May 31, 2018 / 2:30 AM / 5 months ago

コラム:中国金融自由化、日本に学ぶ「最善シナリオ」=井上哲也氏

井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員

 5月31日、野村総合研究所・金融イノベーション研究部の井上哲也・主席研究員は、金融の安定と自由化のトレードオフに直面する中国が、日本の経験に学べることは多いと指摘。写真は中国人民元と日本円の紙幣、北京で2016年1月撮影(2018年 ロイター/Jason Lee)

[東京 31日] - 筆者は中国のシンクタンクとの定例的な議論の場を運営しているが、6月上旬に開催する会合のテーマの1つは日本の金融自由化に関する評価である。

日本が米国の圧力に屈して1980年代から金融自由化を進めたことが、バブルを招いただけでなく、金融機関の体力を低下させ、「失われた20年」の一因になったとの理解が中国内にはかねて存在するようだ。こうした理解は、日本の為替政策も米国の圧力に屈したとの見方と相まって、増幅されている。

加えて、米中摩擦が高まる中で、中国による金融市場開放の加速が焦点の1つとなっている。こうした状況下、「中国は米国の圧力に屈するべきでない」という教訓を引き出すため、いわば政治的な視点からも「日本が反面教師」との理解が支持を集めている面がありそうだ。

<日本の金融自由化を巡る正しい理解>

しかし、日本が金融自由化のあり方を巡って米国と調整を続けていた当時はともかく、現時点では少なくともマクロ的な視点から見れば、こうした理解は必ずしも適切でないことが明らかになっている。

つまり、日本の金融システムは1980年代初めには価格メカニズムを活用すべき段階に成熟しており、米国の「圧力」がなくても自由化に向けた条件が整っていたわけである。

企業部門の資金不足解消が顕著に進むにつれて、希少な国内貯蓄を量的コントロールによって成長産業に振り向ける必要も大きく後退した。また、金融サービスや金利の自由化の遅れは、その歪みを活用した「財テク」を生み出した。

さらに、国内への影響を配慮して海外での金融取引を先行して自由化したものの、結果的には「ユーロ円(非居住者による円保有)」の蓄積と国内への還流を通じ、国内与信の量的コントロールを不可能にした。

このように、結果論ではあるが、金融自由化の遅れはむしろバブルを招いた面があったというのが、今日の日本で共有されている理解だろう。実際、その当時、金融自由化の進め方を設計していた政策当局の関係者からは、利害関係者による金融自由化への反発に対応するため、「外圧」を活用した面があったとの指摘も聞かれる。「外圧」は、金融だけでなく多くの領域で日本の官僚機構が活用した行政手法であることも今や常識となっている。

ただし、日本の金融自由化が遅延した結果、金融危機と同時進行になったことをどう評価すべきかは、現在でも回答の難しい問題だ。当時の金融自由化は多様な利害関係者との調整の結果、極めて精緻なステップとして設計されただけに、政策当局にとって途中で抜本的な見直しをすることは非現実的だったのかもしれない。

あるいは、1990年代の前半までは、金融業界も政策当局も、金融システムの不安定化は一時的現象であり、いずれはバブル前の姿に復帰するとの楽観論にとらわれていたのかもしれない。

しかし、金融自由化が進行中の金融危機を深刻化した面があったことは否めない。金融自由化に伴う利ざややビジネスの先行きに対する懸念は、多くの金融機関による過度なリスクテークを促した面があったほか、最終的には金融機関の体力を奪うことで不良資産を自ら処理する能力を減殺し、金融システムと実体経済の危機からの脱出を遅延させたことも否定できない。

金融自由化が目指す価格メカニズムの発揮という原理に照らせば、こうした金融機関はさまざまな規制の下でのみ存続し得るのであって、本来、市場から退出すべき先であったと主張することもできる。

たた、実際にこうした金融機関が救済合併や破綻によって退出した結果、これらが提供してきた金融サービスに依存していた企業も深刻な打撃を受けたことは言うまでもないし、特に多くの中小金融機関の退出は地域経済の疲弊を招くことになった。

この点から考えれば、冒頭に見た中国の「理解」も全て誤りとして否定することは必ずしも適切とは言えない。

<中国が直面するトレードオフ>

現在の中国の金融経済においても、金融自由化に向けた条件は相応に整っている。つまり、人口動態を主因に潜在成長率が長期的に低下トレンドをたどる中で、マクロ的に見て非効率な設備投資への依存度を低下させ、個人消費のウエートを高める上では、従来のような信用の量的コントロールよりも価格メカニズムの活用が展望される。

また、過去の大きな経常収支黒字に加え、企業や金融機関による対外直接投資や対外貸付の増加による海外の人民元も徐々に蓄積している。この間の「シャドーバンキング」の展開を見ても、信用量のコントロールによる金融政策はすでに限界に直面している。

一方、現在の中国は金融危機に直面しているわけではないが、地方政府の債務などを背景に金融システムに不安定性を抱えている。こうした状況で金融自由化を進めれば、予期せぬ形で制御の難しい資本流出を招くリスクがあるだけでなく、日本が経験したのと同じように金融機関の体力を、不良資産処理のために必要な局面になって奪うことも懸念される。このように中国の金融自由化は、むしろ日本のように手遅れになりつつあるとも言える。

日本の経験を踏まえて、トレードオフに直面する中国に助言できるとすれば、金融システムに対するセーフティーネット(安全網)を用意して頑健性を高め、既存の不良債権を圧縮した上で、金融自由化を進めるというステップを踏むべきということになろう。

金融システムの課題が解決されれば、金融自由化による非効率な金融機関の退出も大きなストレスを伴わずに進め得る。しかも大事なことは、金融機関に誤ったインセンティブを与えないよう、前者をできるだけ迅速に終えて、後者に進むことだ。

金融経済の面で中国には金融自由化に向けた条件がすでに整っている以上、前者に費やすことができる時間はそう多くはない。

井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部 主席研究員(写真は筆者提供)

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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