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コラム:所得倍増掲げる中国、人民元安は望まず=鈴木明彦氏

[東京 11日] - 「コロナショック」からいち早く立ち直り、2020年に主要国で唯一プラス成長を達成した中国は、2035年までに中等先進国を目指すという目標を掲げている。

 5月11日、 「コロナショック」からいち早く立ち直り、2020年に主要国で唯一プラス成長を達成した中国は、2035年までに中等先進国を目指すという目標を掲げている。写真は1日、北京の空港で中国共産党の創立100年を記念する展示の前を歩く人々(2021年 ロイター/Tingshu Wang)

中等先進国とは、2万ドル程度の1人当たり国内総生産(GDP)を想定しているとされている。今の中国の1人当たりGDPは1万ドル程度であり、新興国から先進国へ移行する時期と言える。中等先進国を目指すということは、所得水準をこれから15年間で2倍にするということを意味する。

中国は、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟を契機に、安価で豊富な労働力と開放政策による海外からの投資の拡大をテコに世界の工場として急成長を遂げた。2008年のリーマンショック後はこうした急成長が難しくなったが、それでも相対的に高い成長を維持することによって、2010年には日本を抜いて世界第2位の経済大国となった。

2010年代になると、安定成長によって「小康社会」、すなわちややゆとりのある生活ができる社会を目指すようになった。2010年代は、2020年までの10年間で所得を倍増するという目標の下で安定的な成長を続けるようになった。

「コロナショック」で2020年の経済成長率は低下し、目標達成には至らなかったものの、1人当たりGDPは1万ドルの水準に達し、中所得国のわなを抜けようとしている。中国は、「小康社会」の実現という大きな目標を達成すると同時に、米国を抜いて世界第1の経済大国になることが視野に入ってきた。

<見た目より高い中等先進国へのハードル>

10年間で所得を倍増できたのだから、15年間で所得を倍増させる今回の中等先進国への道は達成がより容易なように思えるかもしれないが、そうではない。リーマンショックを経て、中国経済は長期的な成長率低下トレンドに入っているからだ。

リーマンショック後も米国など先進国を上回る高い成長を続け、世界経済がコロナショックに見舞われる中でもプラス成長を維持し、世界での存在感をますます高める中国だが、世界の工場として成長率を右肩上がりで高めていた時代はすでに終わっている。

リーマンショックによる経済低迷を打ち破るために打ち出された4兆元の対策が、一時的に経済成長率を高めたものの、過剰な供給力を抱える原因になってしまったという反省に立って、その後の中国では、経済成長率が徐々に低下することを前提に、マクロ経済政策が運営されている。

2020年までの10年間で所得を倍増する計画は、7%強の成長を10年間続けることを目指したのではなく、10%の成長率が10年後には5%程度まで下がることを想定していたはずだ。

2035年までの15年間で所得を倍増する今回の目標は、5%弱の成長率を15年間続けるというよりも、足元で6%台半ばの成長率が、15年後には3%近くに低下することを想定していると考えた方がよい。

2021年の経済成長率はコロナショックの反動もあって8%台の高い成長が見込まれているが、それでも政府が成長目標を6%以上と設定しているのは、このような長期的な視点に立った中国経済の成長力を考えてのことだろう。

<「一人っ子政策」の重石>

経済成長率の低下を想定しているといっても、2010年代の所得倍増計画が10%から5%まで10年間で5%ポイントの経済成長率の低下余地があったのに対し、ここからの15年間では6%から3%へとほとんど下げ余地がない。背水の陣で臨まなければならず、目標達成のハードルは着実に高まっている。

さらに、少子高齢化の進展による人口増加率の低下が、中国経済の重石になり、ハードルを一段と高める。

中国の経済成長率が低下トレンドになっている要因としては、「一人っ子政策」による少子高齢化の進展が挙げられる。中国の生産年齢人口(例えば15─64歳までの人口)が全人口に占める割合(生産年齢人口比率)は2010年をピークに低下しており、成長率の低下トレンドと軌を一にしている。

新型コロナの感染拡大の影響によって、世界各国で出生率の急速な低下が避けられない状況となっているが、そうしたショックを別にしても中国では、「一人っ子政策」の影響で人口増加率の低下が続くと同時に、米国の人口増加率をも下回る状況が続いている。

「一人っ子政策」は、2010年代に入ると徐々に緩和され、2016年以降は2人目を生むことが奨励されているが、少子化の流れに歯止めはかかっていない。10年足らずのうちに人口が減少トレンドに入るとの予測もある。

<努力が水泡に帰す人民元の下落>

こうして見ると、15年間で中等先進国を目指すというのは簡単な道のりではない。中国政府としても、人口減少社会に転じる前に、高めの成長で貯金を作っておきたいところだろう。

さらに、中等先進国という目標が国際比較の概念であることにも注意が必要だ。ドル換算で見て所得が倍増していないといけないので、この目標の達成は、人民元の動向に大きく左右されることになる。

何とか頑張って2035年の所得を倍増させたとしても、人民元が下落していたら目標は達成できないことになる。仮に、人民元が対ドルで10%下落したとすると、それを補うように経済成長率を上乗せするのはかなり難しいと思われる。

逆に人民元の価値が上がっていれば、経済成長ペースが想定より低くても、目標の達成が可能になる。

米国は、相変わらず中国が人民元を安く誘導する為替操作国であると認定しようとしがちだが、中国にとっては、人民元安よりも人民元高の方がむしろありがたいのではないか。

<強い国に弱い通貨はふさわしくない>

アヘン戦争以降の100年の屈辱から偉大なる復興を遂げ、強い国を目指す中国に、弱い人民元はふさわしくない。人民元の下落は、米国と比べた中国の国力を小さくし、購買力を低下させる。米ドルに対抗して、人民元を国際通貨にしようというのなら、なおさら人民元の下落は容認できない。

輸出の増減が経済成長を大きく左右する日本では、輸出にとってマイナスとされる円高を徹底的に嫌う。中国も経済成長に輸出の拡大が重要なことは同じだが、人民元安で輸出を促進するという発想はあまりなさそうだ。技術力を高めて量より質の競争に勝てば、高い商品でも売れると考えるのが強い国の発想だろう。

中国は、中等先進国を実現するために、双循環での成長を目指すとしている。双循環とは、国内の大循環を主体として、国内外の双循環が互いに促進する経済の発展モデルを意味している。

米中対立が深刻になる中、米国に頼らないサプライチェーンの構築が課題となるが、そのためには、中国内に投資資金が流入していることが重要だ。資本の流出を象徴するような人民元安は避けなければいけない。

もちろん、中国は人民元がどんどん高くなることを望んでいるわけでもない。いくら国際比較した時の中国の経済規模や所得水準が高まるといっても、人民元高でかさ上げされているだけであれば、1990年代半ばの円高で日本の所得水準が米国を大きく上回っていたのと同様に、実態とはかけ離れた見せかけだけとなってしまう。

中国は、人民元安、人民元高どちら方向にも大きな変動は望んでいないはずだ。為替の安定を維持しながら、中国の国力に応じて徐々に人民元が強くなっていくことを期待しているのだろう。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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