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コラム:「経済が大事」という優しさが高める景気底割れリスク=鈴木明彦氏

[4日 ロイター] - 新型コロナウイルスにより深い痛手を受けた日本経済の現状について、回復ペースが緩やかだとか、コロナショック前の水準に戻るには何年もかかりそうだとか、様々な指摘があるが、景気はすでに回復軌道に入っている。

12月4日、新型コロナウイルスにより深い痛手を受けた日本経済の現状について、回復ペースが緩やかだとか、コロナショック前の水準に戻るには何年もかかりそうだとか、様々な指摘があるが、景気はすでに回復軌道に入っている。都内で11月撮影(2020年 ロイター/Issei Kato)

輸出と生産はコロナショック前の水準に近づいており、在庫調整も進んで在庫率はかなり下がってきた。在庫循環図を見ると、足元で「意図せざる在庫調整局面」に入り、年明けには「在庫積み増し局面」に入る勢いとなっている。少なくとも輸出や生産に関しては、リーマン・ショック後を上回るペースで回復しており、コロナ禍だから回復が遅いということはない。

確かに雇用情勢は厳しい状況が続いているが、それでも就業者数は徐々に持ち直し、有効求人倍率にも下げ止まりの動きが出ている。急速に悪化していた企業収益も7─9月期は6四半期ぶりに改善した。設備投資はまだ減少が続いているが、企業収益の改善が続けば、今年度下期は下げ止まりから回復に転じてもおかしくない。

景気動向指数の基調判断は、早ければ来年1月に発表される11月の指数で「上方への局面変化」に変更されそうだ。この判断は、景気の谷がそれ以前の数カ月にあったことを示している。今年5月ごろを底に景気は回復局面に入ったと考えるのが素直だ。

<第3波襲来で広がる底割れ懸念>

一方で、景気の先行きに対する懸念も広がっている。景気が回復していると言っても、インバウンド消費はもちろん、飲食・宿泊、交通など感染拡大の影響を大きく受けるサービス分野では厳しい状況が続いている。

これから発表される10━12月期の経済指標は景気回復が続いていることを示唆する数字が続きそうだが、それでも7━9月期に比べれば成長ペースの減速は避けられない。日本経済に対する弱気な見方が広がりそうだ。

加えて、新型コロナの感染が再び深刻化している。春の第1波、夏の第2波に続いて、秋以降は第3波と言える拡大が続いている。新型コロナが猛威を振るい始めてから初めて迎える本格的な感染シーズンであり、日本よりひと足早く寒くなる欧米の状況からも推測できたように、日本もすでに新規感染者数、重症者数、死亡者数などが過去最高となるなど、第1波、第2波を上回る感染規模になっている。

インフルエンザと同様に考えれば、新型コロナの感染拡大は来年も続きそうであり、再び経済活動が停止して、せっかく回復してきた景気が腰折れしてしまうのではないかとの懸念が強まっている。

確かに春の第1波を受けた4━6月期の景気の落ち込みの記憶が冷めやらぬところで、それを上回る感染拡大が起きるとなれば、先行き懸念が広がるのは無理からぬところだ。

<感染への耐性も備わった日本経済>

しかし、その割に株価が堅調に推移しているのはなぜか。

景気が回復して企業収益も上向いていることが株価堅調の背景にあるのは言うまでもないが、社会や経済に感染拡大への備えが整ってきていることが評価されているのではないか。つまり、感染拡大が続く中で、それに対する耐性を日本経済が持つようになり、経済活動が維持されているということだ。

春の第1波によって日本経済が大きなダメージを受けたのは、世界の経済活動の停止が原因であることはもちろんだが、予期しない脅威に不意を突かれたことも影響していると言えそうだ。中国で新型コロナウイルスの感染が広がり始めたころに、日本でここまで感染が拡大すると予想していた人は少ないだろう。

予防の基本であるマスクも手に入らず、テレワークの準備もない中で在宅勤務と言われて当惑した人も多かったはずだ。経済活動の制限と言われても、何をどの程度止めればよいのか分からないままに、混乱と自粛の嵐の中で経済は大きく落ち込むことになった。

夏の第2波の感染拡大では、新規感染者数は第1波を上回ったが、景気は持ち直しが続いた。また、重症者の増加も第1波の時ほどではなかった。

このころになると、マスクの不足も解消され、医療体制も改善が進み、テレワークの広がりなど、「ウイズコロナ」の経済活動が定着してきた。第2波の感染拡大においては、こうした備えが整ったことで、医療崩壊や経済活動の停止といった状況を回避し、経済の持ち直しが続いたと言えよう。

<万全とは言えない第3波への備え>

第2波の時までに準備されたマスク着用、うがい・手洗いの励行、密を避ける工夫といった予防体制は第3波でも有効だろう。テレワークや製造現場の無人化など、人と人との接触を避けながら経済活動を継続する体制も整っている。

草の根の予防が徹底されて、感染爆発を回避している日本経済の強さはもっと評価されていいだろう。第3波が押し寄せていると言っても、感染の広がりは欧米に比べてはるかに抑制されている。

しかし、その強さに頼り過ぎることが、また別の弱さを生み出す。日本は草の根の予防策が功を奏してこれまでのところ感染爆発を辛うじて防いでいる。しかし、ひとたび感染爆発が起きた時の備えは脆弱である。感染爆発に至らなくても、医療体制はひっ迫する懸念が出ている。ワクチンの開発も国際的な競争で日本が優位に立っているとは言えない。

PCR検査の実施体制、重症者に対する医療体制、ワクチン開発への取り組みなど、日本の脆弱な面を強化していかなければならないことは言うまでもない。しかし、今は爆発的感染を防ぐことが喫緊の課題だ。

<成長拡大だけでは命と経済は両立しない>

爆発的感染を回避できれば、すでに回復軌道に乗っている日本経済が腰折れすることはなさそうだ。しかし、目先の成長率を高めようとして感染爆発を起こすことが最悪のシナリオだ。日本の弱さが表面化して、厳しい経済活動の制限を余儀なくされ、景気は一気に悪化する。

今の景気回復では満足できないことは日本の弱さと言えそうだ。7━9月期の経済成長率は、前期比プラス5.0%という立派な高成長となったが、それでも米国と比べて低いとの評価が多い。しかし、米国の高成長が、世界最悪の感染状況と引き換えに実現したのであれば、日本が見習うべき姿ではない。

目先の経済成長を高めるよりも、地道な感染防止に注力するべきだ。成長率を無理に高めようとする政策が感染リスクを拡大させる。

もちろん、このままでは立ち行かなくなる会社、自営業、個人が増えているのは事実だ。しかし、それは特定の業種に限った話ではない。需要誘発的な刺激策で救われる会社や個人は限られる。本当に救いたいのであれば、景気刺激効果が乏しく、予算規模もはるかに大きくなるが、社会保障としての政策で幅広い救済措置をとるべきではないか。

命と経済の両立というフレーズはよく使われるが、その意味をしっかり考えなければいけない。

確かに、ブレーキを目いっぱい踏んでいたら車は動かない。だからといってブレーキを踏みながらアクセルを踏んだら、車は壊れる。ブレーキとアクセルは踏み分けなければいけない。ブレーキを緩めるだけでも車は動きだす。

今はこれまで慎重に緩めてきたブレーキを少し踏み直すかどうかという判断の時期だ。アクセルを踏む政策は効果があまり期待できないだけではなく、感染拡大のリスクを高める。少なくともこのタイミングで踏むべきではない。そして、ブレーキとアクセルを同時に踏む政策は人々を混乱させ、回復しようという経済の活力をも損なうことになろう。

(本稿は、筆者の個人的見解に基づいています)

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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