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コラム:2%物価目標で政府と日銀にできた溝=鈴木明彦氏

[東京 8日] - 米連邦準備理事会(FRB)は、今月3日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、量的緩和縮小(テーパリング)の開始を決定した。現在毎月1200億ドルペースで行っている国債や住宅ローン担保証券(MBS)などの資産購入について、毎月150億ドルずつ減らしていき、来年半ばにはテーパリングが完了する予定だ。

2%の物価目標を達成できずに身動きが取れない日銀と比べると、FRBは超緩和政策の転換で先行しているように見える。鈴木明彦氏のコラム。写真はイメージ。2017年6月撮影(2021年 ロイター/Thomas White)

米国では、2%の目標を超えた消費者物価の上昇が続いている。インフレ率が一時的に2%を超えることを容認するスタンスであったFRBも、コロナ禍で落ち込んだ需要の回復、人手不足による人件費上昇、エネルギーなど資源価格の高騰が重なり、想定以上の物価上昇が長期化するリスクに備えるようになった。

テーパリングが完了しても、保有資産の償還分見合いで再投資を行うため、資産規模は維持される。その先の政策金利の引き上げ、保有資産の縮小といった段階に至るのはまだ先のことになる。それでも、2%の物価目標を達成できずに身動きが取れない日銀と比べると、FRBは超緩和政策の転換で先行しているように見える。

<再確認された政府・日銀の共同声明>

菅義偉首相の辞任、自民党総裁選を経た岸田文雄首相の誕生、さらに衆院選とあわただしく政治日程が消化される中で、今月2日に黒田東彦日銀総裁が鈴木俊一財務相、山際大志郎経済財政担当相と会談し、2013年1月に財務省・内閣府・日銀で合意した「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策連携について(共同声明)」いわゆるアコードに沿った、政府と日銀の政策連携を続けていくことを確認した。

このアコードは、アベノミクスの3本の矢の中核となった「大胆な金融政策」の象徴的存在であった。アコードの中で日銀は、物価安定目標を2%とすることを明言し、この目標をできるだけ早期に実現することを目指して金融緩和を推進することを約束した。

しかし、早期に実現するはずが、8年経過しても2%の物価目標の達成が見えてこない。岸田政権でもアコードが続くとなると、日銀は2%の物価目標を達成できないまま、テーパリングに踏み切ることができないと考えるのが自然だが、実はそうではない。

<実はステルス・テーパリングで先行していた日銀>

日銀は、2016年10月にイールドカーブ・コントロール(YCC)を導入して、金融調節の操作目標を量(マネタリーベース)から金利(マイナス0.1%の短期金利とゼロ%の10年国債金利で構成される誘導目標)に戻した。目標ではなくなったマネタリーベースや日銀保有長期国債残高は、金利の目標を達成している限りは機動的に動かせるようになった。

実際、両者の推移を確認すると、YCC導入以降に増加ペースが緩やかになっていく。マネタリーベースについては、新型コロナウイルス感染症への対応でいったん急増したが、今は拡大ペースがかなり緩やかになっている。

また、日銀保有長期国債残高は、新型コロナ対応によって拡大ペースが再加速することもなく、2013年の量的・質的金融緩和が始まる前の増加ペースで落ち着いている。

米国は、目標を明示して量的緩和政策を続けてきたので、テーパリングを始めるときもそれを予告して正攻法で進めていかなければいけない。これに対して日本は、目標ではなくなった量の拡大ペースを機動的に動かす「ステルス・テーパリング」が可能だ。テーパリングを始めると予告する必要がないからだ。実は、日銀はFRBよりも先にテーパリングを始めている。

<テーパリング完了はできない日銀の事情>

もっとも、日銀のテーパリングがミッションを完了することは許されない。YCC導入に合わせて日銀は、消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する、というコミットメントをしている。

テーパリングを完了してしまうとマネタリーベースが増えなくなる。日銀のテーパリングは、資産規模が横ばいになる寸前で止めないといけない。日銀総裁、財務相、経済財政担当相の3者会談で政府と日銀のアコードの継続が確認された以上、2%の物価安定目標を達成する前に、日銀が利上げや資産縮小に動くことは許されない。日銀としては中央銀行の独立性を損なうアコードを終了したいだろう。

しかし、市場がアコードの継続に少しでも疑いを抱けば、債券、株式、為替といった金融市場は大混乱を起こしてしまう。それを回避するためには、政府と日銀の間でアコード継続をしっかり確認したというパフォーマンスが必要となってくる。そのための3者会談だったと筆者は解釈した。

<2%上昇は景気腰折れの要因か>

ところで、政府もアコードを続けたいとは思っていないのではないか。報道されている3者会談後の両閣僚のコメントを見ると、鈴木財務相は日銀に期待することとして「今後とも円滑な資金繰り、それから金融市場の安定維持に万全を期すこと」をまず挙げて「経済、物価、金融情勢を踏まえつつ、物価安定目標の実現に向けて努力をしていただくということ」と付け加えた。

また、山際経済財政担当相は「デフレからの脱却がこれまでの大きなテーマであり、デフレではないという状況までは来たと認識している」として「2%を目指して金融政策を日銀が主体的に行っていく」と指摘した。

政府としては、デフレとの戦いをいつまでも引きずりたくない。また、デフレ脱却宣言が出せないのは2%物価目標を達成できない日銀の責任だと言いたいようだ。その上で、政府としては「まずは新型コロナウイルス禍で傷ついた経済に対して、しっかりと経済対策を打っていく」と強調している。

今は、新型コロナへの対応が一番の課題であり、世界ではインフレの広がりが問題となるなか、デフレ脱却のスローガンは「周回遅れ」の感がある。消費者物価が2%上がると日本経済が活性化すると政府が信じているとも思えない。むしろ、本当に2%も物価が上がったら景気が腰折れすると心配しているのではないか。

<デフレ脱却宣言へ動き出す政府>

政府にとって8年間続けても達成できないデフレ脱却のスローガンは、やっかいな「お荷物」となっている。デフレ脱却宣言を出して今のアコードは終わらせることで、新型コロナとの戦いに専念したいはずだ。

2%の物価目標は日銀が決めたことであり、政府は2%へのこだわりはない。政府は物価が下がっていなければ、デフレではないと考えている。しかし、アコードで示した2%物価目標を達成してもらわないことには、いつまでたってもデフレ脱却宣言が出せない。黒田総裁の任期中に物価安定目標を達成できないということは、政府としては容認しがたいだろう。

今は、原油価格が高騰し、為替も円安傾向で推移しており、消費者物価が上がる環境が整っている。来年4月になれば、今年4月の携帯通話料金大幅引き下げの影響も無くなり、消費者物価の前年比上昇率も上がってきそうだ。これを逃すとデフレ脱却宣言のチャンスは当分来ないと考えた方がよい。高騰している原油価格が下落に転じてくると、消費者物価も再び下落しそうだ。

政府の日銀への期待は、2%の物価目標達成よりも、無事にデフレ脱却宣言を出せることだ。2%の物価安定目標達成のためにひたすら金融緩和を続けることではなく、物価安定の目標を修正してでも、デフレとの戦いを終結させることではないか。デフレ脱却宣言に向けての地ならしが始まっている。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載された内容です。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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