July 9, 2019 / 5:39 AM / 8 days ago

コラム:1ドル=7元の「ガラスの天井」は打ち破られるか=植野大作氏

[東京 9日] - 中国人民元の下落にようやく歯止めがかかり始めた。7月1日のオフショア(中国本土外)市場では一時1ドル=6.8168元と、5月9日以来約8週間ぶりのドル安・元高水準に復帰する場面があった。

 中国人民元の下落にようやく歯止めがかかり始めた。今後の展望について、植野大作氏の見解。(2019年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

6月10日に記録した1ドル=6.9625元のドル高・元安水準から、月末挟みの約2週間で2%程度の元高に振れたことになる。その後は若干元安方向に揺り戻したが、6.9元前後で安定的に推移している。

6月29日の米中首脳会談では、米国が対中制裁第3弾として中国製品2000億ドル分の関税を25%に引き上げた5月10日以降途絶えていた、米中通商協議を再開することで合意。米通商代表部(USTR)が公聴会まで開いて準備していた対中制裁第4弾(中国製品3000億ドル分に対する追加関税)の先送りが決まったことで、ひとまずの安堵感が為替市場に広がっている。

<再び元安基調強まるか>

ただ、このまま人民元がしっかりと下げ止まるかどうかは未知数だ。米国と中国が不毛な輸入増税合戦を停止して話し合いのテーブルに戻ることになったのは朗報だが、さめた目線で評価すれば、協議自体は「中断する前の状態」に戻ったに過ぎない。これまで米中の間で繰り広げられた通商交渉は、単なる貿易摩擦の範ちゅうを超え、知的財産権の保護や国家安全保障の問題なども複雑に絡んだ、次世代技術の制空権争いの様相を呈している。

双方とも「譲れぬ一線」があるとみられ、たとえ協議が再開されても早期決着のハッピーエンドは期待しにくい。2020年の米大統領選挙で再選を狙うトランプ大統領が、景気悪化のリスクを冒してまで泥沼の関税合戦を再開するとは思えないが、これまで貫いてきた対中強硬姿勢には国内世論の一定の支持がある。交渉の長期化は避けられないだろう。

今後再開される米中協議は、完全な決着も決裂もない中途半端な状態が続き、貿易戦争再発に対する「過度の懸念」が収まったとしても、「適度な懸念」は残り続ける可能性が高い。米中が不毛な関税合戦やハイテク製品の禁輸措置などで体力勝負の消耗戦に突入した場合、大半の市場関係者は「経済規模が中国より大きく、かつ外需依存度の低い米国に分がありそうだ」と考えるだろう。実際、これまでトランプ大統領に関税攻撃を仕掛けられて反撃した国や地域の通貨は、韓国ウォン、カナダドル、トルコリラ、インドルピー、ユーロなど、軒並み対ドルで安くなっている。

人民元も例外ではなく、米国との通商摩擦が長期化する中、「戦勝国通貨=米ドル、敗戦国通貨=人民元」という市場の連想が為替需給に素直に反映されれば、ドル高・元安圧力が発生する。この先も、中国人民銀行が自然体の市場メカニズムを尊重して人民元の基準値を決めるなら、元安基調が再び強まる局面が到来しても不思議ではない。

とはいえ、筆者を含めた大方の市場関係者は、今後急激なドル高・元安が加速し、ブレーキが掛からなくなる可能性は低いとみている。巨額の対中貿易赤字の削減に乗り出している米国が人民元の下落を好まないのはもちろんだが、中国当局も極端な元安を望んでいないとみられるからだ。

<極端な元安は中国のデメリットに>

これまで米国に仕掛けられた制裁関税による輸出競争力の低下を一部相殺するメリットだけを「いいところ取り」できるなら、中国にとって人民元安は好ましい。だが、極端な自国通貨安を認めた場合に中国がこうむるデメリットもかなり大きい。

元安が進み過ぎると、中国が米国も含めた世界の国々から輸入している農産物やエネルギー、日用品などのコストも上昇して国内消費に悪影響が及ぶほか、中国企業のドル建て債務の返済負担も膨張する。

また、2015年8月に起きた「チャイナショック」の際には、「中国政府が人民元の下落を是認している」という市場の思惑を一時的に制御できなくなった結果、「中国人マネーの中国離れ観測」が台頭。オフショア市場で海外投機筋に人民元売りを仕掛けられ、中国の株価や資産価格が大幅に値下がりした苦い経験もある。

そのような経緯も踏まえ、現在、中国の金融・通貨当局は一方的かつ極端な人民元安の進行を容認しない姿勢を維持している。

近年、中国当局が行った過度の通貨安防御策を見ると、①2017年1月に行ったオフショア市場での強烈な流動性圧縮による人民元借り入れコストの引き上げ、②17年5月と18年8月に実施した人民元基準値算定式の調整、③18年8月に導入した先物元売り規制の強化、④政府傘下の銀行なども巻き込んで実施するドル売り・外貨買い介入、など、様々なオプションがある。

近年の中国当局による為替政策運営の歩みをみると、「1ドル=7.0元」の節目を超えそうな水準までドル高・元安が進んでくると、上に列記した様々な政策手段を駆使して自国通貨安の阻止に動いた痕跡がある。

6月に1ドル=6.95元前後までドル高・元安が進んだ際に中国政府要人によるけん制発言が増えたことも踏まえて類推するに、今回の元安局面でも中国は「自国通貨の価値がドルの7分の1以下になるのは防ぐ」との方針を維持しているものと思われる。

国内外の市場関係者がドル人民元相場の「ガラスの天井」として意識させられている「1ドル=7元」の通貨安防衛ラインに合理的な意味は無いと思われるが、今のところ、中国当局がその水準にこだわっているのは確かなようだ。今後もずっとこの方針を貫くかは定かでないが、米国との通商協議での合意事項の一つに「人民元の安定」が含まれている点も加味すると、米中通商交渉の継続中に放棄される可能性は低いだろう。

為替にある程度の値動きを求める短期空中戦プレイヤーの目線で見ると、いまだに中国政府の管理下に置かれている人民元より、派手に動いてくれそうな新興国通貨は他にも沢山ある。当面は、人民元絡みの通貨ペアをあえて主戦場に選んで一段の元安に踏み込んだポジションを持とうとする向きは少ないのではないか。米中両国の政府が、いずれも望まない一段のドル高・人民元安が進む余地は狭いと考えている。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

植野大作氏 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト(写真は筆者提供)

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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編集:宗えりか

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