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コラム:厄年のユーロ、対ドル等価割れは売りか買いか=植野大作氏

[東京 5日] - ユーロ/ドルの下落に歯止めがかからない。8月下旬には一時0.9901ドルと2002年12月初旬以来、約19年8カ月ぶりの安値圏まで売り込まれた。

 ユーロ/ドルの下落に歯止めがかからない。8月下旬には一時0.9901ドルと2002年12月初旬以来、約19年8カ月ぶりの安値圏まで売り込まれた。植野大作氏のコラム。写真はユーロ紙幣。2014年4月、ボスニア・ヘルツェゴビナのゼニカで撮影(2022年 ロイター/Dado Ruvic)

今年2月上旬、ロシアのウクライナ侵攻前に記録した年初来高値の1.1495ドルから、約半年強で15.9セント、13.9%もの値下がりだ。その後はやっと下げ渋ったが、1ユーロ=1ドルの等価交換(パリティー)を超えると伸び悩み、戻りの鈍い印象が否めない。

<追い打ちかける干ばつ>

ユーロ/ドル軟化の背景は明白だ。欧州連合(EU)の対ロシア経済制裁の長期化により強まる同国産エネルギーの供給不安にさいなまれ、欧州では天然ガス価格が高騰して景況感が下振れ、物価高と景気後退が同時に起きるスタグフレーション懸念が強まっている。

悪い時には悪い事が重なるもので、今年の夏は強烈な熱波が欧州に襲来、欧州委員会によれば「少なくとも過去500年で最悪」の干ばつに見舞われている。主要河川の水位が低下して物流にも悪影響が及んでいるほか、農作物の収穫量も減少、南欧地域では大規模な山火事も起きて、水力発電にも深刻な影響が出ているらしい。

ユーロ圏の人々にとって、ロシアのウクライナ侵攻は想定外の人災であり、歴史的な熱波による経済被害も不可避の天災だ。易学由来の日本の慣習では、逃れようのない災厄が次々に襲ってきやすい年を「厄年」と称して警戒するが、今年のユーロはまさにそんな感じだ。

<注目されるイタリア総選挙>

上記の人災と天災がもたらした物価の高騰は、ユーロ圏の政情不安も誘発している。ユーロ圏の8月の消費者物価が前年比9%と過去最高の伸びを記録する中、9月下旬に議会選挙を控えるイタリアでは財政支援による物価高対策を訴えている右派の躍進が予想されている。

もし、イタリアの選挙で右派連合が勝利した場合は財政悪化の懸念が現実味を帯びる。このため、イタリアでは国債が不人気になって利回りが上昇、ギリシャなどの南欧諸国にも金利上昇圧力が飛び火して景気に対して余計な下押し圧力が掛かっている。

そのような状況下、外為市場でユーロが売られるのは自然の帰結と言えそうだ。最近のユーロ圏は政治と経済の両面で制御の難しい内憂外患を抱え込んでおり、景気後退を回避できなくなるとの懸念が市場で強まっている。

<スタグフレーションの危機>

過去最高水準まで上昇したインフレを抑え込むため、欧州中央銀行(ECB)も7月からは利上げを始めた。ただ、政策金利の引き上げレースで先行している米国の後塵を拝している感は否めず、域内景気の悪化懸念や南欧の債務不安が足かせになってECBは米国ほど思い切った利上げには踏み込めないとの見方も根強い。

エネルギー価格高騰のあおりを受けて、これまでユーロ圏の自慢だった巨額の貿易収支黒字も一気に消滅。現在は小幅の赤字に転落するなど、ユーロ安局面での下値を支える実需のサポートもなくなった。

テクニカル的に見ても、現在のユーロ/ドルは代表的な長期トレンドである52週移動平均線が明確な下向きになって現値を上から押しつぶすチャート・パターンが定着している。ファンダメンタルズ、需給、テクニカルの3拍子が揃って強まるユーロ安圧力は相当しつこそうだ。当面、ユーロ/ドルの下値不安は解消されず、パリティ割れ水準での下値模索が進むだろう。

<対ユーロでも強くなれない円>

ただ、そんなに弱いユーロに対しても、円は強くなり切れてきれていない。ユーロ/円は6月に記録した年初来高値の144円台からは下落したが、135円前後の水準では下値が堅く、現在は140円前後の水準に復帰。ロシアのウクライナ侵攻後に記録した3月安値の124円台と比べるとまだ、1割以上もユーロ高・円安の巡航高度を保っている。

インフレ抑止の利上げによる景気下押し懸念が強まっている欧米諸国に比べ、日本の景気はしっかりしているが、日本ではロシア・ウクライナ戦時下の資源インフレに直面しても物価や賃金が欧米ほどには上がってこないので、日銀が利上げに動く必要性に迫られず、コロナ不況の大底からの景気回復軌道が安定している。

アベノミクス開始前のデフレ期に、日本経済の悩みの種だった低体温症が十分に治りきっていないため、日銀が「金融引き締め薬」を投与する必要がなく、結果的に景気回復の足取りは安定しているが、先進国では日本だけが利上げしそうにないので、景気が良くても円は強くなれないのが実情だ。

最近の貿易収支の動きを比べても、ユーロ圏は黒字がほぼ消滅して小幅の赤字に転落する程度で済んでいるが、日本はロシア・ウクライナ戦争勃発の8カ月も前から季節変動の影響を除去した貿易収支が赤字に転落。その後、どんどん赤字が膨らみ、7月の収支尻は2.1兆円の赤字と過去最大記録を更新した。

テクニカル的に見ても、ユーロ/円の52週移動平均線はロシア・ウクライナ戦争の長期化観測が強まる中でも依然としてユーロ高・円安の右肩上がりの傾きを維持している。弱気材料てんこ盛りのユーロを物差しにしてドルと円のパフォーマンスを比べてみると、円の脆弱性が一層浮き彫りになる。

現在の日本円は「先進国では唯一利上げの見込みがない貿易赤字国の通貨」という残念な位置づけになっている。最近、ドル/円相場は一時140円台を記録、1998年8月以来、約24年1カ月ぶりの円安を記録したばかりだが、今後も大同小異の状況が続くだろう。円はドルに対して売られやすく、ユーロに対して買われにくい通貨になりそうだ。

<ユーロ安は行き過ぎか>

もっとも、より長期的な視点に立脚してみた場合、「ドルよりも安いユーロ」はお買い得なのかもしれない。前述のように、現在はユーロがまるで何かにたたられているかのような災厄の連続で値下がりしているが、そのような時期には往々にして「長期的にみて売られ過ぎの領域」までオーバーシュートするのが為替の常だ。

実際、ユーロの誕生月である1999年1月以降の欧米物価格差に基づいて試算される購買力平価は、今年の7月時点で1ユーロ=1.32ドル。「パリティ割れ」のユーロは当該期間中の標準偏差2シグマ分をハッキリ抜ける割安圏にまで差し込んでいる。

今のところ、ユーロは前向きな理由で買うべき根拠を見つけるのが難しい通貨になっているため、すぐには反発しそうにない。ただ、古今東西、後になって振り返ってみると「値段が相当安くなった」ということが、通貨反発の立派な理由になっていた事例は沢山ある。

一般の日本人が「99円以下で買える米ドル」をみたら長期的な仕込み時だと思って外貨預金をしたくなるのと同じ理由で、昨今「99セント以下で買えるユーロ」をみているアメリカ人の一部でも、長期の目線でユーロ買い興味をそそられつつあるのではないか。

ユーロ/ドルとドル/円の掛け算で決まるユーロ/円は値動きが複雑になるので手を出し難いが、心理的に重要な節目となる1ドル未満のユーロなら、時間を味方につける長期戦のつもりで買ってみるのも面白そうだ。「今日買ったユーロ/ドルが数カ月以内に益出しできるか」と聞かれたら自信はないが、投資の時間軸を数年以上に伸ばせる資金があるなら「パリティー割れのユーロ/ドル」を買い下がるのも良いと考えている。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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