[東京 30日] - 時の経つのは早いもので、今年もあと1日で大みそかだ。今年1年を改めて振り返ると、年明け早々の1月初旬、一時102円59銭付近まで下落していたドル/円相場は、その日をボトムに切り返し、11月下旬には一時115円52銭と、2017年1月以来、約4年10カ月ぶりの高値圏まで買い進まれた。
その後はようやく一息入り、新型コロナウイルスの「オミクロン株ショック」に撃墜されると、今年最大の日足陰線を挟んで一時112円53銭付近に差し込む一幕も観測された。
だが、年初からの上昇局面で稼いだドル高貯金を2割と少々取り崩したところで下げ止まり、現在は115円近辺で取引されている。
この結果、今年これまでの値幅は5年ぶりの大きさとなる13円近くに達し、年足は6年ぶりの陽線含みで年の瀬を迎えている。果たして来年は、どんな展開が待っているのだろうか。
<来年も陽線維持か>
結論から先に述べると、筆者は来年もドル高・円安の陽線が続く可能性が高いとみている。為替は定規で引いたような一直線の動きにはならないので、途中に幾度かガス抜きの調整局面もありそうだが、恐らく来年中には今年維持できなかった115円台の壁も抜け、取引レンジの上限では心理的節目の120円前後を試しに行く可能性もありそうだ。
何故そう考えるのか──。背景は3つある。
第1に、テクニカル面では、昨年まで5年も陰線が続いた後、今年6年ぶりに陽線が出現したならば、「日柄の感覚」から言って、たった1年でドル高・円安局面が終わる可能性は低い。
為替は互いに価値がゼロになることがない相手国通貨とのシーソーゲームなので、一方通行の動きが5年を超えて続くケースはほとんどないが、長く続いたトレンドがいったん終わって局面が切り替わると、新たなトレンドが1年で終わることもまれである。
実際、ドル/円が今の仕組みで動くようになった1973年以降、1990年から94年にかけて、5年連続の陰線が出現したことが過去にも1度あったが、その後は3年連続の年足陽線が出現し、月足で確認できる下ヒゲの先端79円75銭から上ヒゲの先端147円66銭に至るまで、大幅なドル高・円安が進んでいる。
今年稼いだドル高・円安の貯金が効いて、代表的な長期トレンドである52週移動平均線は右肩上がりの傾きをキープしており、下値サポートのレベルを110円前後まで上げた状態で来年の正月を迎えそうだ。見た目の印象からして、ドル高・円安推しのポジションでトレードに臨んだ方が高い勝率を挙げられそうだ。
<拡大しそうな日米金利差>
第2に、ファンダメンタルズ面では、先ごろ開催された年内最後の米連邦公開市場委員会(FOMC)で米国の政策金利見通しが大幅に上方修正され、数年先までを見据えた日米政策金利差の拡大観測が一層強化された。
米国でインフレ率の上振れが目立ち始めた今年の春先以降、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長はずっと「一時的」だと言い張っていたが、現実に観測された基調インフレが目標2%の2倍を超えると判断の誤りを素直に認めて撤回し、インフレ抑制にかじを切った。「君子豹変」の格言よろしく、非常に機敏な判断だ。米国の政策金利とドルの先高感は強まっている。
一方、出口の見えない金融緩和を続ける日本の円は、来年も基本的に売られやすい通貨の座から動きそうにない。来年4月に携帯通話料引き下げのインパクトなどがはく落すれば、日本のインフレ率も1%前後には上がってきそうだが、11月4日に岸田文雄首相と会った黒田東彦日銀総裁は政府との共同声明で定めた2%の目標を堅持する方針を示している。
世界の主要10通貨で比べると、日本の円はスウェーデン・クローナと今年の最弱通貨の座を争っているが、今年すでに利上げを始めたノルウェー、ニュージーランド、英国に続き、来年は米国とカナダも利上げレースに参戦してきそうだ。円安の相手探しの循環物色は続くだろう。
<海外勢のポジション>
第3に、為替需給に目を転じると、今年の1月第1週、1ドル=100円割れを予想して円買い・ドル売りポジションを膨らませていた海外投機筋は、その後急速に進むドル高・円安局面でポジションを投げさせられ、春先からは一転してドル高にベットする円売り投機を膨らませてきた。
ただ、今年の秋口に一時115円台まで円安が進んだ時でも、まだ全力で円を売った痕跡は残っていなかった。シカゴ通貨先物市場のポジションをみると、過去に記録が残っている円売り・ドル買いのピークのかなり手前で利益確定の買い戻しに動いて年末を迎えつつある。
来年、FRBが利上げを始めれば、日米短期金利差の拡大よってドル買い・円売りのキャリーの旨味も増してくる。今年円を売った有力な犯人の一人である海外投機筋は円売り余力を残した状態で越年し、来年も同じ行動をとる可能性が高い。
<ドル買いに傾く実需>
一方、今年夏場に赤字に転落した日本の貿易収支は、来年も赤字基調で推移する可能性が高い。日本の貿易慣行で、海外から購入するエネルギー、金属原材料、農林畜産品などはドル建て決済の比率が高く、財務省関税局のデータを参考に試算すると、輸出入決済に伴い発生している実需のドル不足の金額は、季節調整済みの年率換算で12兆円規模に達していると推定される。
為替の水準に左右されず、片道切符で持ち込まれる価格弾力性の低い実需のドル買い切りフローは、ドル/円の下落局面では下値を支える「縁の下の力持ち」になり、上昇局面では高値更新を促すスパイスの役割を果たす。
筆者の経験則に基づく試算では、貿易決済に由来する実需のドル不足が来年も同じくらいの金額で続く場合、毎月約50銭、年間では6円程度、ドル/円相場のレンジ底上げに寄与するとみられる。
<投資分野でもドル買い優勢か>
加えて日本のサービス収支も、国産のデジタル化技術の遅れから赤字幅を地味に拡大中だ。また、岸田内閣がまとめた経済対策で10兆円規模の大学ファンドのグローバル運用が来年中にはスタートするとみられる。これらの要因も加味すると、来年は「投機」、「実需」、「投資」の各分野でドル買い・円売り圧力が優勢な状態が続きそうだ。
近年の日本は海外に保有している純資産から定期的に上がる利息や配当でしか安定的な黒字を稼げない国になっているが、第1次所得収支で稼いでいる外貨建ての利配収入の円転比率が劇的に上がったりしない限り、為替需給がドル売り・円買い優位に傾く可能性は低いだろう。
以上の要因を加味した上で、来年のドル/円相場については円安持続の大局観を維持したい。筆者の予想が外れるとしたら、米国経済が来年どこかで失速し、ドル高見通しの前提になっている米国の利上げ観測が瓦解する場合だろうが、年末のFOMCで提示された来年3回程度の利上げに耐えられないほど米国景気の足腰は弱くないのではないか。
来年11月の米中間選挙でのねじれ議会復活を懸念する声もあるが、民間の活力によって経済がうまく回っている局面では、政府の財政出動が無くなっても景気は腰折れしないだろう。ドル高・円安局面の賞味期限が来年中に切れる可能性は低そうだ。
編集:田巻一彦
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。
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