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コラム:「円安国患論」は真実か、不利益回避の道を探る=植野大作氏

[東京 11日] - 今年秋口以降、急速に進んだドル高・円安の動きを受け、市場の一部で「円安国患論」が強まっている。実際、国際競争力のあるモノ作りの拠点の多くが海外にシフトした令和の日本では、円安が進んでも昔のような勢いでは輸出が伸びなくなっており、貿易面での円安メリットは享受しにくくなっている。

11月11日、 今年秋口以降、急速に進んだドル高・円安の動きを受け、市場の一部で「円安国患論」が強まっている。写真は円とドルの紙幣。2013年2月撮影(2021年 ロイター/Shohei Miyano)

一方、あまり急激に円安が進み過ぎると円に換算した輸入コストが高まるため、国内での売り値に転嫁できなければ企業収益が圧迫されるし、転嫁できても最終財の店頭価格が値上がりするため、個人消費の痛手になる。どちらにしても円安による輸入価格上昇の負担は誰かが追わなければならない。

<円安と資源高>

最近は一時7年ぶりの高値圏まで値上がりした原油をはじめ、天然ガスなどのエネルギー産品、穀物や肉類などの農畜産物、産業用金属や貴金属など、日本が海外からの輸入に依存している物品の価格が軒並み上昇しているため、日本経済にとっての円安デメリットが目立ちやすくなっている。

現実に、ガソリン価格の高騰や一部の食品、外食サービスなどを中心に「値上げの秋」を報じるニュースが増えている。我々の生活実感からも「円安国患論」を身近に感じる場面が増えている。傾聴すべき点は確かに多い。

ただ、最近の円安は本当に日本経済にとって悪影響の方が大きいと断言できるのだろうか。昭和や平成の中頃までと違い、令和の日本は国際商品市況がちょっと上がると貿易収支がすぐに赤字になるような体質の国になっているので、貿易面だけに焦点を当てると円安の悪影響の方が大きく感じるのは事実だ。

<円安で膨らむ海外からの利息・配当>

だが、現在の日本は世界最大級の対外純資産国であり、2020年末の資産から負債を差し引いた純資産残高は証券投資で99.8兆円、直接投資で166.3兆円、外貨準備で144.2兆円もある。これらの資産から定期的に上がってくる海外からの利息や配当による第1次所得収支の黒字は年間20兆円をはるかに超えている。

今の日本は国内で作ったものを輸出して黒字を稼ぐのではなく、資本を輸出して利息や配当で黒字を稼ぐ国になっているので、円安のメリットは一般には見えにくい。

ただ、この秋に進んだ円安・外貨高で保有している外貨建て資産の評価額が値上がりしたり、海外保有資産からの利配収入の円建て受取額が増えたりして喜んでいる人も実際には数多くいるはずだ。

<客観化すべき円安の得失>

値上がりするとほとんどの関係者が幸せになる株価と違い、為替は円高、円安どちらに振れてもメリットを受ける側とデメリットを被る側の利害が複雑に入り混じる。一般に、為替変動によって損害を受けている人は声を大にして困っていることを主張する一方、望外の儲けを得ている人は静かに喜んでいることが多い。

メディアの取材や報道は、どうしても騒ぎが起きている方に偏りがちなので、為替が円高に振れたときは円高の悪影響に偏った報道が多くなって「円高悪玉論」が台頭しがちだ。

一方、円安サイドに大きく振れると円安の悪影響にスポットライトが当たって「円安国患論」が紙面や画面を賑わす傾向がある。

しかし、現実には為替は円安・円高どちらに振れても日本経済に良い影響と悪い影響が混在するので、片側だけを強調し過ぎるのはバランスを欠いている。10月下旬に開かれた日銀金融政策決定会合後の定例会見で黒田東彦日銀総裁は、円安のメリットにも触れながら「円安国患論」に偏向しているきらいがある最近の一部報道に対して否定的な見解を示していた。

「そもそも論」になってしまうが、今から約48年前、1973年の春に日本は為替の変動を市場メカニズムに委ねる変動相場制に移行して現在に至っている。円貨と外貨の交換レートの決定は市場に任せ「上がるべき時に上がり、下がるべき時には下がる」ことをありのままに受容するのが、中長期的には最適な資源配分を促す、という理念がその根底にあることは言うまでもない。

為替相場の予測を専門にしている立場上、筆者はそのような市場メカニズム重視の考え方に賛同している。誤解を恐れずに言い切るなら、市場が決める為替レートは常に正しく、神の見えざる手によって自由に動く為替レートの善悪を論じられるほど、深い英知を備えた人間がいるとは思えない。「市場が決める為替レート」に対しては、尊崇意識をもって接すべきだ。

<デメリットの排除方法>

もちろん、だからと言って最近の円安によって生じている悪影響を無視して良いというわけではない。円安によるメリットだけを享受して、デメリットだけを上手に排除できる手段があるのなら、活用した方が良いに決まっている。

ただ、今の日本の産業構造では、海外からの輸入に頼っている国際商品の価格が大きく値上がりした時に、貿易収支が赤字になるのは避けられない。エネルギー、食料、金属などは我々が生きていくのに絶対に必要な物資なので、どんなに値段が上がって大変でも、買わざるを得ないからだ。

日本の貿易収支が赤字になれば、「他の条件が一定」なら輸入超過分の決済に由来して価格弾力性が極めて低い外貨買い・円売り需要が発生するのは自明の理であり、いくら円安の悪口を言っても悪影響は緩和されない。

為替の需給は大別すると「投機」、「投資」、「実需」に分類できるが、このうち、「投機」と「投資」は為替の水準をみて売買の是非や別を判断できるが、「実需」にはそのような裁量の余地がほとんどないのが悩ましいところだ。

したがって日本が現在被っている円安の悪影響を根本的に排除するには、これまで何十年もかけて海外に引っ越してしまったモノ作りの拠点を国内に呼び戻したり、海外からの輸入に頼っているエネルギーや食料の自給率を引き上げる取り組みなどを強化するしかない。「円安国患論」の台頭は、そのような努力を政府や企業に促すという点で歓迎すべき面もある。

ただ、海外に引っ越してしまった生産拠点を国内に呼び戻したり、燃料や食料の自給率を上げたりするのは、政策的なインセンティブを工夫することで可能だとしても、効果が出るまで相当な時間がかかることは言うまでもない。経済の安全保障にかかわる国の体質強化は「一朝一夕」には実現できない。

<個人が活用可能な資産運用法>

そのような日本経済の現況を踏まえ、資源高や円安の進行時に貿易面で発生する不可避の痛手を緩和するため、我々が手軽に早くできる取り組みが1つだけある。外貨建ての資産を持つことだ。資源高や円安が進むと困る人ほど、保険の意味合いを込めて、そのような局面で儲かる資産を持つのが望ましい。

その際、世界の基軸通貨として国際商品の決済に最も多く使われている米ドルだけではなく、代表的な天然資源や農林畜産物の輸出国通貨である豪ドル、カナダドルやニュージーランドドル、あるいは一部の新興国通貨なども有力な選択肢になるだろう。資源の輸入国に暮らす日本人が、資源輸出国の通貨に投資するのは国際分散の理屈にも合っている。

昔は多くの種類の外貨を混ぜて持つのは大変だったし、手数料も高めだったが、最近はグローバル分散をうたう投資信託やレバレッジが低めのFX(外国為替証拠金取引)などを活用すれば、手元のスマホで簡単に低いコストでの購入も可能だ。「円安国患論」が取りざたされている今、長期の視点で始めてみるのも一計だろう。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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