May 15, 2020 / 7:50 AM / 12 days ago

コラム:コロナ後の世界は貯蓄過剰に、進む「日本化」現象=唐鎌大輔氏

[東京 15日] - 首都東京においても緊急事態宣言の解除が視野に入る中、にわかに「アフターコロナの経済・金融情勢はどうなるのか」という照会をたくさん頂く。論点やそれにまつわるシナリオは多岐にわたるため、何一つ確実なことは言えないし、言うべきではない。しかし、合理的に予想できそうな展開はあるので今回はその辺りを議論してみたい。

マクロ経済を俯瞰(ふかん)する立場から頭をよぎるのはアフターコロナの世界においては「お金はあまり使わない方が良い」という規範が強まっていくのではないかという思いである。今後について、唐鎌氏の見解。写真は都内で14日撮影(2020年 ロイター/Issei Kato)

<アフターコロナの世界>

コロナショック以前の直近2年間は通商問題を軸に米中関係が悪化の一途をたどっていた。しかし、それが第1段階合意を契機に雪解けの兆候を探り始めたのが今年1月上中旬だった。もう随分昔のことに思われるが、比較的最近の話である。今年の初頭までは「米中貿易摩擦の解消」がテーマであったし、これを弾みとして金融市場は盛り上がっていた。

しかし、新型コロナウイルスの発生源を巡って米中は再び対立の度を強めており、この構図は中国とオーストラリアなどにも見られている。「ウイルスの恨み」を抱えた世界各国において対中感情は今後悪くなることはあっても良くなることは恐らくあるまい。とりわけアフターコロナの世界では、米中関係は再び冬の時代に入る可能性が高い。早速、トランプ米大統領はウイルス拡大を巡る中国の初動対応のまずさを理由として報復関税の意思を表明している。

<「内部留保の蓄積」は悪から正義に?>

マクロ経済を俯瞰(ふかん)する立場から頭をよぎるのはアフターコロナの世界においては「お金はあまり使わない方が良い」という規範が強まっていくのではないかという思いである。感染の第2波、第3波が懸念される状況において、果たして家計や企業といった民間部門の消費・投資意欲が元に戻るだろうか。

直感的にはワクチンが開発され、COVID-19が「普通の風邪」という通念に至るまで、経済活動がアクセルを踏むのは難しいのではないだろうか。経済成長を駆動するのはあくまで民間部門の消費・投資意欲であるべきだが、当面はそのような展開は難しいように思えてならない。

ここで長年、日本企業が「内部留保をため込み過ぎ」と批判されてきたことが思い返される。なお、内部留保が必ずしも現預金を指すわけではないが、事実として現預金は増えてきた。周知の通り、政府・日銀(というよりもアベノミクス)はなりふり構わず刺激策を打ち込んでも賃金が伸びてこない現実に苦慮し、日本企業に根付く行動規範を変容させることの難しさを痛感した。しかし、今回のコロナショックを経て、むしろ「そうした姿勢が緩衝材になり助かった」という成功体験に似たものができた可能性もある。

そのように考えると、日本企業の行動変容は一段と難しくなった印象を抱かざるを得ない。決して適切な考えだと言うつもりはないが、「内部留保の蓄積」が悪から正義に見なされるような規範の変化がないか、アフターコロナの世界では注目である。

<貯蓄・投資バランスに変化のうねり>

こうした論点を議論するにあたっては、貯蓄・投資(IS)バランスに着目するのが有用である。

日本の「失われた20年」は民間部門(家計と企業)の貯蓄過剰を政府部門が借り入れる(貯蓄不足になる)という構図が続いてきた。ちなみに金融危機後はユーロ圏でもこの兆候が強まっており、それに伴って物価のすう勢が衰え、金利も成長率も緩やかにしか動かなくなったという事実がある。ISバランスで確認される「民間部門の消費・投資意欲の衰退」は日本化を診断する上での最も重要な動きの1つと言って差し支えない。

米国に目をやると、金融危機後は家計部門が貯蓄過剰に陥っており、その状況は未だに続いている。企業部門は断続的に貯蓄不足となり実体経済を支えているが、コロナショックの第2波、第3波を警戒する心理が支配的となれば、企業部門も貯蓄過剰となる可能性は視野に入るだろう。それだけ消費・投資と貯蓄をマッチングさせる金利(自然利子率)が低下する世界が近づくということであり、最近目にするマイナス金利導入観測は全く根拠がない話ではない。

このような傾向が世界レベルで散見されるようになり、世界の成長率が鈍化するというのがアフターコロナにおいて想像される悪い未来ではないかと筆者は考えている。

<「中銀バランスシートの健全性」と「通貨の信認」>

各国当局は巨額の財政出動を行うことについて積極姿勢を示しており、全世界でその額は8兆ドルにも上るとされている。ISバランスに照らせば、民間部門で消滅した消費・投資をこの金額でどれほど埋められるかが問われている局面と理解できる。リーマンショック後を超えるほどの財政出動規模を果たして民間部門の貯蓄だけで賄いきれるのか。

仮に「賄いきれない」との視点に立つと、国債利回りの上昇懸念と結びついてくるわけだが、昨今の中央銀行の動きを見る限り、「金利が上がれば買うだけ」と予想される。よって、アフターコロナの世界で持続的な「悪い金利上昇」が発生し、それが実体経済を脅かす展開は可能性が低いように思われる。

しかしながら、そうした展開は中央銀行が金利上昇を防ぐべく「身代わり地蔵」になっただけとも言える。日本が抱える巨額の外貨準備は過去に行われた円売り・ドル買い介入の結果であり、この意味で円高の「身代わり地蔵」だった。同様に、今後は世界で膨らむ中銀のバランスシートが金利上昇の「身代わり地蔵」になるという風潮が強まっていくのだろうか。

その場合、「中銀バランスシートの健全性」と「通貨の信認」もアフターコロナではテーマになるかもしれない。

だが、この2つはつながっていそうで、そうとも限らない。例えばスイス国立銀行(SNB)は自国通貨高を止めるために多額の為替差損を被り、債務超過の疑いが強まったことがあった。また、1970年代にはドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)もマルク高によって外貨準備が減少し債務超過に陥っている。「通貨の信認」が強過ぎて債務超過に陥った例がある以上、中銀が多額の国債を買ったからと言ってそれが「バランスシートの健全性」を損ねる話になるとは限らないし、損ねたからと言って「通貨の信認」が棄損し、当該通貨の下落が引き起こされるとは限らないだろう。

とはいえ、金融市場は移り気である。その時々のテーマが流れを作るという認識は持っておきたい。とりわけ為替相場はフェアバリューがないと言われる世界だ。金融市場が「中銀バランスシートの健全性」と「通貨の信認」というテーマに関心を寄せれば、それに応じた価格形成が幅を利かせる可能性は(それが一時的であれ)十分考えられる。

そうなった場合、主要国で唯一国内総生産(GDP)を超える規模のバランスシートを持つ日銀のつかさどる円は槍玉に上がりやすいかもしれない。可能性が高いシナリオとは言えないものの、アフターコロナの世界において「民間部門の消費・投資意欲の衰退」が進んだ先に、為替市場に関してはそのような展開もあり得ることは念頭に置きたいと思う。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

唐鎌大輔氏

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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編集:橋本浩

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