May 11, 2018 / 8:37 AM / 6 months ago

コラム:黒田日銀に「白」化の懸念、オセロの行き着く先=嶋津洋樹氏

嶋津洋樹 MCP チーフストラテジスト

 5月11日、MCPのチーフストラテジスト、嶋津洋樹氏は、日銀の政策を「オセロゲーム」に例えると、黒田体制の「黒」から白川前体制の「白」に再び塗り替わりつつあるようにみえると指摘。写真は黒田東彦日銀総裁、都内で2016年5月撮影(2018年 ロイター/Yuya Shino)

[東京 11日] - 日銀は10日、直近(4月26―27日開催)の金融政策決定会合における「主な意見」を公表した。筆者は、最新の「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」から物価目標2%達成時期が削除されたことについて、何か手掛かりがあるかもしれないと期待したが、それほど大きな収穫はなかった。

当日のやりとりは議事録の公開まで完全には明らかにならない。また、黒田東彦日銀総裁以外で今回の記述変更に言及した政策委員はいないため、どの意見が誰のものかは必ずしも定かではない。それでも、決定会合後の声明文から「2%程度に達する時期に関する記述を見直すことは、『物価安定の目標』達成に向けたコミットメントを弱めてしまうことになりかねないと懸念される」との意見が片岡剛士審議委員だと予想することは簡単だろう。

それに対し、「2%程度に達する時期の見通しに関する記述を修正したとしても、2%の『物価安定の目標』を『できるだけ早期に実現する』というコミットメントは、全く変わらないことをしっかり示す必要がある」との意見は、片岡審議委員の言葉である可能性もあるし、同氏の指摘を受けた別の政策委員の配慮とも受け取れる。しかし、「コミットメントを弱めてしまう」との懸念が真剣に議論された形跡はないとの印象である。

筆者が「主な意見」から受けた印象が正しいとすると、2期目の黒田日銀は、期待に働き掛けて予想物価上昇率を引き上げるという1期目で重視されていた経路を実質的に封鎖し、需給ギャップ縮小に伴って現実の物価が上昇し、それが予想物価上昇率を引き上げるという、もう1つの経路に絞って「2%の物価安定の目標」を達成する路線に舵を切った可能性が高い。

筆者の懸念を示すために、あえて強めに表現すれば、「白川方明前総裁時代に逆戻りしようとしているのではないか」との疑いを持ちたくなる。以前、日銀の政策を「オセロゲーム」に例えて、金融政策における期待の役割を軽視し、デフレに対する不作為を正当化し続けた白川体制の「白」から、それを否定した黒田体制の「黒」に盤上の駒が変わったとの批評がよく聞かれたが、今では再び「白」が盛り返そうとしているようにもみえる。

もちろん、黒田日銀は1期目の後半からすでにそうした路線を進んでおり、いきなり変更したわけではない。しかし、副総裁が交代したことをきっかけに、期待に働き掛けるという経路をほぼ封鎖した可能性は高いと筆者は受け止めている。

そのことを裏付けるかのように、黒田総裁の10日の講演では、従来は金融政策運営の枠組みとして説明していた「オーバーシュート型コミットメント」(物価上昇率の実績値が安定的に2%の物価安定目標を超えることを目指す公約)の部分を割愛。原稿に「コミット」との単語はあっても、「コミットメント」という言葉は一度も出てこなかった。

<現実味増す「物価目標の柔軟化」>

そもそも、物価安定の目標を具体的な数値として掲げる中央銀行にとって、物価見通しの公表は必要不可欠だ。日銀のように、物価安定の目標を達成する時期を具体的に示さなくても、先行きの見通しを示すことで、一般的な予測期間である2―3年先にそれが達成できるのか、達成できないとすれば何が問題で、それに対しどのような選択肢があるのか、議論を深めるきっかけとなり得るだろう。

黒田総裁は「物価の先行きにさまざまな不確実性がある中にあって、計数のみに過度な注目が集まることは、市場とのコミュニケーションの面からも必ずしも適当とは言えない」と説明するが、その解決策として見通しを示さないというのはあまりにも乱暴で、「適切な情報発信」に資するとも言えない。

もちろん、物価の達成時期の見通しが期限と受け取られることで、金融政策に対する不要な思惑を高めるリスクは否定できない。しかし、そうした思惑が人々の期待に働き掛けることで、金融政策の効果が発揮されるというのもまた事実だろう。

黒田総裁は4月27日の記者会見で、展望リポートから物価目標達成時期を削除した理由を問われ、その回答の中で「市場の一部では、こうした見通しを2%の達成期限ととらえたうえで、その変化を政策変更に結びつけるといった見方も根強く残っている」と述べたが、市場がそう連想するのはむしろ自然のことであり、それを前提に金融政策が運営されているのである。

しかも、「2%の物価安定の目標」は、日銀と政府との「共同声明」にも盛り込まれている。日銀が国民に対し広く、「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための」取り組みを示す一環として、物価が2%程度に達する時期の見通しや、その結果の説明は欠かせないと筆者は考えている。バーナンキ元米連邦準備理事会(FRB)議長が理事時代の講演で述べた通り、「物価目標を達成するまでの時間軸を含む中央銀行の政策枠組みに関する開かれた議論」は、1つの重要なコミュニケーションの手段である。

なお、黒田総裁は10日の講演で、「FRBのパウエル議長も、将来の経済を正確に予測することは困難であり、ボードメンバーによる見通しの中央値の数字にこだわり過ぎるべきではないと指摘している」と紹介したが、それは金融政策そのものと言えるフェデラルファンド(FF)金利の引き上げ回数を示した「ドット・チャート」のことであって、物価安定の目標を達成する時期の見通しではない。

加えて、FRBはリーマン・ショック以降、ほぼ一貫して見通しの下方修正を余儀なくされたが、その際、見通しが外れた理由や原因を示し、時には新たな金融緩和策を打ち出すことで目標達成への姿勢を示すことはあっても、物価見通しを取りやめることはなかった。経済のみならず、将来を正確に予想することは誰にとっても困難だが、それでも中央銀行がやるべきことは、なぜ見通しと結果に差が生じたのかを丹念に説明することだろう。

黒田総裁は、物価目標2%達成時期を削除したことで「『物価安定の目標』の位置付けや性格を変更したものではない」と強調する。しかし、コミットメントという言葉すらもなくなった講演を見ると、2期目の黒田日銀の「次の一手」が、目標水準の引き下げも視野に入れた物価目標の柔軟化となる可能性もないとは言い切れなくなった。

各種のリスクがあり不確実性が大きい状況では、先行きの物価動向を見通し、これを説明していくにあたり、物価安定の目標として掲げた2%という計数のみに過度な注目が集まることは適当ではなく、適切な情報発信にならないと考える――。いずれこのような言葉が黒田総裁の口から出る日も来るのだろうか。

嶋津洋樹 MCP チーフストラテジスト(写真は筆者提供)

*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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