December 23, 2019 / 3:53 AM / 25 days ago

温暖化を追う:「気温上昇の毛布」メタンの謎に挑む科学者たち

[ノルウェー海上空、9月20日 ロイター] - 大気化学の研究者、ドミニカ・パステルナーク(23)らを乗せたジェット旅客機は、白波がたつ海の中に突っ込みそうな勢いで急降下した後、海面からわずか50フィート(約15メートル)で唐突に水平飛行に移った。「3、2、1、今だ!」。機長の合図とともに、機体に取り付けたセンサーが瞬時に大気を取り込んだ。 

9月20日、地球全体の平均の3倍のペースで温暖化が進んでいるとされる北極圏で、ロイターはそのミッションを担う20代の女性科学者3人の調査に同行した。写真は7月、スウェーデン北部の湿地帯で観測を行うキャスリン・ベネット(2019年 ロイター/Hannah McKay)

ノルウェーの西海岸沖で行われたこの調査は、地球の気候にもたらすリスクが警戒されるようになった透明な気体、メタンガス(CH4)の採取が目的だ。パステルナークらが乗る旅客機は、112人分の座席が取り払われ、大気分析のセンサーを備え付けた巨大な実験室となっている。取り込んだサンプルはリアルタイムで分析にかけられた。 

地球温暖化の元凶とされ、世界がその削減に動き出している二酸化炭素(CO2 )に比べ、メタンの実態は解明が遅れている。しかし、その脅威は大きく、CO2の温室効果が地球を覆うシートのようなものだとすれば、メタンは気温上昇への影響がさらに強い「ウールの毛布」に例えられる。

  インタラクティブ版はここをクリック:「気温上昇の毛布」メタンの謎に挑む科学者たち

メタンの謎を解き明かし、温暖化にブレーキをかける━━。地球全体の平均の3倍のペースで温暖化が進んでいるとされる北極圏で、ロイターはそのミッションを担う20代の女性科学者3人の調査に同行した。 

 <北極圏の大気を監視する「空飛ぶ実験室」>

「気候:私たちの生命の闘い(Climate: The Fight of Our Lives)」。パステルナークの白いT シャツには、こんな言葉とともに、炎に包まれた地球の絵が描かれていた。「私たちがどれ程この惑星を変えてしまっているのか、そして問題解決のためにほとんど何もできていないことを考えると恐ろしくなる」とはパステルナークは言う。 

眼下には、海上要塞のようにそびえる掘削施設群とそこにあるクレーンやヘリポートなどを支える橋脚が現れた。「空飛ぶ実験室」は掘削施設の風下の大気からサンプルを採取するため、上昇と降下を繰り返した。 

激しい飛行による重力加速度に耐えながら、搭乗している研究者たちはメタンのレベルが上がる場所を見逃すまいと解析データの画面を凝視する。シートベルトをしっかり締め、マイクとヘッドセットを通じての会話だが、作業に集中するため、交わす言葉は必要最小限にとどめられている。   

ノルウェー西海岸沖に向かう観測機の中で、機材をチェックするドミニカ・パステルナーク

この日のフライトは、英国の政府機関である自然環境調査局(NERC)が組織し、7月下旬から8月初旬にかけてスウェーデン北部のキルナを拠点に行われた調査プロジェクトの一環だ。ポーランド出身で、英ヨーク大学の博士課程で大気化学を研究するパステルナークは、他大学の科学者ともに、そのミッションに加わった。  

残念なことに、この日は数時間にわたって掘削施設の周囲を入念に調査したにもかかわらず、前日に別の施設の周囲で検出されたようなメタン排出のシグナルは全く見つからなかった。  

「つい最近まで、メタンに注目する人は多くなかった。メタンがどのぐらい危険かということについて説明できるほど、まだ十分なことは分かっていない」。 実験機がキルナに戻る途中、パステルナークは、自分が取り組んでいる問題はまだ多くの不確実性に満ちていると話した。そして、メタンの動向は「極めて危険なのではないかと考えている」と付け加えた。 

<融解する永久凍土、上がる水位> 

キルナ空港から車で1時間ほどの距離にある泥炭地は、木製の歩道を踏み外してしまうと身動きがとれなくなってしまうほどの湿地帯だ。米マサチューセッツ州出身で、地球科学を専攻する大学院生であるキャスリン・ベネット(22)は「歩道から落ちたとき、腰まですっぽりと泥にはまってしまった」と話す。  

フィンランド最北端のラップランドでの9週間にわたるフィールドワークを続けてきたベネットの役割は、地表に吹き出すメタンの解明だ。 

ノルウェー西海岸沖に向かう観測機から、雪に覆われた山々の雄大な景色が見えた

パステルナークの大気観測が空軍のミッションだとすれば、ベネットの実地調査は地上で戦う歩兵のようだ。来る日も来る日も湿地中を歩き回り、コーヒーの出し殻のような水面にブクブクと浮き出す細かなガスを見つけては沼のふちにしゃがみ込み、注射器でサンプルを採取する。これを持ち帰ってどのぐらいのメタンが含まれているか分析する。  

しかし、歩道はところどころ崩れて水面下に沈みこんでいる。そういう場所では水しぶきをあげなら歩みを進めるしかない。去年の夏にフィールドワークをしたときに比べ、明らかに水面が上昇しているとベネットは話した。

水面レベルの上昇は、地下の永久凍土層が解け始めたサインだ。その結果、乾いている地表には小さな亀裂が走り、湿地帯には新たな池が複数生まれている。  

北極圏の他の場所で調査研究を進める科学者らも同様の変化を目撃している。米アラスカ・フェアバンクス大学の調査チームは今年、カナダで永久凍土が予測より70年も早く解け始めたことを発見したと報告している。  

「永久凍土の融解を止めることはできない。すでに始まってしまった。それがこの場所で明確に分かる」。ベネットはそう悲観しながらも、科学者の役割は「このシステムがどうなっているのか理解し、将来どんな変化が起きるのか、より正確に予測することだ」と指摘した。 

米国からスウェーデンに航空機で移動した自分自身が温室効果ガスの排出に関わっている、という事実に抵抗がないわけではない。「航空機で来たことは心苦しい。でも、人々にここで起きていることを話すことはとても大切だ」。ベネットはミッションの重要性をそう強調した。

<メタン発生の悪循環に拡大の懸念> 

研究者らによると、大気中に占める割合はCO2よりずっと少ないものの、分子レベルで比較すると、メタンは20年間にCO2の80倍以上の温暖化をもたらすという。 

過去10年以上にわたり、大気中のメタンの量は不可解な増え方をしている。そして状況は悪化する一方だ。米国海洋大気庁(NOAA)のデータによると、2013年━2018年の大気中のメタンの量の増加ペースは、その前の5年間に比べて5割加速した。  

大気中のメタンの量が急激に増えていることはすでに幅広く認知されているものの、なぜ増加しているのか、その理由は様々だ。

メタンの排出源は解凍する永久凍土層や南米やアフリカの熱帯の湿地、家畜、埋め立てごみ、地球にクモの巣のように絡みつく石油・ガスのインフラなど。これまでに人類がもたらした地球温暖化の4分の1がメタンによるものだとする試算もある。  

赤道周辺の土壌の温度が急激に上昇し、メタンガスを吐き出す土中の微生物が過活動状態になり、湿地からのメタンガス排出がさらに増える。これがさらなる温暖化をもたらすという悪循環が起きているという。 

長期的には、北極圏も赤道周辺と同じぐらい危険かもしれない。永久凍土が解け、これまで眠っていた微生物が温かく湿った環境の中で目覚め、気候を変えてしまうような規模でメタンを吐き出し始める可能性もある。  

「そうなれば世界中のメタンが交じり合って数倍の規模になる」と米ニューハンプシャー大学の「地球システム研究センター」のディレクター、ルス・バーナーは警告する。長年にわたってメタンの研究をしているバーナーは「北極圏で起きていることは北極圏にはとどまらない」と語った。

スウェーデン北部のストーダレン湿地で、水面にメタンの気泡が出ていた

米国では、シェールオイルやガスの採掘に水圧破砕法(フラッキング)を用いている企業に対し、環境保護団体がメタンガス対策を強化するよう要求している。しかしトランプ政権は昨年(2019年)8月末、オバマ政権下で導入された石油・ガス業界のメタンガス排出規制を緩和する案を発表した。  

博士研究員としてカリフォルニア大学バークレー校でメタンの研究をしているアレックス・ターナーは、即効性があり、かつ比較的すぐに分解される物質であるメタンの排出を削減すれば、改善効果はすぐに表れると主張している。

「温室効果ガスの中でも、メタンは(短期的な効果が期待できる)気候変動の大きなレバーだ。大部分が比較的少数の排出源から出ている。これらの排出源を特定できれば、排出量全体を大きく減らすことができる」とターナーは言う。  

2012年には各国政府や科学者、研究機関、企業や市民団体が協力して、メタンのような強力かつ大気中での化学的な寿命が比較的短い汚染物質(Short-Lived Climate Pollutants、 SLCPs)の排出を削減するための組織「気候と大気浄化のコアリション(Climate and Clean Air Coalition、CCAC)」を立ち上げた。国連が支援するCCACは設立以降、パステルナークの空飛ぶ実験室による調査も含め、世界中で調査・研究に資金を提供してきた。

ストーダレン湿地で、永久凍土が解けて地表に現れた亀裂の横に立つキャスリン・ベネット

<「木々のインターネット」の秘密を解明> 

スコットランドのスターリング大学の博士課程で土壌と植物の生態学を専攻し、今回の調査ミッションにも加わっているニーナ・リンドストロム・フリーゲンス(26)はカーキ色のシャツに短パン姿で、湖畔の小さな柳の茂みを出発した。 

メタンの採取と分析を専門とするパステルナークやベネットと違い、フリーゲンスの目標は、様々な自然の要素を広く観察し、木々の隠された生態がどのように気候変動に結びつくのかを解明することだ。 

スウェーデン北部のアビスコ村に近い森の中で、フリーゲンスは低木の根元にひざまずき、のこぎりの歯のついたポケットナイフで穴を掘り始めた。そして、人差し指と親指で木の根の一部をそっと取り上げ、そこについている微小な白い鞘(さや)をナイフで指し示した。植物と共生して生活する菌類だ。 

彼女が研究している菌類は、一種の生態系インターネットを組成する役割を持つ。全ての森や木々は地中で根や菌類やバクテリアを通じて化学的なシグナルや栄養素を交換していると言われ、この「ウッド・ワイド・ウエブ(wood-wide-web)」の研究は、温室効果ガスの発生メカニズムの解明にも重要だ。 

将来、どのぐらいの速度で北極圏のメタン排出量が増えていくかは、まだ推測の域を出ない。しかし、昨年(2019年)、科学者らはスウェーデンのケブカイセ山の南頂が国内最高峰ではなくなってしまったと発表した。山頂の氷河が大量に解け、北頂よりも低くなってしまったためだ。スウェーデン国民が目の当たりにした温暖化の現実だった。 

スウェーデンのアビスコの村に近いトーネ湖の湖畔で、土壌からにじむ二酸化炭素の量を測定するリンドストロム・フリーゲンス

とめどない気候変動の広がりは地球環境を一段と蝕んでいる。そういう重い現実と向き合う一方、フリーゲンスは、それに耐え続ける自然の生命力に慰めを見出すこともある。 

湖の上をカモメが低く滑空し、水、空、岩の広大な景観が広がる。そこにはほとんど計り知れないほど昔からの存在感がある。フリーゲンスは北極圏の静寂の中に、耳には聞こえない生命のうなりを感じるという。 

「たくさんの生命が存在しているが、ここで生き残る道は厳しい。それでも自然は耐え続けている」と彼女は語った。

(文中、敬称略)

(日本語版翻訳・編集:山川薫、北松克朗)

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below