろん、かつお節にしたりだしを取ったりと、日本料理には欠かせない魚だ。

だが、中城さんをはじめとする高知県中土佐町久礼の漁師たちはこの2年ほど、経験がない事態に直面している。この時期としてかつてないほど脂の乗ったカツオが水揚げされているのだ。

土佐湾を航行する「中城丸」の船上で、魚群探知機を使ってカツオの魚影を探す中城竹夫さん。5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-hoon)  

カツオの重量が重ければその分価格も上がる。しかし、地元の人々や専門家は、これは気候変動の影響と見ており、需要の拡大や乱獲によって脅かされているカツオの漁獲高がさらに打撃を受けるのではないかと懸念している。

「今年の上りガツオは、脂が結構乗ってて下りガツオみたいな感じ。水温の関係か何かわからないけど。やがてこの黒潮牧場(土佐湾の漁場)にも寄り付かなくなるのかと、そんな危機感があることもある」と、中城さんは心配する。

カツオの切り身にワサビを付ける伊藤範昭さん。高知市内で5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-hoon)  

1917年創業の高知市の土佐料理店「司」の伊藤範昭総調理長(57)も、初ガツオ(上りガツオ)の時期にこれほど脂の乗ったカツオは見たことがなかった。

「カツオ以外の魚でも前は取れていたのにいなくなったり、近海であれば、高知県特有のチャンバラ貝も全くいなくなった。海とか気候の変化でいなくなっていくのではないでしょうか」

熱帯や温帯の海域に生息するカツオは、日本近海では春になると黒潮に沿って北上する。アーチ形をした土佐湾は、豊かな漁場となってきた。

中土佐町久礼の港で、セリにかけられるカツオに水をかける従業員。5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-hoon)  

土佐湾の冬の平均表面水温は、2015年までの40年間で2度上昇したことが、高知県水産試験場のデータで明らかになっている。温かくなった海にエサとなる獲物が増え、カツオの肥大につながった可能性がある。

しかし長期的には、表面水温の上昇によってミネラル豊富な海水が海面まで上がってこなくなり、その結果プランクトンが減ってカツオのエサとなる魚も減少。最終的にカツオの数が減る事態も考えられると、高知大学の受田浩之副学長は言う。

日本では、高齢化で漁業やかつお節生産などの関連産業の持続可能性が脅かされている。すしに欠かせないワサビの生産も同様だ。

 7月12日、中城竹夫さんは、半世紀にわたってカツオを獲り続けてきた。写真は5月、土佐湾でカツオを一本釣りする中城丸の乗組員(2022年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)
仕事前に同僚と朝食を取る中城さん。土佐湾で5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-hoon)  

中土佐町の久礼地区ではこの30年で多くの漁師が廃業したと、地元鮮魚店四代目社長の田中隆博さん(61)は言う。

「鰹ソムリエ」を自認する田中さんは、「ワインみたいに(カツオの)味の違いが分かる。フランスの普通の農家の人たちがテイスティングできるのと同じ感じ。文化としてカツオと暮らしているという意味では、日本ではこういうところは残り少なくなっている」と胸を張る。それでも、「商売人が残ったとしても、漁師が残らなければ回らない」と、将来を憂えた。

セリの間、氷で保冷されるカツオ。中土佐町久礼で5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-hoon)

漁師の中城さんも、地区の高齢化と漁業の後継者不足を嘆く。「孫に漁師してくれるか聞いたら、公務員になると言われた」

<すし文化の危機>

西太平洋で盛んな大規模まき網漁ではなく、一本釣りの漁法にこだわってきた高知県の漁師たちのカツオ漁獲高は、以前から乱獲の影響で減少していた。

農林水産省の統計によると、県の漁獲量は1980年代のピークの4分の1程度に減少している。

カツオをさばくかつお節メーカー竹内商店の従業員ら。土佐市で5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-hoon)

受田氏は、「この10年ぐらいに至っては壊滅的な水揚げ低下が認められる」と指摘し、「このままいくと我々の身近なカツオが食べられなくなるのではないかと、高知県民の中で危機感を抱く方が増えてきた」と付け加えた。

かつお節の生産は、すでに苦境に立たされている。

かつお節作りの工程で、煮たカツオの切り身が入ったかごを移動させる竹内商店の従業員。土佐市で5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-hoon)

40年前に数十社あった高知県のかつお節メーカーは、今では数社にまで減ったと、土佐市のかつお節メーカー「竹内商店」専務取締役の竹内太一さん(36)は話す。

「もう本当に続けられるか分からない」と、竹内さんはこぼす。

和食、特に刺身やすしに欠かせないワサビも、同様の生産難に直面している。

東京都西部の奥多摩町山間部では、台風や気温の上昇でワサビ生産に支障が出ていると、地元のワサビ栽培組合の保科正広組合長(72)は言う。

ワサビの苗の育成状況を調べる奥多摩山葵栽培組合の保科正広組合長。東京都奥多摩町で5月撮影(2022年 ロイター/Kim Kyung-hoon)

2019年10月には、東日本に大きな被害をもたらした台風19号の激しい雨で地滑りが起き、ワサビ田が押し流される被害が出た。翌年の同地域のワサビ生産は7割も落ち込んだ。「ここのところ温暖化の関係で台風の勢いが全然前と違う」と、保科さんは今年の台風シーズン到来を前に気をもむ。

「そういう(台風被害や栽培温度の)影響がこれから温暖化によってますます進むとなると、これからのワサビ栽培について非常に危惧している」

この地域のワサビ農家は、過疎化の影響で1950年代から75%も減少した。

こうした状況から、すしに「存亡の危機」が迫っているのではないかと心配する声も出ている。

「カツオとワサビ、刺身と香辛料の組み合わせというのは、なくてはならないもの、芸術ですよね。両方維持していかなければいけない」と受田氏。「(カツオなど鮮魚の漁獲量減少が続けば)すし文化自体が徐々に崩壊していくということになり得る。そんな未来は考えたくない」

(文:小宮貫太郎記者、Irene Wang 記者、写真:Kim Kyung-hoon記者)

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