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2021年の視点:3つの要因で動かないドル円、慣れ過ぎは禁物か=唐鎌大輔氏

[東京 28日] - 2020年のドル/円相場の値幅は11.05円(高値:112.23円、安値:101.18円)と3年ぶりの大きさであったが、プラザ合意(1985年)以降、36年間の歴史で見れば7番目に小さい値幅でもあった。

 2020年のドル/円相場の値幅は11.05円(高値:112.23円、安値:101.18円)と3年ぶりの大きさであったが、プラザ合意(1985年)以降、36年間の歴史で見れば7番目に小さい値幅でもあった。唐鎌大輔氏のコラム。2013年2月撮影(2020年 ロイター/Shohei Miyano)

そもそも「3年ぶりの大きな値幅」といっても2018年、2019年は2年連続で史上最小レンジだったから、それよりも大きくなること自体は不思議ではない。もはや、「今年の値幅は小さかった」という会話は、師走の東京外国為替市場の風物詩である。

「値幅が小さい」という背景には複数の論点が考えられるが、1)世界的に内外金利差が消滅している、2)円の需給が均衡している、3)そもそも日本経済への関心が薄れている──などの仮説が考えられる。どれも決定的な説とは言えないが、一理はある。新年を迎える前に、これらの説を簡単に見ておこう。

<のしかかる「内外金利差の消滅」>

真っ当に考えれば、やはり1)の論点が思い浮かぶ。中央銀行の「次の一手」を巡る思惑こそが、為替取引における取引材料の「花形」である。この点、現状では主要中銀の政策金利がほぼゼロで集約され、内外金利差の限界的な変化幅が、かつてないほど小さくなってしまっている。こうした状況下、金融政策に着目した取引は当然減る。

日々発表される雇用統計や物価統計などの基礎的経済指標も、米中貿易摩擦やブレグジット(英国の欧州連合離脱)のような政治的材料も、それらが中銀の「次の一手」にどう影響するかという観点で注目されることが多い。日銀は元より、米連邦準備理事会(FRB)や欧州中銀(ECB)、その他主要中銀の多くについて「当面の政策金利はゼロ%(もしくは小幅のマイナス金利)で横ばい」が既定路線となっている以上、「次の一手」が為替市場で取りざたされることはなくなってしまう。

また、主要国の政策金利が概ねゼロで横並びになっているということは、それらの国々がすべからくインフレに悩んでおらず、むしろディスインフレ(最悪の結末としてデフレ)を恐れている状況を意味している。

その意味で主要国は「金利差なき世界」だけではなく「物価差なき世界」という状況にも身を置いており、それは購買力平価説に照らしても「為替が動きにくい」という展開につながってくる。こうした状況下、為替市場の変動が抑制されるのは必然の帰結に思われる。

<均衡するドル円の需給>

とはいえ、ドル/円相場の動きは限定的であったが、2020年のユーロ/ドル相場は大きく上昇した。これは何故だろうか。やはり1)以外の論点も勘案する必要があり、ここで2)の論点が重要になる。結論を先に述べてしまうと、現状では円の需給環境に傾きがないということも値動きを抑制する一因になっているように思える。

例えば2020年の日本の貿易収支は上半期(1─6月)こそ計2.2兆円の赤字となったが、下半期に入ると黒字基調に戻し、11月までの合計では730億円の赤字とほぼ均衡している。

一方、ユーロ圏は2019年対比で減少が見込まれるものの、2020年もユーロ圏は世界最大の経常黒字国の地位を保つであろう。しかもその中身のほぼ全てが、アウトライトのユーロ買いに直結しやすい貿易黒字である。こうした両者の差が円とユーロのパフォーマンスの違いに影響している部分は小さくないように思える。やはり「金利差なき世界」では、実需が尊重されるというのが、現状で最も重要な認識なのではないか。

また、筆者は、為替市場への影響を把握する包括的な計数として、経常収支、直接投資(対外・対内をネットアウトした計数もの)、銀行・公的部門以外の対外証券投資、対内証券投資の合計を基礎的需給バランスとして参考にしている。これが2020年1─10月までの合計で約1.5兆円の円売り超過だった。10カ月間の国際収支合計から得られる需給の傾きがわずか1.5兆円というのは非常に小さな規模だ。

実は2018年も2019年も基礎的需給バランスの偏りはほとんどなく、円売り超過が続いてきた。その2年間が連続して過去最小レンジだったことと無関係ではないように思える。狭いレンジの背景には、実は「売り買いが拮抗しているから」という非常にシンプルな存在があるのかもしれない。

<注目度低下の日本経済>

最後に3)の論点も無視できないと指摘したい。2年連続で史上最小レンジを更新した2019年、東京外為市場におけるドル/円相場のスポット出来高は約1.5兆ドルであり、現行統計における最低を更新した。直近では2013年の約3.0兆ドルがピークであるから、6年間で取引高が半分になったことになる。しかし、本稿執筆時点のドル/円のスポット取引高は約1.0兆ドルとさらに小さくなっており、2年連続で過去最低を更新しそうである。

もっとも、「取引高の減少」と「狭いレンジ」の因果関係は正直、判然としない。「取引高の減少」が原因、「狭いレンジ」が結果という考え方はあり得るが、取引高が小さければ値は飛びやすいという側面もあり、「狭いレンジ」にはらないという見方もある。しかし、取引高が大きくても値は動くので、両者の因果関係に確たる正解はないと言える。

ただ、1つ言えることは、日本の経済・金融情勢が注目されるような状況だったらこのような取引高にはなっていないということだ。既往ピークに近い取引高を記録した2013年はアベノミクスの最盛期であり、円安・株高が世界的にも注目されていた局面だった。同程度の取引高を誇った2007─08年は金融危機の到来とともに円キャリー取引が一気に巻き戻された局面だった。この直前の2005─06年という時代は、日本だけがゼロ金利を採用していたことから世界的に円キャリー取引戦略が一大ブームだった。善し悪しはさておき、過去には円が活発に取引される理由があったのである。

<YCCが狭いレンジに拍車>

しかし、2016年9月の総括的検証を経て導入されたイールドカーブコントロール(YCC)をもって、日銀は表舞台から姿を消した。恐らく、それこそが「できるだけ早期にインフレ率2%を実現する」という大風呂敷を広げつつも、万策尽きてしまった日銀のYCCに課せられた使命だったのだと筆者は思っている。

実際、2016年以降、ドル/円のスポット取引高は減少が続いており、2020年で4年連続の減少となる。4年連続で減少したことなどこれまではなかった。YCCを経て日銀、ひいてはアベノミクスに率いられた日本経済への関心が雲散霧消し、円の取引高が減少、それが狭いレンジにつながっていったという説は、それほど的外れでないように思える。

以上、近年のドル/円相場の値幅が小さくなっている背景を簡単に検討してみた。1)─3)の論点は全てある程度は事実であって、どれか1つが原因というわけではなさそうである。

2021年を見通せば、2)の需給要因がどう変わってくるかで円相場の変動も出てきそうだが、1)や3)の状況が大きく変わることもなかろう。とりわけ「動かない金利」についてはFRBのドットチャートを持ち出すまでもなく、あらゆる金融資産取引の前提になってしまっている。

その筆頭こそが恐らく2020年に最も耳目を集めたテーマであろう「実体経済とかい離する株高」である。2021年は、その株価が断続的に動揺する展開に構えたいところである。

もちろん、企業・家計部門にとって為替は安定しているに越したことはない。しかし、得てして「動かない」に慣れ過ぎた時に変動への準備がないがしろになるものである。我々はあくまで「変動」為替相場の世界に生きていることを忘れないようにしたい。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。

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編集:田巻一彦

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