June 14, 2016 / 9:56 AM / in 2 years

コラム:英国離脱で何が起こるか、5つの疑問=吉田健一郎氏

[東京 14日] - 6月23日の英国民投票で、仮に欧州連合(EU)からの離脱が選択された場合、どのような展開が想定されるのか。みずほ総合研究所・欧米調査部の上席主任エコノミスト、吉田健一郎氏に、日本経済への影響と併せて、予想されるシナリオを聞いた。

 6月14日、みずほ総研・上席主任エコノミストの吉田健一郎氏は、英国がEU離脱を選択した場合、足腰が弱まっている日本経済が市場混乱から受けるダメージは米国や中国よりも大きくなる可能性があると指摘。写真は、2014年6月にベルギー・ブリュッセルで記者会見を行うキャメロン英首相(2016年 ロイター/Pascal Rossignol)

同氏の見解は以下の通り。

Q1)英国民投票でEU離脱が選択される確率は。

離脱と残留の確率は、純粋に五分五分だと考えている。日本では「大騒ぎの後、結局は残留」との見通しも聞かれるが、そこは甘く見積もらないほうが良い。英国では、知識人たちが普通に離脱の可能性を口にしている。

各種世論調査を見ると、5月初旬から中旬にかけては、その前月にオバマ米大統領が訪英して、EU離脱の悪影響について警告したことなどが影響したのか、残留派が優勢だった。だが、その後、離脱派が再び盛り返している。背景には、離脱派が国民感情に訴えやすい移民問題に焦点をより明確に絞ってきたことがある。

残留派はこれまで、EU離脱に伴う不確実性の高まりが英国の景気や雇用に悪影響を与えると強調し、話を有利に進めてきたが、最近は、移民急増が雇用や安全への脅威になると主張する離脱派に押され気味だ。6月14日には、英国で最大の発行部数を誇る大衆紙ザ・サンが、読者にEU離脱に投票するよう訴えた。態度保留者のシェアも大きく、最後の最後まで結果はどちらに転ぶか分からないと考えて、備えたほうが良い。

Q2)仮に離脱が選択された場合、その後のプロセスはどうなるのか。

次の注目ポイントは、キャメロン英首相がEU理事会に対して、いつ脱退を通告するかだ。EU脱退を定めたEU条約第50条では、すべての手続きは通告を受けて始まることになっている。キャメロン首相からEUのトゥスク大統領にレター形式で行われるのではないかと考えているが、その通告を引き金として、英国のEU脱退協定と新しい関係性を決める新協定の交渉が開始される。

脱退協定の項目は、脱退日はもとより、EU内で働く英国人(また英国内で働くEU加盟国民)の地位・権利問題から、既存の国際協定(EUが他国・他地域と結んでいる自由貿易協定など)での英国の取り扱いなど、多岐に渡る。さらに、EU条約は、隣国との関係の規定を義務づけているため、並行して新協定の交渉が行われる必要がある。また、そもそも脱退協定は新協定を念頭に置いたものなので、切り離して議論することは難しい。

ただし問題は、EU条約では、協定の合意がなければ、脱退通告から2年後にEU法の適用が停止されると定められていることだ。交渉期限を迎えれば、英国は現在享受しているEU単一市場へのアクセスを失うことになる。

例えば、自動車の関税率は、EUが世界貿易機関(WTO)の枠組みで約束している最恵国関税が適用されるとすれば、10%に跳ね上がることになる。EU内の貿易取引で無関税を享受してきた英国内の自動車産業にとって大きな打撃だ。

また、単一パスポート制度のもと、金融機関はEU内のある1カ国で免許を得れば、全EU加盟国に対して金融サービスが提供できるが、英国で免許を取った金融機関は、新たに大陸欧州で申請し直さなければならないかもしれない。英銀の中には、ブレグジット(英国のEU離脱)となればロンドンの金融街シティからフランスのパリに従業員を移動させる可能性を示しているところもある。

こうしたことから、EU離脱派の中には、英国に対する不利益が減るよう水面下で非公式交渉を進め、道筋がついたところで正式に通告すれば良いという意見もある。英国の次回総選挙は2020年5月であり、そこをゴールに、通告は2018年まで待つという政治的選択もないとは言い切れない。

ただし、キャメロン首相は、国民投票で離脱が決まったら、即座にEUに通告すると言っている。投票前に不安をあおることで離脱派をけん制した面もあるだろうが、いつまでも通告しなければ、先行きへの不透明感が増大してしまうリスクもある。

私の予想では、離脱が決まったら、やはり公約通り、キャメロン首相は速やかにEU側に通告し、脱退・新協定交渉に入るのではないかと見ている。ちなみに、EU加盟全28カ国の合意があれば、交渉の延期は可能だ。協定がないままでの英国離脱は、EUにとっても経済的な打撃が大きいため、2年で話がまとまらずとも、何らかの妥協点が見出されるのではないかと考えている。

https://static.reuters.com/resources/media/editorial/20160602/route-to-brexit.gif

Q3)英国とEUの新協定はどのようなものになりそうか。

想定されるシナリオは3つだ。1つはノルウェー型で、欧州経済領域(EEA)に加盟することによって、従来同様に単一市場への自由なアクセスを確保する選択肢だ。ただし、EEAは基本的にEU法と同じであり、主権回復を求める離脱派の要望には沿わない。何より、EUの政策決定に関与できないにもかかわらず、EU予算への拠出を求められる。そのため、ノルウェー型は英国には選択しにくいだろう。

第2はスイス型で、これは欧州自由貿易協定(EFTA)に加盟したうえで、EUと各種個別協定を結ぶというものだ。端的に言えば、EU法のチェリーピック(つまみ食い)である。メリットはオーダーメイドな協定を目指せる点だが、デメリットは交渉の長期化だ。スイスとEUの場合、合意までに約10年かかった。また、スイス型には金融サービスが含まれていないことから、英国がこの路線を目指そうとすると、さらに長い年月が必要となる可能性もある。

第3の道はカナダ型で、私はこれが英国にとって一番現実的な選択肢ではないかと見ている。カナダ型は、EUとの包括経済協定(CETA)を目指すもので、社会保障や移民といった政治的にデリケートな問題は含まれておらず、EU予算拠出も不要で、主権侵害の度合いが低い。英国側からすれば、一番ハードルが低い選択肢だろう。

いずれにせよ、ポイントは、EU単一市場へのアクセスというメリットと引き換えに、英国がEU法をどこまで受容するかということだ。メリットとデメリットは、いわずもがな、トレードオフの関係にある。ただし、同じことは、EU側にも言える。英国との関係維持によって得られる政治経済的メリットと引き換えに、どこまでEU法に関する英国のわがままを許容するかと言うことだ。

Q4)英国離脱の場合、EUはどのように変質していくか。

間違いなく言えることは、EU懐疑派の勢いに拍車がかかることだ。ただし、残留が選択された場合でも、程度の差こそあれ、懐疑派の勢いは増すだろう。例えば、フランスの極右政党である国民戦線(FN)が今、何を強調しているかと言えば、6月23日の結果にかかわらず、英国民の半分近くは離脱に賛成しているという点である。

また、EU自体、すでに昔のローマ条約(1958年発効)で謳われた「絶えず緊密化する連合」を目指す姿勢からは軌道修正しているきらいがある。実際、欧州統合の取り組みは、ユーロ圏のような強固な通貨同盟から、前述したEEAのようなEU非加盟国を含む経済連携まで、多様化・多層化している。

ただ、逆に言えば、出来る国で一歩ずつ統合を進める「マルチスピード」化が進んでいるということだ。ブレグジットがたとえ現実化しても、EU崩壊が始まったとまで捉えるのは行き過ぎだろう。

Q5)ブレグジットの日本経済への影響をどう見るか。

日本経済への影響は、3つに大別できる。まず、英国・大陸欧州の需要減少を通じた輸出など貿易への影響。次に、不確実性の高まりに伴う企業投資などへの影響。そして、リスク回避の円高・株安など金融市場を通じた影響だ。このうち、3番目の経路が、景気下押し圧力として最も懸念される。

貿易を通じた直接的影響は、世界経済のセンチメントがブレグジットを機によほど悪化しないかぎり、限定的だろう。そもそも日本の輸出に占める英国のシェアは低い。ただし、金融市場を通じた影響は、即座に日本に波及する可能性がある。リスク回避で円高・株安が進めば、企業収益がダメージを受けるほか、消費や物価を下押しし、デフレ圧力を強める公算が大きいからだ。

当社の分析では、ブレグジットの場合、ドル円相場で約2円から約6円の円高が進む恐れがある。単一のショックにとどまらず、多層的にショックが続けて起きれば、振幅はさらに大きくなるだろう。また、予測値は月末値なので、日々の値動きがもっと激しくなる可能性には警戒が必要だ。

もちろん、経済的に一番大きな打撃を受けるのは震源地の英国であり、次に欧州だ。だが、足腰が弱まっている日本経済が、ブレグジット発の市場混乱から受けるダメージは、米国や中国よりも大きくなる可能性はある。

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(聞き手:麻生祐司)

*本稿は、吉田健一郎氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

*吉田健一郎氏は、みずほ総合研究所・欧米調査部の上席主任エコノミスト。1996年一橋大学商学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。対顧客為替ディーラーを経て、04年より、みずほ総合研究所に出向。エコノミストとして08年―14年にロンドン駐在。ロンドン大学修士(経済学)。

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