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コラム:ワクチン相場後にポンド円は下落、見える英経済の黄昏=植野大作氏

[東京 17日] - ポンド/円が強い。5月12日には一時154円43銭と2018年2月以来、3年3カ月ぶりの高値圏まで浮上した。昨年3月の「コロナ・ショック」時に刻んだ安値の124円09銭から、約13カ月で30円超の値上がりだ。

 ポンド/円が強い。5月12日には一時154円43銭と2018年2月以来、3年3カ月ぶりの高値圏まで浮上した。植野大作氏のコラム。写真は7日撮影(2021年 ロイター/Dado Ruvic)

その後は、さすがに利食い売りも入り、ポンド高の流れはテンポが緩んでいるが、昨年春からの上昇局面で稼いだ「ポンド高の貯金」は潤沢に維持されている。このため、13週、26週、52週の各移動平均線のトレンドはいずれも明確な右肩上がりの形状をキープし現値を下から支えている。今のところ、一気に値崩れしそうなチャートには見えない。

<ワクチン接種率とポンド高>

ポンド高・円安の背景は明快だ。現在、英国は主要通貨圏の中では最も速く新型コロナのワクチン接種が進んでおり、既に人口の53.5%が1回以上の予防接種を受けて集団免疫獲得が視野に入りつつある。国民の行動制限も徐々に緩和されて経済活動の正常化観測が強まっている。

一方、大きく出遅れた日本の接種率はいまだ3%台と世界100位以下のレベルにとどまっている。19都道府県で発動されている緊急事態宣言やまん延防止等重点措置がいつ解除できるかも見通せず、7月下旬に迫る東京五輪の開幕を危ぶむ声も挙がっている。

日英間で鮮明になる景況格差は、そのまま両国の金融政策に対する期待に反映されている。現在、英国では経済見通しが著しく改善して年明けに強まっていたマイナス金利導入観測が消滅、短期金利の先物市場では2022年後半頃からの利上げ織り込みが始まっている。

他方、日本では日銀が3月に公表した金融政策の点検結果を踏まえて「貸出促進付利制度」を導入、現行0.1%のマイナス金利深掘り余地が確保されたほか、長期金利に対しても、「連続指値オペ」という新たな武器を用意して、上限0.25%の強力な天井制限をかけている。

日英両国の金融政策運営に対する市場の期待にこれほど明白な違いがある中で、ポンド高・円安が進むのは必然の流れだ。注目テーマの栄枯盛衰が激しい外為市場では、一度強固なトレンドができ上がると、「勝ち馬に乗らないと損」という群集心理が広がりやすい。

このため、昨今の外為市場では、ポンド買いの口実探しが盛んだ。5月6日に行われたスコットランドランド議会選挙で「英国からの独立」を目指すスコットランド民族党(SNP)が、単独過半数を獲得できなかったというニュースにもポンド高で反応した。この先、トレンド・フォローのモメンタム買いが加速した場合、心理的節目の160円台を試しに行くかもしれない。

<ワクチン相場の後に来る現象>

ただ、外為市場の住人は、最新流行のファッションに対して熱しやすく冷めやすい。これまでポンドは非常に分かりやすく買い進まれてきただけに、そろそろポンド高トレンドが転換点を迎える可能性にも注意が必要だ。以下、そのように考えている理由を3つ挙げておきたい。

第1に、最近のポンド高の背景になっているワクチン普及競争での先行者利得は、早晩消滅する運命にある。英国のワクチン接種率は間もなく集団免疫獲得のめどとされる人口の6割を超えそうだが、英経済活動の正常化を市場がいったん織り込んでしまった後は、英国のワクチン接種率がさらに上昇しても追加的なポンド買い材料にならなくなる。その後は、先にゴールインした英国に後発組が追い付いてくるのを待つだけだ。

実際、主要通貨国のワクチン接種競争では米国、カナダ、ユーロ圏、スイスの順で英国の後を追っているが、米ドル、加ドル、ユーロ、スイスフランに対するポンド高の勢いは既に頭打ちになっている。

現在、日本のワクチン接種率は悲惨なほど低いが、今後は上がることはあっても下がりはしない。ポンド買い・円売り材料としての「ワクチン・ネタ」の鮮度は、いずれ落ちてくるはずだ。

<ブレグジットの代償>

第2に、外為市場で「ワクチン・ネタ」の賞味期限が切れた後には、ブレグジット後の英国が直面している国力の衰退懸念にスポットライトが当たるだろう。2020年1月末に英国は欧州連合(EU)から離脱したが、その後も加盟国と同等の関係を維持できていた「移行期間」は同年末で終了。今年からは、ドーバー海峡を隔てて隣接する巨大市場への自由なアクセスを失っている。

EU離脱の悪影響は既に様々な分野で顕在化している。今年に入り、ロンドン市場で取引される株や金利スワップのシェアが低下、大陸欧州や北米市場に浸食される様子が確認されている。

通商面でも英グレートブリテン島から英領北アイルランドに商品を送る際に必要な通関手続きの免除期間を英国が勝手に延ばしたことにEUが激怒、英国に対して法的効力のある通知書を送付しており、今後の展開次第では制裁関税に発展する可能性もある。

2016年の英国民投票でEU離脱が決まって以来、EUと分かれる英国に見切りをつけた企業や金融機関の「英国離れ」が進んでいる。現在は市場の関心がコロナ問題に集中しているため、英国の長期的な国力衰退懸念は無視されているが、「ワクチン・ネタ」の鮮度が落ちるにつれ、ポンドの上値をジワジワ削る重たいテーマとして蒸し返されるだろう。

近年の英国は、経常収支が恒常的な赤字だ。海外からの長期資本が安定的に流入し続けないとポンドの価値はどこかで不安定化する。現在でこそ、新型コロナのワクチン普及に着目した短期の投機マネーがポンド買いブームを起こしているが、EUの加盟国で無くなった英国に長期の成長期待に後押しされた投資マネーが安定的に流入し続けるとは思えない。

<くすぶるスコットランド独立問題>

第3に、今回のスコットランド議会選挙でひとまず遠のいた英国の分裂懸念についても、あまり甘く見ない方がいいだろう。英国からの独立を主張するSNPは単独過半数に1議席だけ及ばなかったが、緑の党を合わせた独立支持派の勢力では過半数を超えている。

SNPが目指す2度目の住民投票はジョンソン英首相の許可がないと実施できないが、2024年までに行われる国政選挙で保守党が過半数に届かなった場合、キャスティングボートを握ったSNPが労働党政権の樹立に協力する見返りに住民投票の実施を求める可能性もある。

2014年に行われた前回の住民投票では、英国残留派が55.3%で勝利したが、当時の英国はEU加盟国だった。約2年後に行われた英国民投票でスコットランドは62%でEU離脱に反対したが、イングランドやウェールズの多数派に押し切られてブレグジットが決まった。

今後の英国の政局次第では、2度目の住民投票が実施される可能性があり、もしも実現にこぎつけたなら「英国と別れてEUとよりを戻す」という独立支持派の主張に一定の支持が集まるだろう。少なくとも、前回より接戦模様になり、ポンドの価値は揺らぎそうだ。

中長期的にみた場合、スコットランドの独立問題はEUと分かれた英国が支払う最大の代償になるリスクをはらんでいる。あくまで私見だが、仮にスコットランドの独立を回避できたとしても、EUと分かれた英国に経済的には明るい未来の展望を描けない。ポンド/円が160円を超えたなら、「ブレグジット前の高値=163円台」をレジスタンスに見立てた戻り売りで臨みたい。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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