[東京 23日 ロイター] - 日銀の黒田東彦総裁は23日の会見で、日本の物価上昇率が鈍い要因として、欧米に比べ値上がり率が低いサービス価格の状況を挙げた。そのうえで労働集約的なサービス価格は賃金が上昇すれば、つれて上がっていくとの見通しを示した。
ただ、IT技術の進展により、ネットを使った英会話授業の価格破壊が進行しているなどの現実もあり、賃金上昇とIT化による生産性上昇の綱引きがどうなるか、「近未来」の姿は読み切れない。
<欧米との差は「サービスで発生」と黒田総裁>
この日の会見で、黒田総裁は日本の物価上昇率が欧米に比べ低い要因について、詳しく説明した。概括的に言えば、モノの物価上昇率は、日本と欧米で大きな差はないが、サービス価格で差がついているとの認識を示した。
具体的には「欧米の場合と日本の場合を比べて、1つの違いは、サービス価格が日本では上がっていない。モノの価格は国際的な取引で、国際的に類似した動きをしがちだが、サービス価格は国内財なので、その国の状況を反映して動く」と指摘。
そのうえで「日本のサービス価格はあまり上がっていない。中身をみると、様々なサービス価格の上昇が、あまり大きくないことも影響していると思う」と述べた。
さらに「潜在成長率を超える成長が続き、雇用もさらにひっ迫する中で、賃金が上がり、労働集約的なサービスの価格も上がると思う」との見通しを示した。
今年の春闘では安倍晋三首相の要請を受け、経団連が3%賃上げへ「音頭」を取り、横並び体質の強い大企業の中で、賃上げの機運が昨年以上に高まっているように見える。
黒田総裁の指摘のように、今後も数年間にわたってゼロ%後半の潜在成長率を上回って好循環が継続すれば、賃上げの基調も続き、サービス価格は上がりやすくなるだろう。
だが、足元の経済社会情勢をみると、10年前はもちろん、5年前でも想像できなかったような技術革新が進展している。特にIT化の広がりは、サービスの質と量を大きく変えようとしている。
例えば、インターネットを利用した英会話授業のサービスは、猛烈なスピードで価格低下が進行。あるサービスでは、1カ月の受講時間に上限がなく、一律5000円台という商品まで登場しているという。
ITに代表される技術革新が、国際比較で生産性の低い日本のサービス分野で積極的に導入されることは、マクロ経済全体ではプラスになる。
しかし、物価上昇を抑制する要因だったサービス価格に、さらに新たな下押し要因としてIT化が進展する局面がやがて到来するだろう。
その局面では賃上げの要因を一定程度、相殺する存在として意識せざるを得なくなると思う。
<技術革新と無人化、将来の物価左右へ>
また、アマゾン・ドットコム(AMZN.O)が始めたレジなしの「アマゾン・ゴー」のようなシステムが、今後、本格的に普及してくる段階では、レジ打ちのパート従業員は不要になり、雇用の場での「需給」環境を大きく変える可能性を秘める。
人手不足の日本では、その雇用市場における需要の減少を目の当たりにするのは、相当先になるかもしれない。だが、中長期的に見れば、技術進歩が回りまわって物価上昇率に大きな影響を与えることになるのは確実だろう。
米国の識者の一部では、現在の物価上昇率や人件費の上がり方の鈍さは、すでに技術革新の影響を受けた結果ではないかとの見方も出ている。
残念ながら、日本だけでなく、欧米でも現実社会の変化の速さに対応できず、経済学会からは、技術革新と物価の最新の関係について、明確な理論は打ち出されていない。
日本に固有の粘着性のあるデフレ的心理がすっかり変わり切らない間に、技術革新による新たな物価低下のうねりが押し寄せると、政府・日銀にとってはやっかいな状況に直面するリスクが出てくると予想する。