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コラム:混迷のブレグジットで沈む通貨と浮かぶ通貨=植野大作氏

[東京 14日] - イギリスの欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)に向けた協議が最後の難所を迎えている。両者が離脱前と変わらぬ関係を続ける「移行期間」は、今年12月31日で期限が切れる。にもかかわらず、英国のジョンソン首相はこの期に及んでEUと一度約束した離脱条件の一部を骨抜きにする国内法を成立させ、相手に譲歩を迫る強硬策に打って出た。

10月14日、イギリスの欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)に向けた協議が最後の難所を迎えている。写真は1月、英首相官邸前に掲げられた英国旗(2020年 ロイター/Toby Melville)

国際法違反の疑いもある英国の暴挙に対し、当然だがEUは怒りを露わにしており、10月15日から始まるEU首脳会議までの完全合意は難しい情勢だ。年末のデッドラインまでに両者が新たな通商協定を結べなかった場合、ひとまず回避したはずの「合意なき離脱」の悪夢が現実のものとなり、英欧経済の大混乱は不可避になる。

ブレグジットを巡る土壇場の混乱は為替相場にどう影響するのか。以下、この問題で沈む通貨と浮かぶ通貨を考えてみたい。

<ポンドの下値試し、「未知の領域」はあるか>

ブレグジット協議の成否にかかわらず、これから価値が一番下がりそうな通貨はやはりポンドだ。英国とEUの協議が決裂した場合、英国経済は新型コロナ不況と関税等復活のダブル・パンチに見舞われて再び失速、ポンドは恐らく急落するだろう。

今年3月に記録した35年ぶり安値の1ポンド=1.1412ドルを突破したら、テクニカル的な節目は、過去最安値の1.0520ドルまで見当たらなくなる。もしその水準を割った場合は、「未知の領域」での下値試しだ。1ポンド=1ドルの等価交換まで意識すべきかもしれない。

ただ、さすがにそこまでの強硬姿勢を両者が貫く可能性は低い。英国の無作法に眉をひそめているEUも、交渉打ち切りの姿勢は示していない。年明けからの経済の大混乱を回避するのに必要な部分的な自由貿易協定くらいは、何とか成立させるだろう。

その場合、「最悪のシナリオ」が消えたことによるひとまずの安堵(あんど)感が市場に広がってポンドは一瞬買われそうだ。だが、冷静に考えると、英国がEUとの「けんか別れ」を回避しても、経済的に明るい将来が待っている訳ではない。EUが英国に「いいところ取り」を許さぬ姿勢を貫く以上、「関税ゼロ」の貿易で合意できても、非関税障壁は復活、EU加盟国と同等の付き合いはできなくなる。

そのような状況を見越して、国際競争力のある企業や人材の「英国離れ」が着実に進んでいる。今後、英国の国力はゆっくりとむしばまれ、経常収支の赤字はさらに拡大するだろう。英国がEU加盟国の特権を失うことで被る経済的損失は想像以上に大きいのではないか。「合意なき離脱」を回避して一時的にポンドが買い戻されても、中長期的な通貨安圧力は払拭できないだろう。

<ユーロ、中長期には買い圧力も>

一方、ブレグジット完了後のユーロには複雑な影響が及びそうだ。英国との離別によって発生する様々なビジネス上の不都合は、ユーロ圏にとっても経済的に痛手であり、そこだけみればユーロの価値にもマイナスの影響が及ぶだろう。

この先、年末を見据えたブレグジット協議が瀬戸際まで難航した場合、少なくとも短期的にはユーロも「売られる側の通貨」になる。ユーロ/ドルEUR=EBSやユーロ/円EURJPY=EBSには下落圧力が掛かりそうだ。

ただ、ユーロ圏の経済規模は英国よりはるかに大きい。自由な交流が制限されることによって受ける経済的な打撃は、英国よりもユーロ圏の方が小さそうだ。このため、今後のブレグジット協議が難航してユーロ/ドルやユーロ/円が下落する場合でも、世界で9番目の出来高を誇る「ユーロ/ポンド」の市場では、ユーロが買われてポンドが売られる可能性が高い。

また、もっと長期的な観点でみると、これまでEU域内における企業統治の本社機能や活動のハブを英国内に置いていたグローバル企業が、ブレグジット後の英国に見切りをつけて大陸欧州に引っ越す動きが活発化する場合、ユーロ圏の経済力はむしろ底上げされるかもしれない。

このため、英国のEU離脱によってユーロの価値が一方的に減価し続けることはないだろう。ドーバー海峡をわたって、英国からEUへと、企業、人材、資金の移動が起きたなら、長期的にはむしろユーロ高圧力が発生する可能性もあるのではなかろうか。

<スイスフランは上昇、ドル円には下押しも>

その他の欧州通貨では、スイスフランが値上がりしそうだ。もともとEU加盟国でないスイスは、ブレグジット絡みのもめ事に巻き込まれないため、これまでも英国とEUの協議が険悪なムードになるたびにリスク回避マネーの疎開先に選ばれ、当局が望まぬ通貨高圧力にさらされてきた。

昔からスイスフランは「永世中立国」の通貨なので地政学リスクに強く、経済的にも「低インフレ」、「経常黒字」、「対外純資産」などの条件がそろっているため、市場心理が悪化すると買われやすい「安全通貨」の代表格だとみられている。1999年にユーロが発足した後は、それまでの欧州最強通貨だった独マルクの身代わりになり、理不尽な通貨高圧力に一層見舞われやすくなった。

スイス中銀(SNB)はそのような事態を憂慮、これまでも望まぬ通貨高防御のために外為市場でフラン高けん制の口先介入や覆面売り介入を繰り返している。だが、SNBがどんなに頑張って金融緩和や為替介入を実施しても、大国から押し寄せる通貨高圧力を防ぎ切るのは難しい。

実際、かつての欧州債務危機でフラン高が進んだ時、SNBは無制限のフラン売り介入を宣言して1ユーロ=1.20フランの防衛線を死守しようとしたが、「欧州中銀(ECB)の協調介入」という援軍を全く期待できない3年4カ月に及ぶ孤独な籠城戦に耐え切れず、2015年1月にフランの歴史的暴騰を招く唐突な「敗北宣言」に追い込まれた。

SNBには気の毒だが、この先ブレグジット絡みの瀬戸際交渉が山場を迎える局面で一番買われやすい通貨は、やはりスイスフランになる。スウェーデンやノルウェーなど、その他の欧州通貨にも上昇圧力は掛かりそうだが、スイスフランほどではないだろう。

最後に、今後のブレグジット協議がドル/円相場に及ぼす影響についても触れておく。「英国とEUのけんか別れ」という最悪のシナリオが実現した場合に限り、ドル/円市場にも想定外のショックが走って1ドル=100円割れを再び試す展開になるかもしれない。

実際、2016年6月の英国民投票で「まさかのEU離脱」が決まった直後には、外国為替市場全体に激震が走ってマーケットがパニックに陥り、ポンド/円の暴落に巻き込まれてドル/円も一時99円02銭付近まで急落した。

<ブレグジットの経済的敗者は英国>

だが、その後4年以上の月日が流れてブレグジット絡みの瀬戸際交渉がもめるのは、多くの市場関係者にとって「見慣れた風景」となっている。今後のブレグジット協議が再び難航しても、市場が恐れる最悪のシナリオさえ回避できれば、これまで同様、ポンドに対してドルと円がシンクロして動くため、ドル/円市場にはあまり響かない状況が続きそうだ。

今さら指摘するまでもないが、ブレグジット絡みの資金移動に直接刺激されて動くのは、あくまでもヨーロッパの通貨だ。ブレグジットをテーマにした為替トレードに挑むなら、アメリカや日本からの雑音が混じるドルや円が関わっていない通貨ペアを選ぶ方が賢明だ。

「ブレグジット完了後の経済的な敗者は英国」という我々の見立てに誤りがなければ、中長期的にはポンド売りに焦点を絞り込んだ長めの為替ポジションを持つのが合理的だ。本稿で示した考察を踏まえ、「ユーロ/ポンドEURGBP=の買い」か「ポンド/スイスGBPCHF=の売り」を推奨したい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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