for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:菅首相と日銀、コロナ後のマイナス金利終了で歩み寄りは可能=鈴木明彦氏

[東京 2日] - 菅義偉首相は、安倍晋三前政権の経済政策であるアベノミクスを継承すると表明し、金融政策に関して、日銀との関係は安倍前首相と同じように進めたいと語っている。もっとも、継承されるアベノミクスはこの8年間でかなり変わってきており、アベノミクス登場時のようにデフレ脱却のスローガンが盛り上がることはないだろう。同時に、政府・日銀のアコードが続いている以上、金融政策が正常化に向けて大きく動き出すことも考えにくい。

10月2日、菅義偉首相は、安倍晋三前政権の経済政策であるアベノミクスを継承すると表明し、金融政策に関して、日銀との関係は安倍前首相と同じように進めたいと語っている。写真は5月、都内の日銀本店前で撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

<変質したアベノミクス、物価上昇に懸念>

2012年12月に第2次安倍政権が登場し、その経済政策であるアベノミクスはデフレ脱却をスローガンに掲げ、日銀に強烈な金融緩和を迫った。13年1月に公表された「政府・日本銀行の共同声明(アコード)」において、日銀は2%の物価目標を掲げ、その実現を目指して金融緩和を推進することになった。

スタート当初のアベノミクスは、デフレを脱却することが日本経済を活性化させるという理念を前面に打ち出していた。もっとも、その理念を政治サイドがどこまで信じていたかは疑問で、デフレ脱却のスローガンは日銀に金融緩和をさせるための極めて有効な手段という位置づけだったと考えられる。

異次元の金融緩和によって、円安が進み、株価が上がることが重要であり、物価が上がるかどうかは二の次だったのではないか。少なくとも円安・株高が進むことで、これでよしというムードが形成されたのは間違いない。

しかし、安倍前政権は、デフレを脱却する、すなわち物価が上がるということが景気に与える影響の大きさを改めて認識することになった。2014年4月、8%への消費税率引き上げによって、個人消費が落ち込んだからだ。

いくら消費増税対策を講じても物価が2─3%上がることの影響を抑えられなかったわけだ。19年10月1日の10%への消費税率引き上げに際しては、食料品への軽減税率適用や幼児教育の無償化など、増税しても物価が上がらないような措置が取られたのは、この教訓に学んだからだろう。

<デフレ脱却に興味ない菅首相>

官房長官として安倍政権を支えてきた菅首相は、消費税率8%への引き上げ時の経験でデフレ脱却の怖さをよく理解しているはずだ。携帯通話料金の引き下げ、「GoToトラベル」による宿泊費の下落など、物価を押し下げるような政策を推進してきたことから見ても、物価が2%上がると日本経済が元気になると信じているとは思えない。

菅首相はデフレ脱却に興味がなさそうな一方で、デフレ脱却の旗を掲げることによって日銀が金融緩和を続けざるを得なくなることもよく理解している。円安・株高をもたらすことで政権運営の安定につながることを熟知している菅首相が、デフレ脱却宣言をわざわざ出すとは考えにくい。

デフレ脱却宣言をきっかけに、金融政策を縛る政府・日銀のアコードを終わらせ、金融政策の正常化を実現したいと考えている日銀にとっては、困ったことだ。

<戦線不拡大方針に転じた日銀>

アベノミクスがスタート時の理念から変質していく一方で、日銀の金融政策の枠組みも大きく変わった。

黒田東彦日銀総裁は、黒田バズーカと呼ばれた異次元の金融緩和策を打ち出したが、デフレ脱却を目指して積極的に動いたのは、2016年1月にマイナス金利政策を導入したところまでだ。

マイナス金利政策が、緩和効果がないだけでなく、円高・株安を招いたことで不評に終わると、同年9月に「金融緩和強化のための新しい枠組み」を導入した。これが金融政策の大きな転換点となった。

まず、イールドカーブ・コントロールを導入し、金融政策の目標を量から金利に戻した。異次元とも呼ばれた量の拡大方針は大きく転換し、目標ではなくなったマネタリーベースなど量の拡大ペースはかなり鈍化してきた。

同時に日銀は、物価が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を続けるという「オーバーシュート型コミットメント」を導入した。こちらは実質的な意味はないのだが、市場に対してデフレと戦うという日銀の姿勢を示す役割があった。

これ以降の日銀の金融政策は、フォーワードガイダンスという形でデフレと戦う姿勢を示しながら、量の拡大を抑制し、物価目標による金融政策の縛りを緩め、金利調節の自由度を少しずつ取り戻しながらイールドカーブを立てていくという持久戦モードに入った。

<コロナ対応が金融政策の新しい旗印>

そして、新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、金融政策は一変する。コロナショックという100年に一度の出来事に対して、アベノミクスで対応するわけにはいかず、金融政策は平時のデフレ対応から、非常時の新型コロナ対応に大きくかじを切ることになる。

新型コロナ感染症の拡大による社会不安や金融不安を回避するためであれば金融緩和の大義名分が立ち、日銀は潤沢な資金供給や資金繰り支援のための金融緩和を思い切ってできる。2000年代前半に、デフレ脱却のための対応を迫る政府に対して、不良債権処理を進めるための潤沢な資金供給で応じたような連携が生まれたわけだ。

新型コロナに対応した日銀の金融緩和は強力だ。日銀が導入した「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」では、中小企業の資金繰りのための資金を金融機関にゼロコストで提供した上に、オペの利用残高に相当する日銀当座預金に0.1%のプラス金利を付利している。事実上マイナスコストで資金を調達できるのだから、金融機関がこれを使わない手はない。オペの利用残高は今や45兆円に達している。新型コロナという共通の敵が現れ、政府と日銀の連携が強まった。スガノミクスがアベノミクスを承継するというのは当然の流れだ。

<緊急の金融緩和が長期化する可能性も>

しばらくは新型コロナ対応の金融政策が続くが、問題はコロナ・ショックが落ち着いた後だ。日銀としては、新型コロナの感染が収まってくれば、コロナ対応の金融緩和を終了させたいところだが、実際には難しいだろう。

まず、今回の緊急支援特別オペの中には、政府の緊急経済対策による無利子・無担保融資と連携した資金供与が含まれてくる。日銀の独自の判断でこれを終了させることはできない。

実際、当初は今年9月末までとしていたオペの期限が、来年3月末まで延長されており、おそらくその後も延長されるだろう。短期間で終わるものではないことは日銀も承知の上だろうが、何年も続くことになれば、プラザ合意後の円高対応で低金利の長期化を余儀なくされ、バブルの発生を許した悪夢が頭をよぎるのではないか。

<金融緩和を継続させたい政治サイド>

仮に、コロナショックの落ち着きに合わせて新型コロナ対応を終了させることが出てきても、デフレ脱却を求めるリフレ派からの緩和圧力が高まってきそうだ。

足元の消費者物価は2%の物価目標を達成できないどころか、低下している。今は新型コロナ対応が前面に出てデフレ脱却を求める声は大きくないが、コロナショックが落ち着いてくれば、デフレ脱却のための金融緩和を求める声が強まることは間違いない。

新型コロナの感染が収まるにつれて、それでも金融緩和を続けさせたい政治サイドと、金融政策を正常化させたい日銀との間で不協和音が出てくる可能性がある。

もっとも、デフレ脱却よりも円安・株高が重要と考える菅首相が、導入時に円高・株安をもたらしたマイナス金利政策を評価するはずはなく、デフレ脱却のためにマイナス金利を深掘りした方がよいという意見に乗るとも思えない。

日銀が円高・株安をもたらさないような策をしっかり講じるのであれば、マイナス金利政策を終わらせることに政治サイドの異議はなさそうだ。官邸と日銀との間の合意点を見出すことができるかもしれない。

(本稿は、筆者の個人的見解に基づいています)

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up