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コラム:外為市場は日本の政局スルーか、ドル安受け皿になれない円の構造変化=植野大作氏

[東京 11日] - 日本の政局がまもなく動くかもしれない。9月末には菅義偉首相の自民党総裁としての任期が切れ、10月21日には衆院議員が任期満了を迎えるからだ。

日本の政局がまもなく動くかもしれない。9月末には菅首相の自民党総裁としての任期が切れ、10月21日には衆院議員が任期満了を迎えるからだ。写真は2013年4月、都内で撮影(2021年 ロイター/Toru Hanai)

このうち、自民党総裁選の実施時期については、今後の世論動向なども踏まえた党内の政治力学で流動的に動くかもしれないが、憲法の規定で衆院議員の任期は変更できない。法律の規定に照らした上で、日曜日に実施される慣例を加味すると、どんなに遅くても11月28日(日曜日)よりも先に投開票日を延ばすのは難しいようだ。

<材料視されない政局>

この先、そう遠くない将来に衆院選が実施される可能性が高いが、最近の世論調査では、菅内閣の支持率が「危険水域」と言われている30%前後まで下がっている。このため、「政権交代」まで予想する向きは少数派だが、「首相交代」はあるかもしれないとみる市場関係者が増えている。

ただ、今後の政局で首相が交代してもしなくても、ドル/円相場の価格形成にはほとんど響かないだろう。実際、過去約半世紀近い為替変動の歴史を振り返っても、「ドル/円」という通貨ペアのすう勢的な動きは米国側の政治、経済、政策動向によって概ね決しており、日本の政治がテーマになって「骨太の潮流」が変わったケースはほとんどなかった。

唯一の例外と言えるのは、今から約9年前の衆院選で自民党が政権に復帰し、その後に発足した第2次安倍晋三内閣の下で強烈なリフレ政策への期待が強まった時だけだ。当時は自民党が日銀による物価目標2%への引き上げを強く主張。大胆な金融緩和によるデフレ退治を政権公約に掲げて大勝し、その後に金融政策の歴史的大転換が起きたため、為替のトレンドにすさまじく響いた。

一方、次の衆院選はこれまで菅内閣が取り組んできた新型コロナ感染症対策の是非を問う「信任投票」という位置づけになりそうだ。「アベノミクス」の開始前後に急激に高まったリフレ政策による日本経済の再建を目指す政治的な情熱は、近年すっかり冷めた印象が否めない。「あるべき日本の金融政策」が次の総選挙の争点になる可能性は、ほぼ皆無だろう。

このため、次の衆院選の結果がどうであれ日本の金融政策に波風は立たず、ドル/円相場に大きな影響が及ぶ可能性は非常に小さい。総務省が8月に行った消費者物価指数の基準改定で足元における日本の基調インフレ率は、マイナス圏で低迷している様子が確認された。日銀緩和の出口に至る道筋は依然として視界不良の状態にあり、大規模緩和の「現状維持」が粛々と続きそうだ。

<市場の目は米金融政策>

結果的に、今後のドル/円相場のトレンドは、米国の金融政策で決まることになりそうだ。そのような状況認識の下で、現在の米連邦準備理事会(FRB)の金融政策運営スタンスをみると、6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で更新された政策金利の予想分布では、2023年末までの利上げ開始を予想する参加者が18人中13人に増えていた。

このため、そこから逆算されるイメージとして、1)年内には資産購入の減額(テーパリング)の具体策を決定、2)来年の年明けごろからテーパリングがスタート、3)来年中には月間の資産購入額がゼロになってテーパリングが終了、4)2023年中には利上げが始まるという米金融政策正常化の青写真が、市場参加者の心象風景の中に刷り込まれつつある。

日米金融政策のベクトルの違いが改めて鮮明になる中、当面のドル/円相場は下値が堅く、上値が軽くなりやい地合いが続くだろう。FRBが金融政策の正常化論議を進めていることは、既に市場の共通認識になっているため今後、米国で実際にテーパリングが始まっても極端なドル高・円安が進むとは思いにくい。ただ、少なくとも今の状況で積極的に円を買う理由は見当たらない。

<逃避先の魅力低下している円>

米国の財政赤字や経常赤字の拡大によるドル不安の高まりを指摘する意見もあるが、日本の累積財政赤字で積み上っている政府債務残高は国内総生産(GDP)比260%で米国の約2倍もある。米国の放漫財政を嫌ってドル売りに動く投資家が今後増えたとしても、経済規模との比較で米国の2倍の政府債務を抱える日本の円は、安全な避難先として選ばれ難いのではないか。

米国の経常赤字の大きさに着目してドル売りを検討する投資家がこれから増える場合でも、そういう理由で「ドル離れ」を決断した逃避マネーの疎開先としては、貿易サービス収支を中心に巨額で高品質の黒字の膨張が目立っているユーロ圏や、経常黒字のGDP比が日本の何倍もあるスイスなどが選ばれやいだろう。

近年、オーストラリアも貿易収支の黒字が増えて経常黒字国に変貌しつつあり、米国から世界最大の貿易黒字を稼いでいる国は言うまでもなく中国だ。米国の経常赤字を嫌って発生するドル売り圧力の受け皿を探すなら、日本よりも条件が良さそうな国は数多く存在することがわかる。

ちなみに近年の日本は、海外からの利息や配当でしか安定的な黒字を稼げない「老いた黒字国」になっており、そのような経路で稼いだ外貨の黒字は円転比率も低めなので、海外直接投資や証券投資などの流出に伴う円安圧力が表面化すると円高圧力は相殺されがちだ。また、近年の日本の貿易サービス収支は赤字と黒字スレスレの水準で推移しているため、恒常的な円高圧力の発生源にはなっていない。

あくまで私見だが、米国が抱えている「双子の赤字」に立脚したドル安圧力を真正面から受け止める体力があったのは、「昭和の日本」や「平成の日本」だったような気がしている。「令和の日本」に同じようなイメージを持つのは、少し酷なのではなかろうか。

現在、ドル/円相場の代表的な長期トレンドである52週移動平均線は、右肩上がりの傾向を維持しながら107円00銭付近を通過中だ。「日米両国の金融政策の違い」というファンダメンタルズの裏付けを伴っているテクニカルのサインが「ダマシ」である可能性は低い。

晩夏から秋口にかけ、もしも何かの拍子にドル安・円高に振れたなら、「52週線アラウンド」の価格帯をバックストップに見立てた押し目買いで臨みたい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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