November 15, 2019 / 9:14 AM / a month ago

コラム:米金利上昇を阻む「ドル化した世界」=唐鎌大輔氏

[東京 15日] - 米株が断続的に史上最高値を付け、米金利も上昇基調にある中、今後1年間のドル高相場をメインシナリオとする向きも増えてきそうである。

A picture illustration shows Kazakhstan's 100 tenge coins form a U.S. dollar symbol in Almaty, Kazakhstan, November 6, 2015. The weighted average of the Kazakh tenge fell to 307.53 per dollar, a fresh all-time closing low, on the Kazakhstan Stock Exchange on Friday from 298.92 in the previous trading session. REUTERS/Shamil Zhumatov TPX IMAGES OF THE DAY

実際、米供給管理協会(ISM)景気指数の底打ち機運などを見ると、そのようなシナリオも検討に値する。また、製造業購買担当者景気指数(PMI)を見ても、米国や中国については持ち直しの兆しも感じられる。昨年来、これほど製造業のセンチメントが悪化し、米金利も過去1年で半分以下(2018年10月の3.2%から2019年9月には1.4%まで低下)の水準となったにもかかわらず、ドル/円JPY=EBS相場はその過程で104円台までしか下がらなかった。

世界経済の減速、これに応じた米連邦公開市場委員会(FOMC)のハト派傾斜、その結果としての米金利低下は、いずれも筆者は予想してきたメインシナリオだったが、ドル/円相場の異常な底堅さだけは誤算であったとしか言うほかない。

<アップサイドリスクの広がるドル円相場>

その理由は判然としないが、本邦の対外純資産構成の変化(対外証券投資の相対的な減少、対外直接投資の相対的増加)は、ほぼ確実に寄与しているだろう。リスク許容度の毀損を受けて保有している海外の有価証券を売却する(円買い・外貨売りする)投資家はいても、買収した海外企業を売却する企業はいない

クロスボーダーM&Aの隆盛は本邦企業部門による円の売り切りを意味し、容易には巻き戻されない根雪のような外貨になっていると推測される。ドル/円相場が底堅くなった理由は他にもあるだろう。米金利は確かに大幅に下がったが、先進各国の金利が水没する中では依然として高金利だったことも事実である

ゆえにドル売りがはやらなかった側面はあろう。また、昨年来の世界経済減速をもたらしている震源地が中国やユーロ圏であって、米国の傷はそもそも浅かったというのも、ドル売りが進まなかった理由かもしれない。

いずれにせよ、企業部門の大幅なセンチメント悪化とこれに伴う米金利の急低下をもってしても、ドル/円相場が下値を攻め切れなかったことの意味は小さくない。既に、センチメントの底打ちを期待する向きも出てきており、2020年年以降のドル/円相場に関し、リスクがアップサイドに拡がっていることはある程度認めなければならない。

<「円高が進まなかった」のではなく「ドル安が進まなかった」>

しかし、アップサイドリスクの存在を認めつつも、ドル/円相場が110円台を回復し、定着、上値追いとなる展開も難しいように感じられる。そもそも2019年は「円高が進まなかった」わけではなく、「ドル安が進まなかった」というのが正確な理解だ。

実質実効為替相場(REER)を見ると、円は年初来で+2.4%、前年比では+5.0%と相応に上昇している。実効ベースで見れば、今年が「円高の年」であったことは間違いない。だが一方、ドルのREERも年初来でプラス2.8%、前年比ではプラス2.5%と上昇している。

「円も買われるが、ドルも買われる」という状況下、ドル/円相場が大きく下がるのは難しかったという話であって、「円が全く買われなくなった」わけではないことは留意したい。円買い圧力は相応に残っており、ドル/円相場の上値を重くする力はありそうである。 ちなみに、ユーロのREERを見ると年初来でー0.6%、前年比ではー4.4%とはっきり下落している。日米欧三極で最弱のファンダメンタルズがはっきり出ていると言える。REERの動きは2通貨間のペアよりも素直に各国の経済・金融情勢の相対的な位置関係を映し出している。

<とはいえ、「ドル化した世界」は健在>

では、米景気がこのまま再拡大の局面に入り、米金利の上昇に追随してドル/円相場が続伸するという展開があり得るのか。それもまた、難易度が高いシナリオだろう。繰り返し言われているように、金融市場にとって最大のリスクである米中貿易戦争はもはや通商問題の枠を超えた覇権争いの様相を呈しており、早期解決を期待するものではない。

トランプ大統領の一挙手一投足で明暗が目まぐるしく切り替わる状況は何も変わっておらず、現状は「明」の方に偏っているだけとも考えられる。既報の通り、トランプ米大統領は米中貿易交渉に関して予断を許さない発言を繰り返しており、状況はいつでも「暗」の方に転び得ると構えておくべきだ。

また、確かに10月FOMCを経て米連邦準備理事会(FRB)は「利下げ休止」を示唆しているが、だからといって「利上げ転換」に至る見通しが立っているわけではない。まして欧州中央銀行(ECB)や日銀が正常化に目を向けることも全く考えられない。こうした現状を踏まえれば、各国金利の上昇を前提に見通しを作ることも危ういというのが筆者の基本認識である。

なお、米金利の行方を考える上では「ドル化した世界」という論点を忘れてはならない。金融危機後の10年間で新興国(とりわけその企業部門)はドル建て債務を積み上げてきたという経緯がある。国際決済銀行の与信統計を見れば一目瞭然だが、国内総生産(GDP)比で見てもかなり大きな幅を持って積み上がっている2017─2018年でもしばしば見られたが、「ドル化した世界」では米金利が上がれば新興国・地域を中心に資本流出が促され、国際金融市場が揺らぐことになる。

より具体的な話をすれば、米金利が上がった場合、新興国・地域は資本流出を抑えるための自衛的な利上げに追い込まれ、結果として当該国・地域の消費・投資意欲が毀損する展開が懸念される。2018年後半以降の世界経済減速にはそのような側面もあったと考えられる。米金利やドルが上昇すれば外貨としてドルを借り入れている国の負担感が増すのは当然であり、今後、米金利が上昇してくれば、同様の問題が浮上するだろう。

もちろん、2018年に何度も目にしたが、米金利の上昇は米株式市場の動揺も誘う。その転換点は米10年金利で3.0%前後であったというのが当時の経験則だ。株価下落は逆資産効果を通じて米国経済の消費・投資意欲を削ぐというのが当時、最も懸念された経路である。結局FRBがハト派に急旋回し、株価が持ち直したのでそのような展開は回避されたが、こうした株式市場の動揺は今後も課題となるだろう。

要するに、フェデラルファンド(FF)金利は世界の資本コストであり、FRBは世界の中央銀行であるという理解と共に米金利や世界経済を展望する必要があるということだ。米国が如何に好調であろうと、米金利の上昇は緩やかにしか進まないという大局的な視点が相場見通しの策定に求められるのである。

<2020年もレンジ相場か>

また、大統領選挙を控えた政権を尻目に利上げ軌道に復帰するという政治的な難しさも残る。再選に意欲を見せるトランプ大統領は激しい口調になるだろうし、かつてのように更迭というフレーズが飛び交う恐れもある。国内外の経済・金融情勢に加え、そうした国内政治情勢も勘案すれば、2020年のFRBの政策運営は「現状維持」を1つの目標とするのではないか。市場参加者としては非常に苦痛な状況(実体経済にとっては非常に好ましい状況)だが、米金利の方向感が出ない以上、2020年のドル/円相場もレンジ相場に収束する可能性が高まっているように感じられる。

しかし、「金利を低位安定させることで株価を維持する」という政策運営は、いつまでも続けられるものではない。FRBは「mid-cycle adjustment」(サイクル半ばでの政策調整)と呼んだ今次利下げ局面で75bpsののりしろを使わされたが、このような局面を繰り返し、政策金利がゼロに接近してくれば株価の下支えもいずれ難しくなるだろう。そのことが意識された時に株価を筆頭とする資産価格が大崩れすることは考えられる。それが大統領選の年に起きる可能性は高く無さそうではあるが、十分警戒に値するシナリオである。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

唐鎌大輔氏

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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編集:橋本浩

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