for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

コラム:米CPIショックでも、円安継続と判断する3つの要素=植野大作氏

[東京 14日] - ドル/円相場が急落している。11月11日には一時138円46銭と8月31日以来、2カ月半ぶりの安値圏まで売り込まれた。10月21日に記録した32年4カ月ぶり高値の151円94銭から、わずか3週間で13円48銭もの値崩れだ。

 ドル/円相場が急落している。11月11日には一時138円46銭と8月31日以来、2カ月半ぶりの安値圏まで売り込まれた。写真は2013年撮影(2022年 ロイター/Shohei Miyano)

これほど急激なドル安・円高は、2008年秋の「リーマン・ショック」や1998年秋の「米LTCMショック」の頃まで遡らないと見つからない。歴史的にみてもまれな円高ショックが金融危機でもないのに起きたことになる。

<円買い介入で消失した市場のバッファー>

10月下旬に日本政府が行った巨額の円買い介入で実需筋の円売りが一部吸収され、円安推しの投機筋の体力が殺がれていた後だけに、市場予想より低めに出た米消費者物価指数(CPI)によって発生したドル安圧力を吸収すべきクッションが薄く、ドル/円相場の下振れが増幅されたようだ。

その後はようやく下げ止まり、急落の反動によるショートカバーが進むと139円90銭台まで反発したが、戻りの鈍さは否めない。

筆者はこれまで年内におけるドル/円の上振れ余地は155円程度まであるとみていたが、さすがにかなり難しい情勢になった。自らの不明の所産であり、為替予想の難しさを改めてかみ締めている。

ただ、「日本政府による覆面介入騒動」と「米CPIショック」で下振れしたドル/円相場が、このまま素直にピーク・アウトしてすう勢的なドル安・円高局面に移行するとは思えない。恐らく年内には底入れし、再び150円前後を目指した失地回復に向かうのではないか。そのように考えている理由は3つある。

<CPIショック、市場の過剰反応か>

第1に、今回の「米CPIショック」で引き起こされたドル/円の下げ幅は、単月の指標結果に対する反応としては、あまりにも大げさ過ぎる。変動の激しい燃料と食品を除いた米コアCPIの伸びは前年比6.3%と前月の6.6%から低下していたが、それでもまだ米連邦準備理事会(FRB)の目指す長期目標2%の3倍を超えている。

時期尚早なインフレ楽観論の台頭で米国株や米国債が買われて株価が上昇したり、米長期金利が低下したりすると、高過ぎるインフレ退治を目指して米FRBがこれまでやってきた利上げの効果が一部減殺されてしまう。

このため、米FRBが現在行っている政策金利の引き上げの最終到達点(ターミナルレート)は、市場が今のところ想定しているよりも高い水準へ修正される可能性がある。

現在、日本円は世界で唯一短期金利がマイナスで、長期金利にも0.25%の強烈な天井制限がけられているので、世界で最も空売りコストが安くて利息収入の魅力が低い通貨だ。安くなっても買われ難く、上値を追いかけてでも買う需給の担い手を見出すのが難しい。

「米CPIショック」の一撃で強まった時期尚早な米利上げの収束期待が修正されれば、日米金利差の拡大観測が蒸し返され、ドル高・円安圧力が再燃するのではないか。単月の指標結果は振れるので、この先どこかで「市場予想より高め」の米CPIが発表されたなら、今度は逆向きのドル高・円安ショックが起きるかもしれない。

<ドルをサポートする個人投資家の存在>

第2に、為替需給の面からみると、10月下旬に日本の財務省が約6.35兆円もの外貨準備を取り崩して行ったドル売り・円買い介入による円高ショックで、当時円売りポジションを持っていた一部の投機筋は相応の打撃を受けたと推測される。ただ、日本の店頭外国為替証拠金取引(FX)の愛好者の人数は80万人を超えている。

ここ数週間の強烈な円高ショックで思わぬ損を負ったプレイヤーも一定の割合いたと思われるが、とにかく人数が多く、勢いづいたら1カ月でドル/円取引だけでも1000兆円に迫る金額の売買注文を持ち込むこともあるのが近年のFX愛好者の特徴だ。望外の利益を得たり、しばらく様子見を決め込んで無傷だったりしたプレイヤーもいたはずだ。

日本のFX愛好者は基本的に逆張りなので、為替が激しく動くと急騰の後には戻り売り、急落の後には押し目買いが優勢になって過度の為替変動を抑制する働きを持つ。

これまでFRBが進めてきた利上げの効果で「ドル/円の買い」に付随するスワップ・ポイントは、先進国通貨同士の通貨ペアの中では最も魅力的な水準にある。約2カ月半ぶりにみた140円割れのレベルでは、下値サポーターが増えそうだ。

また、10月下旬に日本政府が行った覆面介入による円高ショックは、21日が金曜夜の午後11時30分頃から22日の午前1時頃、24日が週明け月曜朝の8時37分頃から45分頃まで(いずれも東京時間)の短い時間に起きている。

そんなタイミングで市場に円高ショックを与えても、日本の輸入企業の担当者は、金曜の退社前に週末またぎの指し値でドル買い注文を置いてなければ、安値でドルを調達できなかったはずだ。

日本の貿易赤字は足元で過去最大規模に膨らんでいる。エネルギーなどの資源価格はひと頃に比べて下落したので、今後、貿易赤字が減る可能性はある。だが、黒字に戻らならければ貿易決済に伴って発生する新規の実需は恒常的に「ドル不足・円余剰」が続く。

昨今の円高ショックで輸出企業は慌ててドルを売った可能性があり、一巡後には再び「輸入のドル買い」による下値サポートの底上げが始まるだろう。

<52週移動平均線のメッセージ>

第3に、テクニカル的にみても、現状程度の円高ならばドル/円の長期的トレンドがすぐに反転する可能性は低い。今月に入って観測された138円台までの下落なら、1月安値の113円台から10月高値の151円台までの上げ幅のフィボナッチ分割で38.2%押しに相当する137円台の手前だ。

チャート・フェイスの「見た目の印象」は、依然として継続中のドル高・円安局面のスピード調整を促す自律反落の範ちゅうに収まっている。

筆者がドル/円相場の「骨太のトレンド」を判定する際に重視している52週移動平均線は「過去約1年間で稼いだドル高・円安の貯金を全て吐き出すまでは、右肩下がりに転じない」という性質を持っている。このため、現状程度の巡航高度をキープできれば、来年の夏頃までは右肩上がりの形状は崩れずに下値サポートの底上げが続く。

「日柄の感覚」から言っても、日本政府による覆面介入騒動が勃発した10月3週から「米CPIショック」が起きた11月2週に至るまで、ドル/円は「4週連続の陰線」引けとなったが、その前には「9週連続の陽線」が並んでおり、あまりにも一方的に上昇し続けた後の日柄の調整だった可能性がある。

もう少し長めのチャートを俯瞰(ふかん)しても、2021年1月安値の102円台から始まった現在のドル高・円安局面は、まだ月齢にして22カ月目だ。過去5回のドル高・円安局面の平均寿命は31.2カ月であり、日本の貿易赤字体質が定着する中、来年の春頃までは日米金利差が拡大し続ける可能性も加味すると、「終活」を始める時期はまだ先なのではないか。

<再び150円近辺の攻防へ>

上記の考察を踏まえると、筆者はまだ半年以上はドル高・円安基調が続くと判断している。最近は日本政府の為替介入によるノイズが頻繁に混入してくるため、相場予測の難易度は上がっているが、円買い介入の直後に起きた歴史的な円高ショックに直面し、今後は政府も派手な需給操作を控えるのではないか。

ドル/円相場の水準を意図的に押し下げるような介入の再開がなければ、再び150円絡みの水準に復帰するとみている。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up