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コラム:植田新総裁は黒田路線を取捨選択か、緩やかなドル安・円高に=植野大作氏

[東京 14日] - 政府は14日、黒田東彦・日銀総裁(78)の後任に経済学者で元日銀審議委員の植田和男・共立女子大学教授(71)を起用する人事案を国会に提示した。24日から行われる所信聴取後に国会の同意を得れば、4月9日から新しい日銀総裁に就任する見込みだ。

 次の日銀総裁に就任する植田氏の任期は5年だ。どのような政策を指揮するかが注目されている。写真は都内で2013年4月撮影(2023年 ロイター/Toru Hanai)

次期日銀総裁に指名された植田氏の経歴については、既に各種メディアが報じた通りだ。日本を代表する経済学者のひとりであり、金融政策研究の大家として特にその名を知られている。

新参、古参の日銀職員はもちろん、市場関係者の多くは「植田先生の本で金融政策を学んだ」という人々であふれている。1998年から7年間は日銀の審議委員として金融政策運営の現場で重責を担った経歴もある。発表されてみれば、日本の金融政策運営の重責を担う最高責任者として、非の打ちどころがない人選だろう。

次期総裁候補として事前に植田氏の名前が挙がっていなかったのは、過去歴代の日銀総裁は、民間の銀行から選ばれた一部の例外を除き、現在の財務省(旧大蔵省)か日銀の出身者であり、経済学者は起用されても副総裁までだったからだろう。

<注目される黒田緩和への評価>

次の日銀総裁に就任する植田氏の任期は5年だ。どのような政策を指揮するかが注目されている。

かつて日銀審議委員を務めていた時期に植田氏は、デフレ克服を目的に日銀が導入したゼロ金利政策などを理論面で支え、2000年8月の会合では執行部が提案したゼロ金利解除に対し、反対票を投じた経緯がある。

次期日銀総裁候補として報じられた10日には、自宅周辺に詰めかけた記者団に対して「現在の日銀の政策は適切」、「現状では金融緩和の継続が必要」など述べたことから、ハト派色の強い金融政策を運営するのではないかとの声も上がっている。

ただ、2000年夏の日銀会合の当時は、1990年代後半に起きた金融危機の影響などから、日本が長期のデフレに突入する黎明期だった。当時の日銀執行部が政府の反対を押し切ってゼロ金利政策の解除を決めた後、日本の景気が悪化してデフレが定着してしまったことを思えば、当時の植田審議委員が投じた利上げへの反対票は正鵠を射ていたのではないか。

当該時点における経済状況を精査した上で、反対票を投じたとみられ、ハト派だったからゼロ金利解除に反対したとは思えない。

すでに言及したように植田氏は、日本有数の経済学者であるとともに金融政策研究の第一人者であり、今後の政策運営について偏った志向があるとはみえない。

4月9日に第32代の日銀総裁に就任後は、当該時点における国内外の経済・市場環境に応じた適時・適切な政策判断を下そうとするだろう。

今から約7カ月前の2022年7月、日本経済新聞に寄稿した「日本、拙速な引き締め避けよ 物価上昇局面の金融政策」と題する小論では「異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要になる」との見解を示していた。

黒田総裁が進めてきた異次元緩和については、継続すべき施策と、修正すべき政策を峻別するのではなかろうか。

<いずれYCCは撤廃か>

筆者が在籍している三菱UFJモルガン・スタンレー証券の債券市場分析チームでは、次の日銀総裁が誰になったとしても、日銀が100%以上の新発10年国債を買い占めなければ維持できず、満期10年近傍の利回り曲線に不自然なゆがみをもたらしている「イールドカーブ・コントロール政策」(YCC)は、遅かれ早かれ撤廃されると予想している。

その場合、日銀が現在設定している0.50%の上限付近に貼り付くような形でほとんど動かなくなっている日本の10年国債の金利は、日銀の直接的なコントロールが及ばない金利スワップ市場で織り込まれている0.75%─1.00%程度まで上昇する可能性が高い。

ただ、既に多くの市場関係者が織り込んでいる水準まで日本の長期金利が上がったとしても、サプライズにはならない。新しい日銀執行部がYCCによる長期金利の天井規制を廃止しても、初期反応で数円程度の円高ショックを引き起こすだけで、ドル/円相場への影響は収まるのではなかろうか。

その後は、日本の国債市場の機能回復が進み、米国の長期金利が上がれば日本の長期金利も相応の幅で上昇する一方、米国の長期金利が下がれば日本の長期金利も柔軟に低下するようになるだろう。硬直的な日本の金融政策運営の下で荒れ気味だった為替相場は、むしろ安定しやすくなるのではないか。

<マイナス金利は当面維持の公算>

一方、日銀が現在行っている短期金利をマイナス0.1%の水準に水没させる政策については、植田日銀もすぐには変更せず、当分の間は現状維持が続くとみられる。

足元の日本で起きているインフレ率4%付近までの一時的な上振れは、主に資源価格の上昇によってもたらされたコストプッシュ型の悪い物価高であり、政府と日銀が志向する安定的な賃上げを伴う目標2%が達成されたと判断するのは、時期尚早と思われるからだ。

海外経済の動向に目を転じても、米連邦準備理事会(FRB)が昨年春から猛烈な勢いで進めてきた金融引き締めの影響で米国景気に後退懸念がささやかれている中、既に法律で定める上限に達した米連邦政府債務の許容上限が引き上げられなければ、米国債がデフォルトとなり、世界の金融市場に激震が走るリスクが排除できなくなっている。

米国発のそのような不安定要素が解消されていない状況下で、日銀が伝統的な金融調節の手段である短期政策金利の引き上げに動いた場合、かなりの株安・円高ショックが引き起こされて、黒田日銀総裁が道筋を作ったデフレ克服の芽を摘んでしまうことになりかねない。

「米国経済がクシャミをすると日本経済は風邪をひく」とのたとえ話は、新たな日銀執行部の政策運営の際にも意識され、マイナスの短期政策金利は維持されるのではないか。

昨年12月に更新された米連邦公開市場員会(FOMC)の経済・物価・金利見通しや、最近の米金融政策絡みの要人発言などによれば、米国の利上げは今年の春ごろに5%を少し超えるあたりまで引き上げられて打ち止めになり、米国景気の減速が見込まれている来年に向けては、利下げ局面に移行するとみる市場関係者が多い。

<米側要因の比重大きいドル/円>

筆者の為替予想生活20年以上の経験則では、ドル/円相場の値動きの8割以上は米国側の要因で決まっており、日本サイドの要因で動くのは、残りの2割未満だ。今後、米国の利上げが間もなく10合目に達して利下げ織り込みが始まる場合、米政策金利の先安観によるドル安が進むことで結果的に受動的な円高が進むことになるだろう。

ただ、わが社の債券市場分析チームの予想通り、日銀が新体制発足後もマイナスの短期政策金利を維持し続けるならば、今後の日本経済が相当な過熱色を帯びない限り、日本の長期金利が1%を超えて上昇する可能性は低い。

日本の長短金利が突出した世界最低水準で低迷している状況が続く限り、円金利の魅力アップを見越した能動的な円高圧力は発生しない。これから進むドル安・円高は非常に緩やかになると予想している。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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