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コラム:壮年の活力持つEUと衰退の日本、ユーロ円は右肩上がりの基調=植野大作氏

[東京 13日] - ユーロ/円が調整色を強めている。7月8日には一時129円63銭と4月23日以来、約2カ月半ぶりに心理的節目の130円00銭を割る場面があった。

 ユーロ/円が調整色を強めている。7月8日には一時129円63銭と4月23日以来、約2カ月半ぶりに心理的節目の130円00銭を割る場面があった。植野大作氏のコラム。独フランクフルトで2017年3月撮影(2021年 ロイター/Kai Pfaffenbach)

その後下げ渋っているが、6月初旬に一時134円13銭と約3年4カ月ぶりの高値を記録した後だけに、これまで続いてきたユーロ高局面がそろそろ終わるのか、まだ続くのか、市場の見方は分かれている。以下、筆者の見解を示してしておきたい。

<ワクチンで売られ過ぎた円>

この先数カ月間、ユーロ/円は調整含みの展開が続きそうだ。今年の春ごろから一方的に進んできた主要通貨に対する円の全面安は「日本のワクチン普及の遅れ」という分かりやすいテーマを追い風に、やや一方的に進み過ぎていた感が否めない。

ただ、最近は日本でも新型コロナワクチン接種が進んで、欧米諸国を猛追している。最新流行のテーマに敏感な外国為替市場の住人は「熱しやすくて冷めやすい」のが持ち味だ。そろそろ「ワクチン・ネタ」の賞味期限は切れるだろう。

<ドイツ総選挙への不安>

一方、ドイツではこれまで15年8カ月間も首相を務めてきたメルケル氏が、今年9月の総選挙に出馬せずに政界引退の意向を示している。英国のアイルランド議定書違反を巡る問題についても、現在は欧州連合(EU)が9月末までの延長を認めて休戦中だが、紛争の火種はくすぶっている。

これからしばらくの間、市場のテーマは「ドイツの政局不透明感」や、「英欧間の通商摩擦」などにシフトしそうだ。現在、シカゴ通貨先物市場では比較的高水準のユーロ買い・ドル売りポジションが残っており、ドイツの選挙前に整理されれば、ユーロ/ドルの下落につられて、ユーロ/円も一時的には130円割れが定着する可能性があるだろう。

ただ、今秋のドイツ総選挙で誰が次の首相になったとしても、「ユーロ離脱」を主張するような過激な政権が誕生する可能性は小さい。EUと英国の通商摩擦は根深い問題だが、激化した場合はユーロ/円より取引量の多いユーロ/ポンド市場でユーロ高圧力が発生する。

<骨太トレンドはユーロ買い・円売り>

この先、一時的にユーロ/円が調整しても、ファンダメンタルズや為替の基礎的需給によって決まる「骨太のトレンド」は引き続き右肩上がりだと考えている。ドイツの総選挙が終わってばく漠とした政治的モヤモヤ感が解消されれば、ユーロ/円は再び上昇気流に戻る可能性が高い。この先、130円割れが再び起きても、52週移動平均線が位置する127円台から下のレベルは押し目買いの好機なのではないか。その理由は以下の3点だ。

<欧州復興債の追い風>

第1に、新型コロナ不況の克服のため、昨年7月のEUサミットで創設された欧州復興基金がようやく動き出した。EUは6月15日に今後5年間で総額およそ8000億ユーロに相当する「復興債」の第1弾を発行して資金調達を開始した。欧州委員会の発表によれば、7月中にも加盟国への補助金や融資の供与が始まるようだ。

今後、EU加盟国による共同債発行を介した一時的な債務の共有化や国境をまたぐ財政の移転が起きることで「通貨と金融政策は統一したが、財政政策は各国バラバラなので経済・金融危機が起きても強い国が弱い国を援護できない」というユーロの構造的な弱点は補強される。

EUの経済規模に比べると復興基金の金額はまだ小さく、この先何年間に分けて供与される補助金の景気浮揚効果は限られそうだ。ただ、新型コロナウイルスの拡散がもたらした公衆衛生上の危機が触媒になり、ユーロ域内の南北格差を埋める財政の仕組みが稼働し始めたことは不幸中の幸いであり、まさに「雨降って地固まる」の典型例だ。

今後、実際にEU共同債の発行が増えて安全資産としての存在感が高まれば、ユーロ価値の安定にも寄与するようになるだろう。実際、域内外の投資家のニーズは強いらしい。

<急増するユーロ圏の貿易・サービス黒字>

第2に、ユーロ圏の経常収支が近年著しく改善している。1999年にユーロが発足してから最初の十数年間、ユーロ圏の貿易・サービス収支は赤字と黒字の狭間をうろつく中途半端な状態だった。だが、2012年ごろを境に安定的な黒字基調に転換。その後、どんどん膨らみ続けて最近では年率5000億ユーロ前後に達している。

近年、ユーロ圏が域外との貿易・サービス取引で稼ぎ出す黒字は、中小規模の先進国の国家予算を軽く上回るような金額だ。この先、黒字の累積による対外純資産残高の積み増しが進めば、域外資産からの利息や配当で稼ぐ第1次所得収支の黒字額も地味に増えてくるだろう。ユーロ圏の国際収支は非常に若々しい発展途上の段階にある。

他方、かつての日本は、ドル/円が100円割れとなっても恒常的に巨額の貿易黒字を稼げる国際競争力を誇っていた。しかし、近年は為替水準にかかわらず年間5兆円を超える黒字を計上するのが難しくなり、海外からの輸入に頼る資源が値上がりすると貿易黒字がほぼ消滅するような体質の国になっている。このため、今の日本は国際収支の発展段階論では「成熟した債権国」に移行、海外からの利息や配当でしか安定的な黒字を稼げない「老いた黒字国」になっている。

国際競争力のあるユーロ圏の製造業や観光業が稼ぐ巨額の貿易・サービス黒字を背景に市場に持ち込まれるユーロ買い・外貨売り切りの為替フローは、ユーロの下落局面では下値サポートのカウンターを当てる一方、上昇に転じる局面では、ユーロ高圧力を増幅するスパイスになる。

近年のユーロ圏の国際収支の構造をみると、まるで昭和の末期から平成初期の日本のようであり、今後のユーロはかつて円がたどった足跡を歩む通貨になる「素質」がある。

<割安水準にあるユーロ>

第3に、上記のようなユーロ圏の国際収支の動きは、今のユーロが割安であることを暗示している。ユーロの円に対する適正値を探るため、最初に基軸通貨・ドルとユーロの購買力平価を試算すると、ユーロ発足以来の欧米インフレ格差で試算される足元の適正値は、今年の5月には1ユーロ=1.30ドル台まで上昇してきている。

現在のユーロ圏の国際競争力に照合した場合、1ユーロ=1.30ドル前後が妥当な水準だという筆者の見立てに誤りがなければ、ユーロ/円の適正価値は「当該時点におけるドル/円相場の1.3倍程度」という計算式で求められることになる。

「日米の物価格差で計算されるドル/円の購買力平価は、今よりもっと円高だ」という議論は昔からよく耳にするが、日米の物価格差が目立つ状態が何年も続いたら、かつての日本ならあっという間に貿易黒字が増え過ぎて、数年以内に円高・ドル安方向への収れん圧力が働いた。

日本の国力低下を背景に、過去数十年間で日米の平均的な働き手の年収の水準には何割もの差がついてしまっている。最近我々が感じている日米物価の差は為替がドル高・円安過ぎるからではなく、日本人と米国人の給料に埋め難い差がついてしまったからである疑いが濃厚だ。

当面のドル/円相場が110円前後の横ばい基調で推移する場合、ユーロ/円の取引レンジはユーロ/ドルの割安修正につれて切り上がり、やがて1ユーロ=140円台が視野に入ってくるだろう。

この夏、ドイツの政局や英欧通商摩擦などをテーマにユーロ/円に差し込み傷が入ったなら、押し目買いで臨みたいと考えている。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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