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コラム:「悪い円安」、日本に進行阻止の手立てはあるのか=植野大作氏

[東京 29日] - ドル高・円安の急速な流れが止まらない。3月28日、ドル/円相場は一時125円09銭と2015年8月以来、約6年7カ月ぶりの高値を記録する場面があった。

 3月29日、ドル高・円安の急速な流れが止まらない。写真は円紙幣と日本の旗。2017年6月撮影(2022年 ロイター/Thomas White)

<日米金利差拡大、トリガーに>

ドル高・円安の背景は明快だ。インフレの抑制に本腰を入れた米連邦準備理事会(FRB)が今月16日にゼロ金利政策を解除、今年だけでも0.25%刻みであと6回分もの追加利上げを示唆する一方、物価目標2%達成の見通しが立たない日本では、日銀が大規模緩和を継続。短期金利をマイナス0.1%に据え置くと同時に、満期10年の国債を無制限に買う「指し値オペ」を駆使して長期金利に0.25%の強力な天井制限を課す方針を崩さずにいる。短期と長期の両方で、日米金利差の拡大観測が強化され、ドル高・円安圧力が増している。

<ロシア侵攻、国際商品上昇に拍車>

そのような状況下、ロシア・ウクライナ戦争の影響で、日本の輸入依存度が高い資源の価格が軒並み高騰、貿易収支の赤字が膨らんでいる。燃料、農林水畜産物、金属などは生活や産業に不可欠なものが多く、基軸通貨ドルで取引されるケースが多いため、ドルの上値を追いかけてでも買わざるを得ないつらい立場に追い込まれた輸入業者によるドルの買い切り注文が膨らんでいる。

<意識される125.86円>

日米金利差の拡大観測と日本の貿易赤字拡大懸念に増幅されたドル高・円安の勢いは想像以上に強く、心理的にみて重要な節目だった「1ドル=120円の壁」は意外なほどあっさりと破られ、わずか4営業日後には125円にもタッチした。

ドル/円相場の代表的な長期トレンドである52週移動平均線は右肩上がりの傾斜を一層強め、下値サポートの底上げが続いている。

「ファンダメンタルズ」、「為替需給」、「テクニカル」の三拍子が揃って進んでいる現在のドル高・円安局面は、しばらく続きそうだ。この先の上値目途としては、2015年6月に記録した「アベノミクス・ラリー」の頂点である125円86銭を意識する市場関係者が増えている。

<円安の弊害>

ただ、あまりにも一方的に進むドル高・円安は、日本経済に好ましくない影響をもたらす面もある。国際競争力のあるモノ作りの拠点の多くが海外に漏出してしまった「令和の日本」では、円安になっても昔ほどには輸出が伸びなくなっており、上場企業の利益に及ぼすプラス効果も昭和や平成のころに比べて小さくなっている。

資源高と円安のダブル・パンチで海外からの輸入品の価格が上がり過ぎると、十分な価格転嫁ができない中小企業や農林漁業関係者などには利益の圧迫要因になる一方、末端の消費価格への転嫁が進むと生活必需品が値上がりし、個人消費の下押し要因になる。「悪い円安」の進行を危惧する声も強まっており、政府や日銀に何らかの対策を求める向きも増えている。

<効かない介入>

だが、「悪い円安」の進行を根本から食い止める有効な手立てを見つけるのは難しい。真っ先に思い浮かぶ対症療法としては、日本の為替政策を所管する財務省によるドル売り・円買い介入や、金融政策の運営を任されている日銀による利上げだ。だが、今すぐそれらを行ったとしても、円安の進行を止める効果はたぶん長続きしないだろう。

まず、為替市場への介入については、財務省が保有している日本の外貨準備が2月末時点で1兆3846億ドルと潤沢にある。政府がその気になってドル売り・円買い介入に踏み切れば、相応の規模で円高ショックを引き起こし、一時的に円安の進行を止めることは可能だろう。

ただ、為替市場の規模は大き過ぎて、日本政府が単独でドル売り・円買いの介入を行っても、あまり言うことを聞いてくれそうにない。過去の事例を振り返っても、日本政府が「単独」で行なった為替介入は、円売り、円買いどちらのケースでも効力の持続期間が限られ、早ければ数日、長くても数週間から数カ月程度で元の水準に戻ることが多かった。

一方、米政府もドル売り・円買いで協力してくれる「協調介入」の形を作れれば、かなり強いメッセージを市場に送ることができる。過去の事例からみても、日米協調介入が実施された場合は数カ月から半年以内にドル/円相場のトレンド転換に結びつくケースがほとんどだった。

しかし、米政府は現在、インフレの抑制を最優先課題に掲げている。現在の米国にとって、輸入物価の上昇を抑えるドル高の進行はむしろ歓迎すべき面もある。現下の局面で日本がドル売り・円買い介入への協力を米国に求めても、応じてくれる可能性は低い。

<日銀の引き締めは特効薬か>

それでは、日銀が円安防止を目的に、利上げを行った場合はどうだろうか。黒田東彦日銀総裁は今年3月の金融政策決定会合後の会見で「今の円安は総合的にみて日本経済にプラス」との見解を維持し「日本が金利を上げる必要は全くない」とまで言い切っていた。

このため、もしも日銀が利上げに動いた場合、それを予期していなかった市場に激震が走り、初期反応では非常に強い円高ショックが引き起こされるだろう。具体的な数字を想像するのは難しいが、利上げの幅によっては、5円程度のドル安・円高インパクトがあるかもしれない。

ただ、仮に日銀が利上げを実施したとしても、今年から来年にかけて、0.25%刻みで10回から11回分に相当する利上げ見通しを提示しているFRBに負けずに追随利上げを行えるだけの基礎体力が、今の日本経済に備わっているとは思えない。

市場の不意をついて日銀が利上げによる奇襲を仕掛ければ「ワンタイムの円高ショック」を引き起こすことはできそうだが、その後、FRBを相手にした体力勝負の利上げ競争が始まると、「日銀の負け」を予想する市場関係者が増えるはずだ。日銀が勝てる見込みの薄い「利上げ合戦」をFRBに挑んでも、時間が経つにつれて日本の劣勢が目立つようになり、逆に円安観測を助長しかねない。

先ほど述べたように、最近のドル高・円安は日本の貿易赤字拡大の影響を強く受けて進んでいる。日本の輸入企業は日米金利差とは無関係にドルを買い続けるため、日銀が利上げを行っても「実需のドル不足」によるドル高・円安圧力を封印するのは難しい。

過去の市場動向を分析すると、マーケットには冷酷な面があり、一定期間内に必ず決まった向きの売買注文を出すプレイヤーをいじめる方向に変動率が上がりやすい。日本が貿易黒字国だった昔は、輸出企業が困る「悪い円高」が加速しがちだった。貿易赤字国になると輸入企業を困惑させる「悪い円安」が進みやすくなるのは、自明の理である。

<有効な製造業の国内回帰奨励>

このため、「悪い円安」の進行を根本から食い止めるには、日本の貿易赤字体質を改めるための地道な努力を重ねる以外の近道は存在しない。国際商品市況が高騰するとアッと言う間に貿易赤字が膨らむような国に日本がなったのは、日銀の責任ではないし、そもそも為替政策は日銀の所管ではない。にもかかわらず、日銀を非難して無理な利上げを要求するのは筋違いだ。

少し時間がかかるかもしれないが、過去何十年もかけて海外に引っ越してしまった工場を国内に呼び戻すための対策を講じたり、海外からの輸入に頼るエネルギーや食料自給率を少しずつでも上げたりするための技術革新や構造改革が必要だ。

「悪い円安」を目の当たりにして近視眼的な対症療法に走るのではなく、それを市場の神様による「啓示」として前向きに受け止め、日本の経済安保の強化を促すエネルギーに昇華させるという発想の転換が必要だろう。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍、国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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