March 11, 2020 / 9:10 AM / 4 months ago

コラム:ドル円パニック相場を支える2つの下値抵抗力=植野大作氏

[東京 11日] - ドル円の動きが目まぐるしい。中国から広がった新型コロナウイルスが米国本土に上陸すると、米株価と長期金利は大きく低下、3月9日には一時101.19円と、約3年5カ月ぶりの安値圏まで差し込んだ。2月下旬の高値112.23円から、たった12営業日で11円を超える暴落だ。

中国から広がった新型コロナウイルスが米国本土に上陸すると、米株価と長期金利は大きく低下、3月9日には一時101.19円と、約3年5カ月ぶりの安値圏まで差し込んだ。写真は1万円と100ドル紙幣。2010年9月撮影(2020年 ロイター/Yuriko Nakao)

ただ、そこからまた一気に5円以上も切り返し、心理的節目の105円前後に復帰するのに24時間もかからなかった。この先どんな展開が待っているのか、誰もが答えに窮する恐怖心理がまん延している。

<つきまとう差し込みリスク>

当面のドル円相場には下値不安がつきまとい、105円割れ水準での差し込みリスクから解放されない日々が続くだろう。米国で新型肺炎の患者が増え始めたのは3月に入ってからであり、これから全米各地で「感染拡大」が報じられそうだ。

毎年2月の節分を過ぎてからお彼岸前後までの時期になると、2月中旬に国内投資家に振り込まれた米国債の利息の一部が円と交換されるほか、3月末に決算を迎える日本企業の海外利益の還流により、円高圧力が強まりやすい。国内外で株や為替が派手に下げたため、本来ならば値ごろ感から買いを検討すべきところ、「年度末前なので動けない」という事情もある。

市場がパニックを起こしていると思われる現在のような局面で下値のめどを探る場合、理屈で考えても分からないので過去のチャートを眺めて判断するしかない。ドル円は今回の急落局面で、2016年11月9日に「トランプ米大統領候補の当選確実」が報じられた直後に刻んだ安値101.20円も下に抜けた。

整数節目の101.00円が次の下値めどとして意識されているが、新型ウイルスの拡散が一体いつまで続き、米国株がどこまで下がるのかを合理的に予測できない以上、目先の抵抗線がどこかについては柔軟に考えるのが無難だ。もしも101.00円で止まらずストップロスの嵐が吹き荒れたなら、心理的節目の100円00銭を試す可能性もあるだろう。

<いまは「売られ過ぎ」の状況>

ただ、だからと言って市場がパニックに陥っているとみられるかなり特殊な局面でみせつけられた暴落劇に気が萎えて「株安・円高一直線」の弱気心理にハマってしまうと、折角到来しているかもしれない押し目買いの好機を逃してしまうリスクもある。

昨年の夏場以降、国内外の株価やドル円は、米中貿易戦争がやっと停戦合意にこぎ着けたという安心感で浮上を始めていた。その直後、中国発の「コロナ・ショック」で打ちのめされて冷静さを失い、現在は短期的にみて「売られ過ぎ」の領域に入り込んでいる可能性がある。

今回の暴落局面でドル円は12営業日で約11円も急落したが、同じ勢いで下がり続けた場合、3月末には86円台まで差し込む計算になる。「スピード違反」と言ってもおかしくない下落ペースだ。

米国株の暴落局面で米国の長期金利は一時、史上最低記録となる0.31%台まで急激に低下した。米政策金利の先物市場はほぼ同じタイミングで、夏ごろまでに米国が「ほぼゼロ金利政策」を復活させる可能性までいったん織り込んだ。

さらなる米利下げの可能性が織り込まれない限り、100円割れが定着する可能性は低いだろう。これまでの米金融政策運営の足取りや要人発言をみる限り、米国の政策金利にはゼロを下回らないという明確な「非負制約」があり、マイナス金利の領域には踏み込んでこないとみられる。

この先、米国で「ほぼゼロ金利政策」が復活した場合、日銀がマイナス金利の深掘りに動く可能性は低いため、米日政策金利差の変化を材料にした「ドル円」通貨ペアの短期売買は低調になるだろう。ドル円相場の趨勢的な方向感や振幅は、実需絡みの為替フローや国境をまたぐ証券投資のフローによって決まるようになるとみられる。

<ドル買いには安定した実需>

そのような認識を踏まえた上で、まず日本の貿易収支に目をやると、現在は小幅の赤字だ。日本企業の貿易慣行では輸入契約の方が輸出契約に比べてドル建て決済の比率が高いため、筆者の試算では、年間5兆円を超えるドル買い切りのフローが発生しているとみられる。今回のようなドル円の急落時に下値を支える「縁の下の力持ち」になっているのではなかろうか。

海外からの利息や配当の受け取り超過により、日本の経常収支は年20兆円前後の黒字を計上しているが、バブル崩壊後の人口減少時代に突入した日本では、国内企業の海外進出が活発になり、対外直接投資の流出超過が経常黒字と肩を並べる金額まで膨張している。実需絡みの為替フローが円高・円安どちらか一方だけに恒常的に偏っているとは思えない。

日本からの対外証券投資も相変わらず活発だ。日銀による超低金利政策が長引く中、民間投資家の手元には過去に発行された高利回りの日本国債の償還金が3カ月に一度、5兆円を超える勢いで戻されている。今月はまさにその月であり、来週末には利率1%を超える長期国債、2%を超える超長期国債の合計で約5.7兆円も「何かに投資しないといけない」資金が戻る予定だ。

現在、日本の金融機関や財団法人は、来年度以降の資金運用計画を練っている。日本国債の利回りが満期10年よりも少し先の領域までマイナス圏に水没している環境下、毎年20兆円を超える勢いで戻ってくる償還金を「マイナス金利の国内債」に再投資するのはさすがに厳しい。

米国の債券市場に貴重なプラスの金利が残っている限り、ドル円の水準に反比例して増加する日本からの対外証券投資が下値をサポートする状況が続くだろう。国内投資家によるドル建て債券への投資意欲は、米長期金利の水準に比例して増すため、この先どこかで米10年国債利回りが新型ウイルス拡散前の1%台半ばに復帰するような環境が整えば、ドル円は本格的な失地回復に向かうとみられる。

<105円割れは「場外乱闘」の可能性>

現在は「会計年度末の目前なので動きたくても動けない」という国内投資家の運用資金は、新たな年度を迎えると国内外の株式市場や外国為替市場で素直な相場感を反映した売買を再開できるようになる。

正確な時期を特定するのは難しいが、中国の先例をみると、新型ウイルスの感染拡大が始まってから数カ月程度で患者数は峠を越えている。

日本で新たな会計年度が始まる4月以降、どこかで米国内での感染拡大にブレーキがかかって事態が終息に向かい始めれば、米国債市場に大量避難していた投資資金が株式市場に復帰、これまでの下げが激し過ぎただけに、反動による米長期金利と株価の切り返しも意外な強さをみせそうだ。

そのような市場環境の変化が起きれば、ドル円は新型ウイルスが米国に本格上陸する前まで約3年間も見慣れた景色だった1ドル=104円台─114円台の取引レンジの中心付近に戻ることは十分可能だろう。

「1カ月間で5878ドルのNYダウ暴落」、「米長期金利0.31%台の史上最低記録更新」を「コロナ・パニック」がもたらした異常値とみるならば、ドル円の105円割れも場外乱闘である可能性が高い。この春、105円割れのドル円は、買い下がりで臨みたいと考えている。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

植野大作氏

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

(編集:北松克朗)

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