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コラム:総裁選は「コップの中の嵐」、ドル円のカギは日米金利差=植野大作氏

[東京 14日] - 菅義偉首相が今月3日、自民党総裁選に出馬しない意向を示し、事実上の退陣表明を行った。突然の意思表示を受けて、自民党内ではポスト菅の座を争う権力闘争が活発化し、日本の政局は「流動化の秋」を迎えた。この政局要因がドル/円相場に及ぼす影響について、分析を進めていきたい。

 菅義偉首相が今月3日、自民党総裁選に出馬しない意向を示し、事実上の退陣表明を行った。植野大作氏のコラム。写真は2013年2月撮影(2021年 ロイター/Shohei Miyano)

<退陣表明後の変動幅は27銭>

結論を先に明示すると、自民党の総裁選に勝ってだれが「次の総理」の座を射止めたとしても、ドル/円相場の価格形成にはほとんど響かないだろう。

まず、菅首相が退陣を表明した9月3日に外為市場で何が起きたのか、確認しておこう。11時50分、NHKが「菅首相、自民党総裁選に出馬せず」と速報し、最初の1分間はティックが下振れた。政治的不透明感の高まりによる「リスクオフの円高」の連想が働いたとみられ、109円93銭付近から80銭まで、13銭ほどドル安・円高が進んだ。

ただ、ドル/円相場が示した1次反応はこれで終了。その後は株価にらみの2次反応が観測され、内閣刷新後の政策発動期待で、昼休み中も動いている日経平均先物が大幅に上昇し始めると「リスクオンの円安」サイドに切り返し、約14分後には110円07銭付近まで反発した。

もっとも、この日の為替市場関係者にとって最大の注目イベントはニューヨーク市場で発表される米8月雇用統計だったこともあり、ドル/円の振れ幅は上下とも非常に限られた。

結局、「日本の首相退陣」の第一報に対してドル/円が生体反応らしきものを示した時間は1次反応と2次反応の両方を合わせても15分未満と短く、最大値幅もわずか27銭で収束した。

「日本の首相が退陣へ」という仰天ニュースの割に、ドル/円相場の反応は非常にさめていた印象が否めない。その後、各種メディアは自民党総裁選に名乗りを上げた各候補者が主張する政策などについて続々と新たな情報を報じているが、ドル/円相場は凪(なぎ)の状態を継続、何日間も値幅1円未満のレンジ取引に終始している。

<安倍氏退陣の際には円高>

昨年の夏には、安倍晋三首相(当時)の辞任という「ニュース」があった。8月28日14時、NHKが「安倍首相辞任」との一報を流すと、ドル/円相場は106円73銭付近から急降下し、ドル安・円高ショックの衝撃波が延々7時間も収まらず、ニューヨーク市場の朝方には一時105円20銭まで下げ、1円53銭の円高が進んだ。

安倍氏退陣のニュースがもたらす円高ショックが大きくなったのは、彼が「アベノミクス」の提唱者であり、2012年12月の第2次安倍内閣発足後に政治主導で日銀の物価目標を2%に引き上げさせた上で、任期満了前に退任する白川方明日銀総裁(当時)の後任に今の黒田東彦総裁をスカウト。日本の金融政策に歴史に残る大転換をもたらした張本人だったからだ。

「安倍首相が辞任する」とのニュースに接し、当時は一部の海外投機筋などの間で「安倍内閣が退陣した後、首相と二人三脚でデフレ克服に取り組んできた日銀の黒田総裁も一緒に辞める」などという出所不明の怪しいうわさが流れたりした。そのことが、非常に強烈な円高ショックの一因になった。

ただ、菅首相が退陣表明をした今回は、それに類する変なうわさ話は出回っていない。新型コロナ対策が喫緊の政策課題になっていることもあり、自民党総裁選に出馬を表明した各候補者とも、黒田日銀総裁が行っている持久戦模様の大規模緩和については概ね是認し、見直しの必要性を唱えている様子はない。

偶然の一致ではあるが、自民党総裁選の投開票日に当たる9月29日、黒田日銀総裁は在任3116日を迎える。1946年から54年まで、第18代日銀総裁を務めた一萬田尚登(いちまだ・ひさと)氏の3115日を抜いて歴代最長の在任記録の更新が見込まれている。その後も2023年4月8日まで、黒田日銀総裁の任期は1年半以上も残っており、次の首相が誰になったとしても、日本の金融政策運営スタンスが劇的に変わることはないだろう。

<材料は、日米金融政策のかい離>

そこで改めて日米両国の金融政策を比べてみると、7月に出した経済・物価情勢の「展望リポート」で日銀は、2023年度のコアインフレ率の見通しを前年度比プラス1.0%としており、物価目標2%に届かないとの予想を示していた。

2%の「物価安定の目標」という看板を日銀が降ろさない限り、「マイナス0.1%の短期金利、ゼロ%程度の長期金利」で構成される超・低金利政策は、黒田日銀総裁の在任期間中に解除されることはなさそうだ。

一方、米連邦準備理事会(FRB)は6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で更新した最新の経済・金利見通しで2023年中に少なくとも1回以上の政策金利引き上げを予想している参加者が18人中13人に増え、予想分布の中央値で示される同年末の政策金利は0.625%と、現行の0.125%から0.25%刻みで2回分の利上げが見込まれていた。

もちろん、FRBが本当に見通し通りの利上げに踏み切ることできるかどうかについては、今後の米国経済・物価の動向次第なので、100%の保証はない。ただ、「FRBの見通し通りの景気回復が進めば、再来年には利上げが視野に入ってきそうな米国」と、「日銀の見通し通りに景気が復調しても、利上げの議論ができそうにない日本」の違いは歴然としている。

日米両国の金融政策の違いに照らして素直に考えるなら、この先しばらくの間、日本の政局にあまり左右されずにドル/円相場の取引レンジは、緩やかに切り上がって行くとみるのが自然だ。日本とアメリカの金融政策運営に甚大な影響を及ぼさない「自民党内のいす取りゲーム」は、外国為替市場関係者にとっては、いわゆる「コップの中の嵐」に過ぎない。

ドル/円相場のすう勢判断の軸足は、日米の金融政策見通しに置いて動かさない姿勢を維持しておきたい。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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