October 15, 2019 / 6:39 AM / a month ago

コラム:日銀緩和に問われる円高防御力 難しさ増す「次の一手」=植野大作氏

[東京 15日] - 今月末の日銀金融政策決定会合を前に、追加緩和の是非や手段を巡る議論が活発化している。現在、選択肢と考えられているのは以下に列記する5つの対策だが、採用された場合、それぞれがドル円相場にどのようなインパクトを与える可能性があるのか。是非論も含め、そのシナリオを検証してみたい。

 今月末の日銀金融政策決定会合を前に、追加緩和の是非や手段を巡る議論が活発化している。現在、選択肢と考えられているのは以下に列記する5つの対策だが、採用された場合、それぞれがドル円相場にどのようなインパクトを与える可能性があるのか。植野大作氏の見解。写真は都内の日銀本店。2016年3月撮影(2019年 ロイター/Toru Hanai)

<短期マイナス金利の深掘り>

日銀が短期金利の誘導目標を現行のマイナス0.1%から更に引き下げるという手段。この政策が採用された場合、海外短期筋が金利の高いドルを借りて円買い投機を仕掛ける際に負担する金利コストが重くなるほか、日本のFX取引でドル円をショートにする際のスワップポイントのマイナス幅も拡大する。国内投資家による対米証券投資の為替ヘッジコストを上げたり、海外投資家が日本株を購入する際の円売りヘッジの誘因になったりするため、他の条件が一定ならば円高抑止にある程度の効果が考えられるだろう。

ただ、日銀が単純に短期マイナス金利の幅を広げた場合、金融機関の収益が一段と圧迫され、預金金利の実質マイナス化などの副作用が強まりかねない。よって、日銀がマイナス金利の深掘りに動く場合は、日銀オペの利率をマイナスに下げたり、マイナス金利適用残高を減らしたりするなどの「副作用緩和策」とセットで実施されるとの見方が多い。

だが、日銀がそのような副作用緩和策を採用しても、中小の金融機関にはあまり恩恵がないほか、銀行貸出し金利の引き下げ競争を助長するリスクもある。「マイナス金利深掘りの副作用軽減策による副々作用」も懸念され、賛否両論を呼ぶだろう。為替円高の抑止効果と金融機関経営に与える副作用を天秤にかけた慎重な判断が必要だ。

<長期金利の下振れ容認>

日銀が現在採用している長短金利操作で長期金利の誘導目標は「ゼロ%程度」であり、許容される上下の変動幅については黒田総裁が当初述べていた0.2%を厳密に解釈する向きが多かった。だが、昨年秋以降の米長期金利低下の影響を受け、日本の10年国債利回りは断続的にマイナス0.2%を割り込む場面も観測されている。日銀が長期金利の下振れを容認する形で事実上の緩和強化に追い込まれているようにも映る。

米国発の長期金利低下の圧力が日本に押し寄せてきた際に、日銀が金利下振れを許容する態度を示せば、米日金利差の縮小に伴い発生する円高圧力を一部減殺する効果がある。日銀が「長期金利の誘導目標からの下振れは認めるが上振れは許さない」という非対称的な市場調節を行えば、円高抑止のアナウンスメント効果はそれなりに強化されるだろう。

日本の長期金利の低下余地は米国に比べて限られるので、日銀が長期金利の下振れを黙認しても円高抑止効果は限られるとの見方もある。しかし、筆者はそう思わない。

過去に購入した高利回りの日本国債が次々と償還され、その結果、多額の運用原資が日本の国内機関投資家の手元に戻ってきている。しかし、現在の日本の長期金利の水準はあまりにも低過ぎるため、単純な国内債への再投資だけでは組織の運営に必要な利息収入を確保できない。そうした国内投資家が累増し、円高局面での米債投資を検討せざるを得ない立場に追い込まれていくからだ。

ただ、日銀が現在の極めて低い長短金利の誘導目標を維持する期間が長引けば長引くほど、金融機関の経営体力を蝕む副作用も時の経過とともに一段と強くなる。日銀の長短金利操作の累積効果による円高抑止力が、「生命の危険」を感じるほどの運用難に直面している国内投資家の苦悩に比例して強まっていることを忘れるべきではない。

<国債買い入れの増額>

日銀が「量的・質的金融緩和」の一環として行っている長期国債の買い入れ額を増やすという手段だが、日銀の長期国債購入残高の伸びは、直近9月末の実績で前年比22兆円増というレベルまで鈍化しており、「年80兆円程度」まで拡げられた国債保有残高の増加枠は既に形骸化している。現行の長短金利操作を約3年前に導入した後、日銀の金融政策の主な操作目標は「量」から「金利」に移っており、長期金利が誘導目標の下限前後を徘徊しているような状況で、国債の購入を無理に増やすような政策は採用しにくいだろう。

もちろん、政府が巨額の財政出動に踏み切って国債を大量に増発すれば、長期金利を過度に下げずに日銀が国債の購入を増やすことは可能になる。政府・日銀がそのような政策協調で足並みを揃えた場合は一定の株高・円安効果がありそうだ。

ただ、日本の財務省は伝統的に野放図な財政拡張に反対の立場であり、政府の放漫財政を中央銀行が国債購入で支える日本の施策を是認する学説として最近注目されている「現代貨幣理論」については、黒田日銀総裁も「全く賛同できない」との見解を示している。現時点でこのオプションが採用される可能性は低そうだ。

<上場投資信託(ETF)購入の増額>

日銀による株価指数連動型のETFの購入枠を現行の「年6兆円程度」から更に拡大するという手段。「中央銀行が民間企業の株式を期限を定めず買い続ける」という政策は世界的にみても異例であり、更に増額された場合は株高・円安の初期反応を呼びそうだ。

ただ、日銀が現行の「量的・質的金融緩和」を導入した当初、「年1兆円程度」だったETFの購入枠は、その後一連の追加緩和で3倍、更に2倍に拡張されて現在に至っている。政府の財政出動とセットでやれば購入量を増やせる国債と違い、民間企業が発行する株式の購入には自ずと限度がある。

また、日銀が民間の上場株をほぼ無差別に購入し続けるという現在の施策は、「優勝劣敗」、「信賞必罰」を原則とすべき資本市場の機能を阻害するリスクがある。あくまで私見だが、日銀によるこれ以上のETF購入の増額は、技術的にも道義的にも問題含みだ。

<フォワード・ガイダンスの変更>

日銀が現在採用しているフォワード・ガイダンスでは、少なくとも来年の春頃まで現在の長短金利の水準を維持する方針が示されているが、これを変更して市場の緩和期待を高めるという手段。具体的な方法としては、現在の低金利政策の継続期間を延長したり、物価目標2%の達成にリンクさせたり、政策金利の水準を「維持する」だけでなく「下げる」可能性を明記するなど、様々なやり方が考えられる。

このオプションが採用された場合、金融政策の操作目標を変えずに市場の緩和期待を強めることができる。声明文の文言を変更するだけの作業で済むため、最もコストが低い政策オプションと言えそうだ。ただ、比較的容易に採用できそうな印象がある分だけ、市場が驚くほど強い表現を日本語や英語訳で工夫しないと所期の効果は薄いかもしれない。

以上、現時点で想定される日銀の追加緩和メニューと為替インパクトに関する論点整理を行った。どのオプションを選んでも賛否両論を呼ぶのは必至だが、何も選ばず株安・円高が進んだ場合も賛否両論にさらされるだろう。

追加緩和の余地が限られる中、「究極の金融緩和措置」であるヘリコプターマネーでも採用しない限り、能動的な円安誘導は難しくなっているが、既存の手段による追加緩和でも過度の円高を防御力は強化できそうだ。

本稿執筆時点のドル円相場は1ドル=108円台で取引されている。残り少ない「緩和カード」を切るのか、それとも温存するのか、日銀は難しい判断を迫られている。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

植野大作氏 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト(写真は筆者提供)

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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編集:北松克朗

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