January 21, 2020 / 5:52 AM / a month ago

コラム:米金融政策、「99年型利上げ」が困難な理由=唐鎌大輔氏

[東京 21日] - 2019年の米連邦準備理事会(FRB)の政策運営は1997年のアジア通貨危機や98年の米ヘッジファンド大手ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)危機を受けた98年の利下げと比較されることが多く、これが予防的利下げのモデルケースと言われることも少なくない。

1月21日、2019年の米連邦準備理事会(FRB)の政策運営は1997年のアジア通貨危機や98年の米ヘッジファンド大手ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)危機を受けた98年の利下げと比較されることが多く、これが予防的利下げのモデルケースと言われることも少なくない。写真はワシントンのFRB本部で2019年3月撮影(2020年 ロイター/Leah Millis)

当時の利下げは、グリーンスパン元FRB議長の下、98年9─11月の3カ月間で75ベーシスポイント(bp)行われ、翌99年6月から再び利上げ軌道に復帰している。これが景気後退を防いだ一方、いわゆる00─01年のITバブルの生成と崩壊につながったことは良く知られている。

より詳細に振り返ると、フェデラルファンド(FF)金利は98年9─11月の3カ月間で5.50%から4.75%まで下げられたが、翌99年6月から利上げ軌道に復帰し01年1月までに6.50%まで引き上げられた。この過程で起きたのがITバブル崩壊であった。

こうした98─99年の経験を元に予防的利下げの功罪を整理すれば、「功」は景気後退の防止、「罪」は資産価格の高騰(端的にはバブル)だったということになる。ゆえに98─99年の経験を今次局面の参考にすると、「2020年は1999年のようにバブルを懸念して利上げ軌道に復帰するかどうか」が1つの問題意識になるはずである。

ちなみに、昨年3月、エバンス・シカゴ連銀総裁は当時の政策運営を高く評価した上で現状が酷似しているとの指摘をしている。クラリダFRB副議長も同様の主張を展開していたことで知られる。19年に行われた予防的利下げの後、主要株価指数が騰勢を強めているため、当時同様、利上げ軌道に復帰する芽がないわけではない。しかし、後述するように、その可能性は高いとは言えない印象である。

<利上げ復帰か、利下げの始まりか>

為替予想の観点からは、上述した「罪」の部分、即ち資産価格の高騰が問題視された上でFRBが利上げに踏み切り、各通貨の対米金利差が拡大するかどうかが重要になる。換言すれば、19年に実施された「98年型利下げ」に対して、20年は「99年型利上げ」が実施されるかどうかが焦点になる。この点、「99年型利上げ」への移行は困難というのが筆者の基本認識である。理由は幾つか挙げられるが、やはり当時ほど米国経済が不均衡を抱えていないというのは重要な論点と考えられる。

中央銀行が株価に代表される資産バブルを懸念する際、そのバブルの「燃料」がどこにあるかが焦点になる。言い換えれば、どの経済主体(家計・企業・政府)が不均衡(端的には借金)を膨らませ、不健全な市況が実現しているのかが注目される。不均衡が維持できず破裂し、燃料を積み上げてきた経済主体が深手を負った時、その修復(いわゆるバランスシート調整)の結果としての不況が始まる。日本のバブル崩壊はそれが企業部門であり、米国では家計部門(の住宅ローン)だった。

この点、FRBの公表するデータを元に米経済における各経済主体の債務状況を対国内総生産(GDP)比でウォッチすると、当時と現在の違いがよくわかる。利下げと利上げを経験した98─99年は家計・企業の両部門がGDP対比で見ても債務を膨らませる局面にあったことが分かる。しかし、現状に目をやれば企業部門が既往ピークの債務状況にある一方、家計部門が未だにサブプライム危機後から続くバランスシート調整の途上にある。

企業部門の債務状況は確かに看過できないものの、米経済の60%を個人消費が占める事実を思えば、「家計部門がバランスシート調整の途上にある中で利上げを行えるか」という視点が重要に思われる。景気拡大局面が1月で127カ月目に入っているにもかかわらず依然賃金や物価に上昇が見られていないことを思えば、20年中に「99年型利上げ」を期待するのは難しいというのが筆者の基本認識だ。

むしろ各種の地政学リスクや、成長が伸び切っている米国経済の状況を思えば、「99年型利上げ」どころか、追加利下げが行われることで19年の利下げが予防的意図をはらんだ「98年型利下げ」ではなく、単なる利下げ局面の始まりだったという結末の方が高い可能性を有していないだろうか。

<盛り上がりに欠けるインフレ期待>

それ以外にも、当時と現在の間には差異がある。具体的にはインフレ期待と米国の相対的な成長率の2点だ。例えばインフレ期待。98─99年における市場ベースのインフレ期待(10年物ブレーク・イーブン・インフレ率=BEI)は予防的利下げを経て急激に騰勢を強めていた。

具体的には10年物BEIは1.0%を切っていたところから1年足らずで2.0%を突破する動きが見られた。当時は後にITバブルと言われることになる株価の上昇もあったことを合わせみれば、フォワードルッキングな政策運営という観点に照らし利上げ復帰はあり得る判断だった。片や、現在の10年物BEIに目をやれば、15年12月以降、9回利上げしている最中でも全く盛り上がりを見せていなかった経緯がある。

19年に行われた3回の利下げを経て、20年はインフレ期待の加速が見られてくるのか。危機後、低迷が続くインフレ期待のすう勢が3回の利下げで劇的に変わるのだろうか。筆者はインフレ期待が利上げ復帰をもたらしてくれる「援軍」になる可能性は低いと見ている。

<突出感ない米経済>

98─99年と現在のもう1つの大きな差異が、米国経済の世界における立ち位置だ。現在の米国経済は先進国の中で相対的に高い成長率を誇っており、世界経済のエンジンと言って差し支えない。

だが、98─99年に目をやれば世界における米国経済の強さはもっと際立っていた。例えば「予防的利下げ」に着手する前後1年を含む範囲として97─99年の米経済の平均成長率を取ってみると、プラス4.6%であった。これは国内が97年の金融危機に見舞われた直後であった日本のマイナス0.1%はもとより、ドイツのプラス1.9%と比べても倍以上であった。ちなみに当時の世界経済の成長率はプラス3.4%であったので、新興国を含めた世界全体と比較しても米国が突出していたことが分かる。

しかし、18─20年(20年は国際通貨基金=IMF予測)で同様の比較を行うと、米国がプラス2.5%、日本がプラス0.7%、ドイツがプラス1.1%、そして世界がプラス3.4%である。世界経済の成長率は当時と変わっていないが、これに対する米国の圧倒的強者と言える立ち位置はかなり変わっているという現実がある。

世界経済の中で米国経済だけが過熱感を帯び、しかも上述したようにインフレ期待が急騰していたのだから、やはり利上げ軌道に復帰しようとしたFRBの胸中は分からなくもない。だが、現在の米国経済に当時ほど突出した過熱感は見出せず、利上げ判断からは距離のある状況と見受けられる。

<我慢の時間帯あれどドル安・円高に賭けたい>

かかる状況下、FRBは今年、利上げ復帰に至ることはないというのが筆者の予想である。もちろん、昨年来のムード悪化を主導した米中貿易戦争や英の欧州連合(EU)離脱、中東リスクなど地政学を含めた政治リスクが後退しつつある今、当面は企業心理の改善がFRBのタカ派化を引き起こし、これに伴って米金利やドルが追随するという場面はあっても不思議ではない。

まさに1月の相場がそうであり、これは米金利低下や円高のシナリオを唱える向きにとっては我慢の時間帯にあると言える。

だが、上述したようなインフレ期待や米経済自体の迫力不足(これは家計部門のバランスシート調整中という事情も含む)もあって、FRBが利上げ軌道への復帰することはやはり難しいはずである。もちろん、FRBの利上げが無いからと言って、それがドル安・円高に直結するわけではない。だが、日米金利差の拡大なきところに基調的な円安が起こりにくいことは歴史の教える有意義な論点である。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

唐鎌大輔氏

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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編集:橋本浩

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