January 9, 2020 / 4:52 AM / 7 months ago

コラム:ドル円「動意欠乏症」の長患い 今年もレンジ維持か=植野大作氏

[東京 9日] - 令和2年のドル円市場は波乱含みの開幕となった。昨年は年明けに瞬間暴落が起き、その記憶がまだ強く残る中、今年は1月3日に米国防総省がイランの大物軍人である革命防衛隊のソレイマニ司令官軍司令官を空爆で殺害したと発表。両国の緊張激化を憂慮したリスク回避の株安・円高が加速して6日の朝方には一時107.77円と約3カ月ぶりの安値圏まで差し込む場面があった。

米トランプ政権が発足してからの3年間、ドル円の変動率はわずか約1割。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野氏は、4つの理由を挙げ、今年も大同小異のレンジ相場が続くだろうと予測する。写真は1月8日、東京で撮影(2020年 ロイター/Issei Kato)

ただ、日本の年末年始で円絡みの市場取引が薄くなり、相場が荒れ易い時期に想定外の地政学的リスクが強まったにもかかわらず、ドル円が107円台後半で下げ止まったのは、意外に底堅い印象もある。8日にイランがイラク国内の米空軍基地にロケット弾を撃ち込んだことが嫌気されても107円60銭台で下げ止まった。

もう少し長めのチャートでみると、昨年のドル円の値幅は約8円に収まり、変動相場制導入後の最小記録だった一昨年の9円99銭を約2円も縮めた。地味ながら、ドル円相場は2年連続で「大記録」を樹立した。

近年のドル円相場は前例のない「動意欠乏症」に罹患(りかん)している。米トランプ政権が発足してからの3年間の変動率はわずか約1割だ。おそらく今年も大同小異のレンジ相場が続くのではないか。以下、理由を4つ挙げておく。

<金融政策は現状維持が続く>

第1に、今年は日米両国の金融政策が動かなくなるとみる市場関係者が多い。昨年末に更新された米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者の政策金利見通しにおいて、利下げを予想する者は1人もいなかった。米大統領選挙の頃までは金融政策の政治的中立が保たれる、という意味でも、金利水準については「現状維持」の姿勢が保持されそうだ。

一方、日銀の黒田東彦総裁は昨年の夏に「マイナス金利深掘りカード」をチラリと見せたが、実際には切らずに温存した。米国の3回の利下げで米日政策金利差は去年0.75%も縮小したものの、心配されていた極端な円高が進まなかったことが背景にある。

一昨年のドル円相場は米国の利上げ4回で米日金利差が1%も広がったのに極端なドル高は進まなかった。近年のドル円は米日金利差が縮んでも開いてもあまり動かなくなっている。金利差が動かなくなったら動意復活の口実が更に減るだろう。

<強まるドル円の同調性、リスクにも同じ動き>

第2に、このところの外為市場では、ドルと円の同調性が強まっている。「米中通商摩擦」、「英EU離脱問題」、「中東絡みの地政学リスク」など、先読み困難なテーマを巡る観測報道が錯綜するたびに、市場心理は揺さぶられているが、ストレートドル市場とクロス円市場では関係国の通貨に対してドルと円がシンクロして動くケースが多い。

このため、市場を賑わす「政治ネタ」で他通貨市場が荒れても、マーケット心理が悪化するとドルと円が同じように買われ、好転すると同じように売られるので、ドル円はリスクオンでもリスクオフでもあまり動かくなっている。

この間、多くの国々が米国からの唐突な関税攻撃を受けて厳しい二国間協議に駆り出され、多大なストレスを受けたが、日米貿易協議は順調に進んで昨年秋に決着。円高派が期待、円安派が懸念していた交渉難航による株安・円高の嵐は吹き荒れずに日米貿易協定は今月発効した。

かつての日本は、米国にとって軍事的に同盟国でも、経済的には仮想敵国と見なされていた時期があった。少子高齢化に伴う国力の低下によって、米国からライバル視されなくなったことで、ドルと円の同調性が強まっているのかもしれない。

<実需面からの相場圧力は乏しい>

第3に、日本の基礎収支に由来する為替需給は最近おおむね拮抗しているようだ。現在、日本の経常収支は年20兆円前後の黒字だが、内訳をみると円転比率が高くない第一次所得収支がほとんどだ。貿易サービス収支は赤字と黒字が拮抗している状態で、相場に影響する「黒字の質」が落ちている。

一方、資本収支に目を転じると、日本企業の活発な海外進出を反映して対外直接投資は経常黒字に匹敵する流出超過になっている。日本の経常黒字に由来する円高圧力は対外直接投資による円安圧力で相殺され、実需絡みの為替需給は極端な円高、円安どちらも起き難くなっている。

日本からの対外証券投資に目を転じると、日銀による超低金利政策の出口が全く見えなくなる中、過去に仕込んだ高利回りの日本国債の償還金の再投資先を探すのに苦しむ国内投資家が累増している。

運用難の影響は少なくない。弊社の試算では、今年度を含めた3年間で満期を迎えて償還される表面利率1%超の日本の10年国債と同2%超の20年国債の合計で毎年20兆円を超える高利回りの国債が民間投資家のポートフォリオから姿を消す見込みだ。

日本の1年分の経常黒字に匹敵する資金が毎年手元に戻ってくるのに、十分な金利収入と流動性を確保できる代替投資先を国内で探すのが困難になっている金融機関や公益諸法人の運用担当者の苦悩は察するに余りある。

「為替リスクは抑えたいが、日本の金利が低過ぎるので外債投資を検討せざるを得ない」。そういう辛い立場に追い込まれている国内投資家は、ドルの上値は追いかけないが下値は拾ってくる。日本勢の対外証券投資はドル円の水準に反比例して勢いが変わる。それが為替需給の調節弁になり、上値は伸びないが下値も堅い状況が続きそうだ。

<最近のドル円は「フェアバリュー」付近か>

第4に、近年のドル円が109円台を中心に上下5円程度の狭いレンジで固まっていることについて、国内外の投機筋や実需筋から「怨嗟(えんさ)の声」がほとんど聞こえてこない。

かつてはドル円が狭い値幅で動かなくなると、国内外の短期為替売買ファンの欲求不満が高じ、何かの拍子にそれが解放されると、上下どちらかに激しく相場が動くことがよくあった。

しかし、現在は日進月歩の技術革新や外国為替証拠金取引(FX)業界関係者の営業努力の結果、国内外の投機筋が低コストで売買できる通貨ペアの数は急増している。このため、ドル円が謎のレンジ取引につかまっても短期為替売買ファンは昔のように欲求不満を溜め込まず、トレードの主戦場を他の通貨ペアに移し易くなっている。

また、国内の輸出入企業からは、近年見慣れた1ドル=110円前後の水準であれば、「満足とは言わないが不満でもないので、為替が動かないなら余計な仕事が増えなくてよい」との意見をよく聞く。最近のドル円相場は、いわゆる「フェアバリュー」に近いのかもしれない。

「日米物価格差が示すドル円の購買力平価はもっと円高」、「実質実効為替指数でみると円は歴史的な平均に比べて安過ぎる」などの意見もあるが、アベノミクス開始以降、そんな状態がもう5年以上も続いているのに日本の貿易・サービス収支は現在、赤字と黒字がトントン状態だ。

日本人としてあまり嬉しい話ではないが、かつては米国をもしのぐ超一流の経済大国になりかけた日本がバブル崩壊後の人口減少社会に移行、知らぬ間に一流以下の国になっているのなら、日米物価格差の拡大は経済力格差の所産であって為替のせいではないという議論も可能になる。

近年のドル円相場の水準がもしもフェアバリューに近いのであれば、「均衡値からの乖離(かいり)」を修正するために必要な値幅は小さくなる。もしそのような仮説が正鵠を得ているのであれば、ドル円相場のレンジ取引は予想以上に長期化する可能性もある。

今年は米大統領選挙の年だ。第二段階以降の米中通商協議は長期化が見込まれ、イランや北朝鮮情勢の緊迫化など、厄介な問題は山積している。ただ、再選を狙うトランプ大統領は景気悪化のリスクは冒せない。「株価ファースト」の色彩を一段と強めそうであり、市場の危機感をあおるような交渉はひとまず手控えるだろう。

本稿で指摘した4つの要因に大きな変化が起きない限り、過去約3年近く続いている104円台─114円台のレンジを破らないとみておきたい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

植野大作氏 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 チーフ為替ストラテジスト(写真は筆者提供)

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

(編集:北松克朗)

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