July 9, 2018 / 5:29 AM / 3 months ago

コラム:市場は日銀に何を求めているのか=佐々木融氏

佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 市場調査本部長

 7月9日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・市場調査本部長は、実体経済を映す鏡であるマーケットが長期間にわたって歪められている国に対して積極的な投資を行うことは難しいと指摘。写真はシンガポールで2017年6月撮影(2018年 ロイター/Thomas White)

[東京 9日] - 日銀は次回7月30―31日の金融政策決定会合で、なかなか上昇しない物価に関する詳細な分析を行う予定だ。超低金利政策をこれだけ続けてもなお物価が上昇しない背景には、日本経済の構造的な問題があるのは明らかだろう。

日銀は自らが2%の物価目標達成に向けたコミットメントを示し、人々の期待に働き掛ければ、いつか目標は達成できると考えている。しかし、構造問題が存在するならば、コミットメントはいつまでも機能しない可能性がある。「病は気から」というが、「気」だけでは治らない病もある。

また、日銀は2年近く政策を変更していないが、この間行ってきた極端な政策の副作用が広がっていることに関しても詳細な分析を行う必要があるだろう。

日銀が6月25日に公表した同月14―15日の政策決定会合の「主な意見」をみると、金融機関の収益に関して「金融政策の継続にあたっては、その効果と副作用の二つの時間軸を意識し、副作用が顕在化する前から対応を検討しておくことが必要」との意見が示されていた。上場投資信託(ETF)の買い入れについても「政策効果と考え得る副作用についてあらゆる角度から検討を続けるべき」との意見があった。

物価が思ったように上がらないにもかかわらず、同じ政策を2年続けた結果、それが金融システム不安につながってしまったら、日銀が手を打たなかったことに対する批判は高まるだろう。日銀法では、日銀の目的を物価の安定と信用秩序の維持としている。前者にばかり気を取られて後者をおろそかにするべきではないだろう。そのツケは相当深刻なものとなる。

<緩和長期化が金融システムに与える副作用>

むろん、日銀も後者(信用秩序の維持)に関する議論を意識し始めている様子はうかがえる。桜井真審議委員は5月24日の講演で、「低金利環境の下で、金融機関の収益が長期にわたり圧迫されると、金融仲介機能に影響が生じる恐れもある」と語った。

一方、原田泰審議委員は7月4日の講演で、「市場は金利の早期引き上げを求めていると言われることがあるが、実際に金利を引き上げれば、債券価格と株価の下落、円高で企業の経営が悪化し、信用コストが増大して、金融機関は大きな打撃を受ける」と指摘。また、政井貴子審議委員は7月5日の講演で、「金融機関の収益への配慮などから、金利水準を調整すべきではないかといった声があるが、(中略)金融機関経営に影響を及ぼす構造的な問題と、金融緩和に伴う影響は、区別して分析・議論すべき」と述べている。

原田・政井両委員が指摘する点はもっともなことだが、市場が本当に求めているのは収益に配慮した金利の引き上げではなく、民間の需給に応じた自由で健全な市場だろう。

国内総生産(GDP)の2倍近くの残高がある国債市場を、当局が人為的に極端な水準に抑えつけていることに市場は不安を感じているのである。マーケットは実体経済を映す鏡だ。その鏡が長期間にわたって歪められている国に対して積極的な投資を行うことは難しいだろう。

JPモルガン証券の銀行セクターアナリストの試算によれば、このまま日銀がイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)を続け、長期金利を現在の水準に維持していると、地銀105行のうち10行程度が2020年度に赤字(経常利益ベース)になる見通しだ(同試算では、与信費用増やリスク性有価証券損などの多少のストレスで赤字となる「赤字予備軍」まで含めれば、40行近くに上る)。しかも、リーマン・ショック時のような一時的な赤字ではなく、構造的かつ慢性的な赤字となるため、各行の足元の自己資本・流動性に問題はなくても、銀行システムの脆弱化につながり得ると指摘している。

<長期金利目標の明示的「変更」は不要>

日銀が銀行システムへの副作用を考慮して、10年債金利の上昇をある程度容認したいと考える時、最も懸念されるのは円相場が円高方向に進んでしまうリスクだろう。もっとも、現在の為替相場の状況に鑑みれば、以下の理由から多少の長期金利差縮小を懸念する必要はないと思われる。

まず、現在の日米10年金利差とドル円相場の相関関係は不安定だ。昨年末から今年3月までは金利差が拡大しながらドル円相場が円高になるなど、逆相関だったことは記憶に新しい。そして今年4月以降、日米10年金利差とドル円相場は正の相関関係に戻っているが、その相関度合いは極めて緩やかだ。

筆者の試算では、日銀が10年金利の上昇をある程度容認し、日米10年金利差が10ベーシスポイント(bp)縮んだとしても、円高は1円程度しか進まない。

もちろん、日銀が金融政策の正常化方向に向かうとの思惑が強まれば、もっと円高が大幅に進むとの懸念はある。ちなみに、筆者は金融政策を引き締め方向に動かす必要があると言っているわけではない。債券市場をもう少し自然な市場の動きに任せるべきだと思っている。そうした意味で、金融政策の変更は必要ないと考える。0.5%程度の金利を「ゼロ%程度」と言っても違和感はない。

さらに、最近の円相場をみると、日銀が多少動いた程度では大幅な円高にはならないと思われる。その理由の1つとして考えられるのは、対外直接投資、対外証券投資の増加だ。

特に近年増加傾向にある対外直接投資に絡む円売りは、市場のボラティリティーが急騰して、リスクオフ状態となったからと言って、投資を止めるわけにはいかないフローだ。これが円の上値をしっかりと押さえている可能性がある。実質実効レートでみれば、円は歴史的に割安な状況にあるが、国内企業・投資家による対外投資が支えているのが現状だ。

実際、6月下旬から日経平均株価が下落しても、ドル円が底堅く推移している状況が続いている。こうした環境下では、10bp程度の金利差縮小は円相場にさほど大きな影響を与えないだろう。

しかし、金融システムが不安定化して、日本経済が大きな打撃を受け、景気後退に陥るようだと、日本企業や投資家による積極的な対外投資はなくなり、大幅な円高となる危険が増す。その時には2円や3円の円高では済まないだろう。

よって、将来の大幅な円高リスクを減らすには、イールドカーブ・コントロール政策のターゲットを変更せずに、金利の上昇だけを一定程度容認することが日銀にとっての最善策ではないだろうか。

*文中の地銀への影響試算は、JPモルガン証券の銀行セクターアナリスト西原里江氏のレポート「銀行はいつまで超金融緩和に耐えられるか? 銀行への副作用からみたYCC(イールドカーブ・コントロール)調整までの時間軸」を参照。

佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 市場調査本部長(写真は筆者提供)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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