November 6, 2019 / 8:05 AM / 14 days ago

コラム:「ドル円離れ」に見る日本市場の地盤沈下=植野大作氏

[東京 6日] - 国際決済銀行(BIS)が、今年4月に行った為替出来高調査の結果を公表した。3年に1度、世界全体の為替市場の実態を把握できる貴重なサーベイだ。為替市場の構造変化に関して、今回も興味深い結果が示されている。筆者が特に注目しているのは、以下の5つのポイントだ。

国際決済銀行(BIS)が今年4月に行った為替出来高調査によると、円の取引量が減少している。写真は東京にある外為ブローカーのオフィス。2018年11月7日撮影(2019年 ロイター/Toru Hanai)

<出来高の膨張、実物経済の成長ペース上回る>

第1のポイントは為替出来高の大きな変化だ。世界全体の為替売買金額の伸びは3年前比プラス30.1%となり、意外な減少を記録した2016年調査の同マイナス5.4%から回復した。3年前の調査が示した「15年ぶりの出来高減少」は、外為市場関係者の現場感覚とあまりにも違って物議を醸した。

このときの減少は、その前の13年調査が行われた4月に「黒田緩和第1弾」が実施されて為替が激しく動いた反動だった可能性があり、今回の調査ではどう変化したか関心が集まっていた。

今回は為替出来高の増加率が当該期間中のドル建て名目国内総生産の伸びである15.1%を大幅に上回っていた。世界全体の為替市場規模が実物経済の成長速度を上回って膨張し続けている様子が改めて確認された。3年前の前回調査はやはり「黒田緩和」を背景にした異常値だったようだ。

第2に、今回の調査で判明した世界の為替出来高の絶対値をみると、全通貨ペアの合算で1日平均6兆5940億ドル、ドル円だけでも8707億ドルだった。今年4月の平均為替レートで円建てに換算、年間の営業日数を250日として年間の市場規模を試算すると、全通貨の合計で18京3940億円、ドル円だけでもおよそ2京4300億円と天文学的な数字になる。

自由な国際資本移動で決まる為替相場の変動を、少額の為替市場介入や口先介入で支配するのは、どのような国の政府や要人でもおそらく無理という時代になった。為替相場の変動に影響を及ぼす要因は沢山あるが、特定の組織や人物の意向を反映した為替市場への介入によって可能なのは、一時的なノイズを引き起こすことまでだろう。

「ドル円は米国政府の意向で決まる」といった類の議論をいまだに見聞する機会もたまにあるが、筆者は自分がもし米国の大統領や財務長官になったとしても、自分の口先介入の言霊力や微々たる金額の為替介入による需給調節だけで、為替のトレンドを思い通りに操れるとは到底思えない。為替市場の神が司る「見えざる手」の前で、我々は等しく無力だ。

<4大通貨で円だけシェア下落>

第3に、主な通貨の市場シェアの推移をみると、首位の米ドルは世界全体の44.2%と圧倒的な存在感を維持した。一方、3年前の調査で3位、10.9%だった日本円のシェアは8.4%まで低下、今回の調査で16.2%に伸びた2位ユーロとの差が広がり、6.4%のシェアを維持した4位ポンドとの差も縮まった。

「米ドル」、「ユーロ」、「日本円」、「英ポンド」が上位を占める状況に変化はなく、順位も同じだったが、4大通貨のうち、今回の調査でシェアが下がったのは円だけだった。5位以下の通貨についてこれまでの調査から大雑把な傾向をみると、豪州、カナダ、スイス、スウェーデンなど、先進国通貨のシェアが全般的に停滞あるいは低下気味なのに対し、中国の人民元を筆頭に新興国通貨は取引規模こそ小さいが、全体的にシェアが伸びている。

新興国通貨の市場規模が増す中で、シェアを食われずにいるドルやユーロに比べて円の存在感が落ちているのは、政府が目標に掲げて取り組んでいる「円の国際化」が掛け声倒れで進んでいないことを示している。このままだと、やがて死語になるかもしれない。

第4に、個別の通貨ペアごとに集計された取引額の推移をみると、今回はドル円の市場規模だけが縮小したのが目立った。3年前に行われた前回の調査では世界全体の為替売買額が目減りする中でドル円も縮小、それ以外の主要な通貨ペアでも売買金額の減少を記録したものが散見されたが、今回の調査では世界全体の為替出来高が3年間で3割増えたにも関わらず、ドル円だけが3.3%減っている。

ドル円以外の通貨ペアを見ると、ドルとのストレート取引、クロス円取引、欧州域内のクロス取引が絡む出来高上位の通貨ペアはいずれも増えた。ドル円の落ち込みだけが異様に際立っている。

発表元であるBISは、当該調査月に観測されたドル円のボラティリティーの低下を背景に、日本国内の外国為替保証金(FX)取引愛好者の売買の興味が他の通貨ペアにシフトしたことが一因と分析している。

今回の調査が行われた今年4月はドル円の実績変動率や予想変動率が近年では最も低かった特殊な時期だったため、多少は割り引いてみる必要はある。だが、やや長めの期間のチャートを見ても、最近のドル円相場は30カ月以上も1ドル=104円台─114円台のボックス相場にしっかりと捕まっている。

この間、急速に進む情報技術革新や激しい業者間競争の恩恵を受け、国内外の短期為替売買ファンが選べる通貨ペアの種類は大幅に増えている。明確な方向感も値幅も追及できない日々が長く続いたドル円は、為替リスクを積極的に取ることをなりわいや趣味にするプレーヤーの人気を落としているようだ。これは一過性の現象なのか、構造変化なのか、次回の調査結果を待って判断したい。

<日本の地位、一段と低下する懸念> 

第5に、各地域別の為替取扱金額のシェアをみると、日本市場の地盤沈下が続いている。1989年の調査開始から2010年調査に至るまで、日本は英国、米国に次ぐ3位の座をキープしていたが、13年調査でシンガポールに抜かれて4位に、16年調査では香港にも抜かれて5位まで落ちた。

今回の調査で明らかになった日本のシェアは4.5%で、6位スイスの3.3%とはまだかなりの差がある。これ以上の順位低下は当分なさそうだ。

ただ、市場規模の伸びが高い新興諸国通貨の売買拠点として、地理的には時差のハンデがあり、言語的には英語の普及面で劣後している日本がシェア回復を果たすのは容易ではないだろう。外資系の法人がアジア本社を東京からシンガポールや香港に移す動きが続くなら、為替売買拠点としての日本の地位がこの先も一段と低下する可能性がある。

こうした状況下、東京都は外資系企業の東京離れ対策として「アジアヘッドクォーター特区」を東京、新宿、品川などのターミナル駅周辺に設けるなどして外資系企業の誘致を推進している。来年夏に56年ぶりに開かれる東京五輪の成功も目指して行われている環境整備の取り組みも合わせて、国際都市としての東京の魅力を高めることに期待したい。

ただ、過去数多の先例をひもとくまでも無く、国の栄枯盛衰は太古の昔から繰り返されている歴史の必然である。現在日本で進んでいる少子高齢化と人口減少による国力の衰退が東京市場の地盤沈下の背景にあるなら、日本全体の経済成長率の底上げにつながる社会制度の改革や規制緩和に勝る処方箋はないだろう。

今後の調査結果を踏まえてそのような仮説の妥当性を判断する必要がありそうだ。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

植野大作氏

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

(編集:北松克朗)

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